村上はハッキリと口にした。
「――旅を続けます」
軽食の女神はケロッとして、予想していたように頷く。
「では、現代チートスキルは不要ですね?
これがあれば世界を変えることも、金も異性も思いのままかもしれませんよ?」
「ええ、僕には不要です」
面接官のようにメモをして、軽食の女神は次の質問を続ける。
「チートスキル『ファストフード』はもうすぐ完成します。
完成の暁には、異世界でも先ほどの無双スキルと取り換えらると言ったら、何を選択しますか?」
何の質問なんだろうと思ったが、村上は自然と首を左右に振っていた。
「女神様さえ良ければ、この軽食スキルを使わせてください」
驚いたように女神は問う。
「それは、何故?」
「僕には、世界とか、強くなりたいとか、極端に儲けたいとか、沢山の人に好かれたいとかピンとこないんです。
ただの中年サラリーマンなんですから」
言葉に詰まりそうになりながらも、村上は言葉を選び、想いが伝わるように女神へと丁寧に語る。
「僕はただ、気の合う仲間と気軽にご飯を食べながら、とりとめのない会話ができるだけで幸せなんだって――気が付きました。
完成したならチートスキルすら、不要だと思いますが、この味を求めてる子がいるんです」
だからもう少しチートスキルを使わせて欲しい、村上はそう願った。
「なるほど、他者の為に使い続けたい――っと。
うん、よろしい。
さすが私が選んだチートテスター」
ここで女神は初めて営業スマイルではなく、自然な柔らかい笑みを浮かべたことに、村上は驚いた。
「これでチートスキル『ファストフード』は
「え、それはどういう……」
「何か出してみてください」
ここに軽食の女神様がいるので、料理を提供する者がおらず、出てこないだろうとは思うが――。
村上は試しにマクドゥ・ナルトンのハンバーガーを呼び出してみた。
「ん、あれ?」
確かに手の上に出てきたのは出てきたのだが、魔法陣が浮かび上がり、円の中心から生まれ落ちたように見えた。
「安定起動していますね、さすが私のコーディング。
天才的ぃ!」
「今までのメニュー画面はどこへ?
それに料理作ってたんじゃないんですか?」
「実はこのスキル、ほんとに召喚してるんです。
村上さんの記憶の底から」
「それってどういう……」
「実は料理はそれほど作ってなかったんです。
挙動が安定しなくて苦労しました。
まさか村上さんの脳とチートスキルを繋ぐネットワークにおけるジッタ値とレイテンシを調整するだけで良かったんですよねぇ」
「なんか意味不明な感じが、めっちゃ怖い説明なんですけど……」
人体に影響ないと良いなぁと思いながら、ファストスキルを使用しようとすると、脳内でメニュー画面やスキル取得画面が浮かぶような感覚がある。
使い勝手は格段に向上し、瞬時に呼び出せるようになったようだ。
しかもGが不要になっている。
「もう人間性の観察を含めたスキル使用制限は不要ですからね。
最後にクラス名も正式名称を実装しますね」
「ええ!?
俺って脱サラして独立したオッサンじゃなかったんですか!?」
「ええっと、それは私がストレスのせいで、深夜テンションで付けたまんまだった仮名です……」
(ひでぇ……)
村上自身もストレスと多忙でファイル名を適当に付けることはあるが、クラス名はちゃんとして欲しいものだ。
「じゃあ本当のクラス名は何なんですか?」
「村上さんの正式な職業は『召喚士』ですよ。
異様に軽食に特化してますけど、ね」
そこは遊び心といわんばかりに、女神は小さな舌を出して笑った。
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村上は女神に別れを告げて、仲間が待っていると言ってすぐさまその場を後にしてしまった。
取り残された女神は、大きく伸びをして、生まれた欠伸を噛み殺す。
「ああ、行っちゃったなぁ」
また限界だった人間が一人、異世界に旅立った。
絶望を背負う人間を選び、順次、何らかの手段によって希望を見せていく。
それが彼女の仕事だった。
別にチートスキルに限った訳ではない、ある時は話し相手、ある時は動物を遣わせたりと、時代や人間に合わせて方法は千差万別だ。
「ん、早速、次の連絡ね」
軽食の女神様はいつの間にかマクドゥ・ナルトンの制服から、ゆったりとした純白の布に身を包む神々しい姿で顕現していた。
「ええっと、なになに、次もブラック会社で絶望?
じゃあ、次も会社員のフリで良いかな。
親近感が湧くだろうし」
絶望が蔓延る修羅の人間界にて、唯一の希望を与える存在。
人が生まれ、世界へ絶望が飛び出したとき、唯一最後に残っていた希望の女神。
「では、エルピス、次の仕事に向かいまーす★」
既に背中が見えなくなった村上へと、★が飛び出すような古臭いエフェクトのウィンクをする。
その途端、女神と裏路地の店舗は元から何もなかったように消え去った。
これにて、世界は再び何事もなかったように、巡り始める。