「ウォオオオオオォォン!!」
勝利の咆哮は雨雲を散らす勢いだ。
翼竜は地面に伏しているがまだ命はある。
ナミカゼが爪を使わずに手加減したおかげだった。
どうやら誰それ構わず命を奪うのは好きじゃないようだ。
神速を持ち、圧倒的な力を見せつけたことで、船員たちは豪雨に構わず走り出した。
同じように雄たけびを上げ、思い思いの気持ちを高らかに叫ぶ。
『うおおおおおおおお!』
『最強はやはり冒険者ギルドの傭兵だな!』
『いやぁっはああああああ!!』
『翼竜を一瞬で気絶させる技量なんて普通じゃねぇ!!』
『あのミナトの護衛らしいぞ、さすがだな!』
狼男に感化され、誰もが武器を高く掲げ、勝利を歌う。
「どや、ムラカミちゃん。
うちのナミカゼもようやるやろ」
「本当に――感謝しかない」
陸に着けば海の男たちは旅人たちが集う大衆酒場で、酒を片手に唄うだろう。
『安全な航海が嵐に代わり、突如現れた翼竜を雷のように叩き落したのは冒険者ギルドのナミカゼという少年だ!
噂に聞く災厄の少女も乗船してたが、とんだ見当違いさ。
運命のいたずらか、この航海であの子の本当の姿が露わになった――それこそホワイトラビット商会の名に恥じない、未知の料理の数々を提供した真の商人だったってわけだ――!!』
船員たちは肩を組み、何年かに一度起きるであろう派手な航海物語を飽きるまで話し続けるだろう。
だが、村上一行がその詩を聞くのはまた別の機会になる。
本土グランディアの港町グランマルシェまで、あと二日。
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【異世界旅行 - 十日目】
陽が上ったばかりの早朝。
昨日の雨が噓のように空は晴れ渡り、波は穏やかである。
ピカピカに磨かれた甲板には多くの船員と船長、ミナトパーティー、そして村上一行が円を作って固唾を飲んで見守っていた。
中央では木の床に倒れ伏している巨大な翼竜が横たわっている。
昨日は雨と暗闇で姿がはっきりしなかったが、まるで恐竜のような見た目だった。
身体は緑色で、全長2メートルくらいだろうか。
羽を伸ばすとさらに大きいだろう。
嘴と爪は鋭く、もし船員が戦っていたら無傷では済まなかっただろう。
リリーベルは翼竜の頭をそっと撫でながら、両手を当てて、長文の呪文を唱えていた。
「エルフ体系の治癒魔法の術式が扱えるとは、さすがはリリーベル様です」
日本人形のような黒髪を揺らしながら、ミルフィーユは感心したように治療風景を見つめている。
「これほどの治癒力を有していれば、数多くの冒険者が放っておかなかったのではないでしょうか」
「そう――かもな」
ミルフィーユの言葉に、村上はリリーベルが一人旅をしている理由を思い出していた。
(旅をするエルフは珍しい。
文献や物語に出てくるエルフ像を押し付けられて、好きなお肉も食べられなかったんだもんな)
地に落ちた翼竜を目にして、助けてあげようとすぐに動いたのはリリーベルだった。
提案ではなく、すぐ行動に移った心の強さは、村上の心に火を付けるような気持ちを生んだ。
(できることなら、これからもお肉を食べさせてあげたいな)
だが、雇用契約は本土グランディアの港町まで。
今でも有効か分からないが、その事実は心に隙間風を生む。
(――今はあまり考えたくないな)
「ぎゃ、ぎゃあ……?」
「もう大丈夫ですよ、ワイバーンさん」
重たそうに頭部を持ち上げて、翼竜はリリーベルへと顔を押し付ける。
まるで母親を見つけた子犬のようだ。
「もうはぐれちゃだめですよ」
「ぐぎゃ!」
話が通じているかのように翼竜は返事する。
全身を起こして何度か羽を動かして確かめると、翼竜は風を生んですぐに羽ばたいた。
今まで黙っていたナミカゼが、翼竜を見上げて叫ぶ。
「仲間はきっと北です。
餌場を求めて移動する時期ですから!」
「ぎゃぎゃ!」
言葉が通じたのか、軽く頭を下げて、翼竜は空で一周回ってすぐに飛び立った。
