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第54話 到着のグランマルシェは別れと――新たな予感

 三日ぶりに踏んだ地面は、どこか懐かしい匂いがした――ここは港町グランマルシェ。


 本土グランディアの玄関口だ。


 村上たちはヴィーゼ領から運んできてくれたガレオン船ヘルメスに別れを告げ、大きな船体を見送った。


 感傷に浸るのも束の間、到着してからすぐに別れは訪れた。


 ホワイトラビット商会の娘であるアリス=ホワイトラビットは、村上に"紹介状"と書かれた封筒を渡し、リリーベルとロロに挨拶をして軽い足取りで姿を消したのだ。


『ムラカミオジサン、ぜええったいにホワイトラビット商会のグランマルシェ支店に立ち寄るんだよ!』


 彼女なりにお礼をしたいようで、村上は有り難くその招待を受けようと考えていた。


 次いで別れを告げたのはフォックス族のミナトとウルフ族のナミカゼだ。


「楽しい旅やったわ、ムラカミちゃん」


「数日一緒に過ごしただけなのに、なんだか名残惜しいな」


「僕は旅商人や。

 街から街に宝石を仕入れ、人から人へ輝きを渡してく商人。

 宝石の導きがあれば、またいつでも出会えるで」


「そうだな、ナミカゼ君もありがとうな」


「こちらこそ、魔獣クッキーを頂戴して感謝します。

 商人ギルドに登録したあかつきは、良い傭兵を紹介します」


「ありがとう、その時は相談するよ」


 商人ギルドへの登録は狭き門だとミナトが言っていたので、臆するところもあるが、まずは調べてみないと分からない。


「ああ、それとムラカミちゃん」


 別れ際に口元を隠しながら、ひょいひょいとミナトが手で招く。


 耳を貸せというらしい。


「なんだ?」


 なんとも悪い顔で耳元でミナトはあろうことか、こんなことを呟いた。


「で、どっちが好みなんや?」


「うっせえ! はよいけ!」


「ぬははは、やっぱ男友達はじゃれ合いたくあるんよなぁ!

 ほな、逃げるでナミカゼ!」


 大きなリュックを背負ってミナトは逃げるようにその場を走り去る。


 まるで子供のような雇用主の背中を見て、ナミカゼは、いつものように大きな溜息をついた。


「幼い雇い主でご迷惑を掛けます。

 それでは皆さん、お気をつけて」


 ナミカゼ少年はぺこりと頭を下げて、ボロボロのマントをなびかせて人込みの中へと消えていった。


「行っちゃいましたね……」


「どっちが大人か分からないにゃ」


 どこか寂しそうな二人は、アリスやミナトが消えていった方向をずっと見つめている。


 いつだって別れは寂しいものだ。


 またいつか出会えると思いつつも、今が最後になることもあるのだから。


 村上は少しばかり息を吐いて「よしっ」と呼吸を整える。


「行こうか」


「はい」


「はいにゃ」


 村上一行はとうとうこの異世界で最大級の大陸グランディアへと上陸した。


 新たな大陸は晴れ渡っているが、心に雲がかかるのを感じつつも、村上は振り払うように歩みだした。


++++++++++++++++++++


 グランマルシェの喫茶店や食事処は普段から混んでいるのか、それとも船が相次いで到着したせいなのか、何処も混雑していた。


 やっと見つけた海が見下ろせる小高い広場を見つけたので、4人掛けの長方形のテーブルで村上たちは牛丼を食していた。


「……」


 村上の心にあるのは、初めてリリーベルに牛丼を振舞った、小さな村の夜のことだった。


 あの時の彼女は涙を浮かべながら、嬉しそうに肉を頬張ったものだ。


「……」


 リリーベルも同じように過去が脳裏をよぎっていた。


 村上と旅をして、これまで見たことも聞いたこともない料理を楽しんだだけでなく、彼のおかげで母が歩んだ旅路を余すことなく感じ取りながら歩むことができた。


 二人の考えていることを読み取れないロロとミルフィーユから見れば、珍しく無言で食事を進めているようにしか見えないだろう。


「な、なんだか空気が重いにゃ……」


「そうでございますね」


 お菓子を主食とするミルフィーユは、召喚してもらったイチゴアップルパイを両手で掴んで豪快に食べていた。


 ロロは並盛の牛丼を食べながら、ミルフィーユと小声で会話をする。


「なんかあったのかにゃ」


「どうでしょう」


 村上とリリーベルの雇用契約は本土グランディアの港町までだった。


 雇用契約をハッキリ知らないロロとミルフィーユから見れば、同じように黙々と食べ、まるで示し合わせたかのように同時に溜息を吐き、遠くを見つめた。


「こんな時は本人に伺うのが最適かと、ロロウェルミナ様」


「そ、そうだにゃ。

 よし、行くにゃ――」


 重い空気を切り開くようにロロが口を開いたその時、村上とリリーベルは同時に口を開いた。


「「あ、あの――」」


「り、リリーベルさんどうぞ」


 村上が促すとリリーベルはゆっくりとお椀を置いた。


 いつもなら牛丼特盛6杯は食べるところ、今日は3杯しか食べてない。


 村上から見てもおかしな雰囲気だが、おそらく彼女から見ても村上はぎこちないのだろう。


(雇用契約の件をいつ切り出すか、だな――)


 うやむやというわけにもいくまい。


 リリーベルは言葉を選ぶように、何度か口を開いては閉じる。


「少しロロとお店を見ようと思いますが、ムラカミさんはいかがしますか?」


「ええっと、俺はホワイトラビット商会に顔を出してくるよ。

 アリスさんにも来るように言われてるしな」


「マスターが向かうのでしたら、私がサポート役になりましょう」


 ミルフィーユがいつもの定位置である胸ポケットに収まる。


「そうですね、ではお互い用事が済みましたら――ええと目立つところは……数時間後にグランディアの北門に集合しましょう」


「分かった北門だな」


「はい、北門で」


 まるで決闘のような言葉を交わす。


 二人のぎこちない会話を感じながら、ロロは思った。


(な、何か嵐の予感がするにゃ)


 ミャウ族の鼻は聞く。


 ロロはこれまでと変わらぬ毎日が続けばいいのにと、オレンジの髪留めを触りながら、そっと心に祈るのだった。

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