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第57話 一緒に行こう?

 軽食の女神のお店は相変わらず、聞いたこともない軽快な店内放送が流れていた。


 初めて訪れたときに感じた、清々しい空気を吸って販売カウンターへと向かう。


 太陽光のように輝く金髪はポニーテールとして結わえられ、服装は現代のマクドゥ・ナルトンと瓜二つなワイシャツとスラックス姿だ。


 相変わらずの営業スマイルを顔に貼り付けながら、女神は商品を案内する。


「いらっしゃいませー!

 ご注文はいかがなさいますか?」


「軽食の女神様、お久しぶりです。

 一体ここで何を……?」


 軽食の女神は異世界で商品販売できないから、代わりに村上が販売していたはずだ。


 まさか異世界に顔を出せるとは想像していなかった。


「あれ、思ったより驚かないですね?

 初登場と同じ登場にしたんですけど、最近の若者が言うってものが足りなかったですか?」


「すみません、僕もその辺は疎くて――それにメールでも顔を出すと書いてあったので」


「ああ、そうでしたね。

 もうチートスキル会社が忙しすぎて、いつもの楽しい楽しい雑談ができなかったんですよ。

 ひどくないですか!?」


「社内メールで社外と雑談するのもどうかと思いますが……」


「ですがね、私には村上さんしかお話しするお友達が居なくてですね――」


(やばい、いつもの調子で話されると、明日の朝になっても終わらんぞ!)


「それで、今日はどういったご用件ですか?」


 神が異世界に来ることは珍しいことじゃないのだろうか。


 神の考えは計り知れないが、村上は何となく想像した。


「チートスキル"ファストフード"の使用感と要望は分かりました。

 今日はメンタルと肉体に変化がないか、確認に来たのです。

 見た感じですと、調子が良さそうですね」


「はいおかげさまで、むしろ女神さまの方がきつそうですけど……」


 眼の下にクマを作り、顔を引きつらせて女神は笑うが、営業スマイルを崩さないところは流石である。


「しゃ、社会人ですからね。

 アースガルドの氷河期世代ですから、次がないんですよぉ――!!」


(神の世界も大概、世俗的だな。

 まったく世知辛い……)


「会社の話をすると、いくらでも口汚くなるので、脳みそチャックをしますが――よっし、チェックはすべて問題ありません」


 軽食の女神は手元の用紙をメモして、ボールペンをポケットに戻す。


「では、最後に質問です。

 これはチートテスター様、全員に確認している規定事項です」


「質問ですか?」


「はい、これが最後のチャンスです」


(最後、とは物騒だな……)


 村上は無意識に唾を飲み込む。


 軽食の女神は表情を変えずにニコニコと、まるで本日のおススメを案内するように口を開いた。


「――日本へ帰還しますか?」



++++++++++++++++++++++++++


 リリーベルとセリウスはテーブルで向かい合い、挟まれるようにロロは座っていた。


(く、空気が重いにゃ――!)


 三人が訪れているのはグランマルシェでも有名な食事処レストランだ。


 旅人が行き交う大通りに面した作りで、魚料理とパン料理が名物らしい。


 剣技の達人が対峙しつつ剣を抜くタイミングを見計らうような空気が漂う。


「お待ちしましたみゃう~」


 緞帳どんちょうの幕を切り裂いたのは、ミャウ族の可愛らしい店員さんの飴玉のように甘い声だった。


-----------

【本日の食事】

・白銀サバのハーブグリル 火鉢に乗せ

・白身魚の香草バター包み焼き

・ホタルイカのアヒージョ

・エビィやカィイの具沢山野菜のブイヤベース

・グランマルシェ風車によるパンの盛り合わせ

-----------


(テーブルに乗らない、物凄い量だにゃ――!)


