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第55話 ギルド証明書と、旅の始まりを告げた店

 多くの商人が出入りする中、スーツ姿の村上はレンガ作りの二階建ての建物へと入る。


 中には多くの商人が受付嬢とやり取りをしていて、市役所が脳裏をよぎる。


「村上と申します。

 紹介状をお持ちしました」


 空いているカウンターへと足を運び、手紙を渡すと、数分もしないうちに奥へと案内される。


 階段を上り二階へ通される応接間のようだった。


「中へどうぞ」


 受付嬢に言われるまま、ドアノブを捻り、中へ入ると、紳士のようなジャケット姿の髭を生やした男性が立っていた。


 アリスと同じようにウサギの耳はついているが、ピンと真っすぐに立っている。


 鋭い瞳はウサギというよりは、獲物を追う狼のようだ。


 隣に立つアリスは、カジュアルだった白いドレスから、品のある装飾が施されている空色のワンピースを着用していた。


「村上と申します」


「君が、村上殿か。

 まずはかけたまえ」


 紳士の手に合わせて革張りのソファーへと座る。


 ロロの父親の時もそうだが、どうにもこの打ち合わせのような空気は肌に合わない。


「詳細はアリスから聞いている」


 重苦しい声が胃に響く。


 何を言われるのかと思えば、突然紳士は立ち上がり、90度に腰を曲げた。


「え、ええ!?」


「本当にありがとう、村上殿」


 予想だにしない行動に村上はついソファーから立ち上がる。


「あ、あの顔をあげてください」


「いや、どうかこのままにさせて欲しい。

 アリスを救ってくれたのは君だ」


「そんな大げさな――」


「大げさではない!」


 重低音が爆弾のように放たれる。


 見た目も怖いが声も怖い。


(だけど、言ってることは怖くないんだから不思議だ……)


「アリスは災厄の噂から、家からなかなか出れなくてな。

 私たちは見て見ぬふりしかできなかった。

 仕事が忙しいと、日常に余裕がないと言ってな――だがしかぁし!!!」


 舞台役者のような大声が窓ガラスを揺らす。


(なんでこんな迫力あるの、この人!?

 勢いがないと商会をまとめられないのか?)


「勇気を振り絞り、未来を変えるために乗船したあの日、泣いて帰ってくるものだと私は思っていた。

 だが、予想は大きく裏切られたよ。

 ドアを開けた途端、十年ぶりに娘に抱きつかれたのだからなああ!」


(無駄に気合入ってるから、大事な話なのに頭に入ってこないぞ!)


「という理由で、私は頭をあげん。

 何があっても、絶対にだ!

 感謝を伝える術が他にないからな!!」


「いや、感謝なんて……僕はできることをやったのみで」


「なんと寛大な心の持ち主か!!!」


 顔をあげない強情な父を見て、アリスは頭を抱える。


「お父さん、相変わらず声が大きい。

 それにあるでしょ、できること」


「だが、娘を呪縛から解き放ち、私に見返りも求めぬ商人がこの世にいるとは思えんのだ!

 無欲ほど怖いものはない、何を考えているのかわからぬ!

 感謝を誠心誠意伝えるしかあるまい!!」


「だから、声が大きすぎ。

 それに商人ギルド加入証を渡せばいいんだよ。

 船で困ってたよ、露店出せなくて」


「――そ、そんなことで、私の気持ちは伝わるのか?!

 本当にそれで十分なのか、村上殿おおお!!」


 頭をあげて、暑苦しく村上の手を握ってくる。


「は、はい、そうしていただけると助かります。

 ですが――」


 と、村上は紳士の手をそっとほどく。


「僕にも試験を受けさせてください。

 お礼で手に入れても、意味がないと思うんです」


「この男、まさに豪気――!

 こんな気持ちの良い商人がまだ世界に存在していたかあ!?」


「いたから逃したくないのよ……」


 ぼそっとアリスが父親にぼやく。


「ならばだ!

 試験会場は大陸中央にあるグランディア城下町、ホワイトラビット本部にて年に数回行われる。

 それまで、私からの特別ギルド仮加入証を発行しよう!

 細かい支援は受けれんが、何処でも店の出店が可能だあ!!」


 ドドンッとSEで爆発音が響きそうなポーズを取って、紳士は俺へと顔を向ける。


「そ、それでしたら、助かります」


「そうか、では早急に手配しよう!

 おい、秒で準備しろ!!

 今すぐだ!!!」


 距離感が掴めていない叫び声で、紳士はドアに立つ受付嬢へと指示を飛ばす。


 彼女は慣れているのか、静かにお辞儀をしてその場を発った。


「ありがとうございます。

 それにアリスさんも、ありがとう。

 俺にとっては最高の贈り物だよ」


 いまだポーズを取っている父親の隣でアリスは片目を瞑り、ウィンクをする。


「本当は足りないよ。

 ムラカミオジサンにとっては些細な出来事だったかもしれない。

 でも、私の人生が大きく変わった瞬間だったんだから」


 船で出会った自信のないアリスはそこにはなかった。


 これが本来の彼女なのだろう。


 村上がホッと胸を撫で下ろしている間に、特別ギルド仮加入証が部屋へと運ばれ、本当に数秒で作られたようだった。


+++++++++++++++


 村上がホワイトラビット商会を後にし、グランマルシェ北門へと向かうため、大通りを歩き出した。


 この特別ギルド仮加入証さえあれば、店を持つことも可能だ。


(賑やかだな……ここで一度、店を出店するのも悪くないな)


 クラスチェンジにより、独立したオッサンになると、スキル構成は軽食召喚のみでなく、店舗を召喚したり、露店を呼び出したりなど、商売方法の幅が広がっていた。


 軽食の女神に作成費用のGは支払うものの、店は容易に作り出せるだろう。


 チートスキルのテスターでもあるので、販売商品は現代の軽食を召喚して販売するには違いないが。


 こればかりは素人の村上では料理を上手に作ることはできない。


 だが慣れてきたら地元料理も勉強して、店を拡張してもいいだろう。


(けど、そうなると旅は続けられない――)


 旅路の傍らにはいつもリリーベルが並んで歩いていた。


 何故か笑顔が頭から離れない。


 その横ではロロが頭の後ろで腕を組みながら、鼻歌でも歌いそうにご機嫌で歩く。


(自由に旅をする、か。

 一人気ままに店舗を運営するか)


 村上は頭を振る。


 久しぶりに思い悩み、なんだかどれが正しいのか分からなくなってきた。


 これは会社を転職しようか、毎日悩んでいた時と同じじゃないか。


「マスター」


 まるで村上の気持ちを察したように、ミルフィーユが声をかける。


「私の道は何があろうとマスターと一緒です。

 そしてマスターの選択なら、リリーベル様もロロウェルミナ様も、全て納得されると私は思います」


「ミルフィーユ……ありがとう」


(そうだな、今の俺は現代の時の俺じゃない。

 色々な人と出会い、話、食事をして――具体的には変わってないけど、何かは違う、そう思えるんだ)


 あの、夜に見つけた軽食の女神のお店の時とは違う。


「ん?」


 大通りから繋がる裏路地への小道。


 深い影を落とすところに不自然な光が漏れていた。


 まるで店舗の明るい光が漏れている――。


 村上が足を止めて目を凝らすと、その光の中には一つの人影があった。


 彼女はこちらが気が付いたのを見て、右手を軽く上げて、営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ、軽食の女神のお店へ。

 お久しぶりです――村上さん」

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