「――殴って悪かったな」
ナミカゼがこぼした言葉を拾ったものは、誰もいないかと思われたが、脇のあたりをつつく影があった。
アリスである。
「店員さんじゃないですか」
聞かれたかと思って恥ずかしいのか、ナミカゼは平静を装うようにわざとらしく返した。
「最強さんじゃないですか?」
アリスも同じように返答する。
「あなたのところの、ご飯は美味しかった。
だから、まあ、約束通り、広めるさ。
不慣れな店員がいたことも含めてな」
「ありがとう、わたしから"呪い"を受け取ってくれて」
あまりに素直な反応に、ナミカゼは口元をマントにうずめた。
「ふん――俺にとっては最高の"称号"だ」
そんな若い二人を遠めに見ながら、村上とミナトは口元を緩めて、笑い合うのであった。
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【異世界旅行 - 十一日目】
不思議なことに、それからの二日間は目立ったこともなかった。
いや、不思議でもなんでもない。
普通の旅にトラブルなんて起きないものだ。
(ハンバーガー片手に自然を感じながら、景色を眺め、赴くままに歩く――普通の旅以外のなにものでもないじゃないか)
今日の昼過ぎには本土グランディアの港町グランマルシェに到着する。
今はまだ朝日と共に目が覚めたばかりだ。
二段ベッドの上ではリリーベルとロロが仲良く並んでまだ熟睡しているだろう。
起こさないようにゆっくりと扉に手をかけて、上甲板へと出る。
朝日を浴びながら潮風を身に感じて大きく背伸びをする。
(昨日の夜はチートのテスターとして、久々に軽食の女神さんに使い心地とか、ここ最近こととか、色々まとめて送ったけど……)
珍しく返信がなかった。
いつもなら秒で返事があるのに。
(神様の会社がどんなもんか知らんが、ブラック企業とかあるんだろうか。
俺みたく忙しかったら、女神さんも大変だろうな……)
メニュー画面をタップして、いつものアイスコーヒーを召喚する。
船上で朝日を見ながら、コーヒーを飲めるなんて、まるで海外旅行でもしているようだ。
(海外どころか、異世界か……限界な人間が召喚される世界。
俺は、何か変われたのだろうか)
見た目を見直してもスーツ姿のままだ。
無精髭の時間も増えたので、少しばかりワイルドに見えるかもしれない。
気持ちの面では――かなり良くなった。
過去に蝕まれるのではなく、未来に目を向けるようになってきたのが証拠だ。
(これもみんな、俺に関わってくれた人たちのおかげだ)
――かたっ。
「ムラカミさん、おはようございます」
振り返るとリリーベルがすぐ傍に立っていた。
さっきまで寝ていたと思ったのに、今日もいつも通り治癒師の白いローブに身を包み、金色の前髪は三つ編みにして整えている。
「隣、良いですか」
「ああ、どうぞ」
アップルジュースを召喚して、リリーベルに渡すと、お礼と共に細く白い指で受け取ってくれた。
「あと数時間で到着ですね」
「そうだな、もう少しだ」
会話が上手く続かず、船が進む音だけが響き渡る。
「あ、そういえば母の手紙を読みました」
「おお、どうだった?」
「隠すことなく父とのなれそめが赤裸々に書かれていました。
なんで娘にそんなことを残すんでしょうね。
自由奔放な内容で……最後にこんなことまで書いてあって――私にも良いひとがって――ってええぇ……っと、そ、そんな感じでした」
最後は言葉を濁すように両手でアップルジュースのコップを握り、小さな口で一口含んだ。
「陸に着いたら、久しぶりにリリーベルさんの好きなものを食べようか」
空気がいたたまれない気がしたので、村上は明るくリリーベルへと提案する。
「じゃ、じゃあ、えっと、牛丼が良いです。
特盛を――!」
「もちろん、任せてくれ!」
二人が顔を見合わせたとき、村上のメニュー画面には、メールボックスに『●』マークが点灯した。
★★★
『近いうちに伺います。
――軽食の女神』