 同族の店員の顔を見ると、『本当に食べられるのかみゃう~?』と視線を投げかけて来たので、『よ・ゆ・う・にゃ』と瞬きで返すと、店員は肩をすくめて半信半疑でその場を去った。


「さあ、リリィ。

 再会を祝して好きなだけどうぞ。

 ここは僕が持つから安心して」


 猫背で白髪ぼさぼさのモノクル男――リリーベルの父親であるセリウスは疲れた笑顔で微笑んだ。


 リリーベルは手を出さないので、空気を読んでロロが手を伸ばす。


「それでは、いただきますわ」


 よそ行きのお嬢様言葉と共にロロは、ふわふわのパンを手に取った。


 先端をちぎるともっちりとして、オリーブオイルの香りが食欲をそそる。


 小麦の匂いも堪能しつつ、口へ運ぶと、素朴な味わいが広がっていった。


「グランマルシェでも、上位に入る美味なお味ですわね」


「ロロウェルミナ=ヴィーゼ嬢は、分かるようだね。

 グランディア大陸の入り口でもあるグランマルシェには、多種多様な食材が届くが、美味しさの理由はそれじゃない。

 調味料が豊富なんだ。

 世界が平和になった今、豊富な調味料を駆使することで、新たな料理たちが世界を彩るだろう」


「父さん」


「なんだい、リリィ?」


 怒っているわけではないが、疑問をはらんだ声が父親をつついた。


「――むうう。

 なんだい、ではありません」


「はは、そうむくれないでくれ。

 分かっているよ。

 何故ここにいるか、だろ、一から説明すると――そうだな」


 セリウスはブイヤベースのニンジンを、苦手そうに咀嚼してから、天を仰いだ。


「僕はマリアベルの夫だ。

 彼女が自然に帰った後も、マリアベルを探して旅を続けている。

 故人をしのんでではない、本当にどこかにいる気がするからだ」


 ロロも食事をしながらセリウスを分析するように見つめる。


 振る舞いや服装は変わっているが常識の範囲内だ。


(けど、死者を探しているのは、比喩なのかにゃ、それとも本当に?)


 そう思わせる狂気が彼の儚げな表情に隠れている。


「いや、狂ってはいない。

 墓に埋めたのは僕だからね。

 真実は知っている。

 だがね、死とは何か。

 ――ロロウェルミナ=ヴィーゼ嬢は分かるかい?」


 話題を振られて、ロロの表情が固まる。


 文学的な話題はさっぱり分からない。


 リリーベルが助け船を出すように静かに語る。


「死とは肉体の崩壊ではない。

 隣人の記憶から忘却されたときだ――父さんの本にありました」


「よく勉強しているね。

 死とはつまり、忘却だ。

 想い人の肉体が生きていようが死んでいようが、究極的には関係ないのさ」


(極論すぎるにゃ――)


 死んでしまえば話すことも、会うことも、抱き合うことも、出来ないじゃないか。


 いつも明るい両親が脳裏に浮かんだ時、ロロは口を歪めた。


(けど大切な人を失ったとき、わたしは極論と切り捨てる事ができるんにゃろうか――)


「つまりはそういう理由から、僕はグランマルシェに辿り着いた。

 マリアベルに誘われ、運命が僕を引き寄せたんだ」


 隣に誰もいないのに、彼にしか見えない誰かに話しかけている距離感でセリウスは続ける。


「――》がここで面白いことが起きるぞ、って僕を連れてきてくれたのは正解だ。

 この広大な世界でリリィと再会できたんだからね」


 リリーベルは呆れたように、パンを手に取って、乱暴に嚙みついた。


 いつもはあんな綺麗な所作で口元へ運んでいるのに珍しいとロロは思った。


「はは、エルフらしからぬ食べ方だ。

 誰に似たんだか」


 セリウスの懐かしむ目は、リリーベルの――もっとずっと先を見ている気がする。


「今も一人旅かいリリィ?」


 表情に光が灯り、セリウスは我に返ったようだ。


「いえ、今は4人で旅をしています」


「へえ、あのリリィが……珍しいね。

 大変なこともあっただろう」


「いえ、今はまったくありません」


 リリーベルは言い淀むことなく、素直に返した。


 本当に居心地が良いのだ。


 毎日過ごす時間が、手から零れ落ちていくのが愛おしいくらいに。


 だが父親はそうは受け取らなかったらしい。


 エルフたちが世界に出ると何かしら偏見を生む。


 それは彼自身も感じてきたことだ。


 だからこそ、無理している娘に思いついたような言葉が出たのだろう。


 今日の夕飯はアップルパイにしようと、明るく歌うようにセリウスは言った。


「リリィ、僕とマリアベルと旅をしないか?」

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