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一章 二周目スタート

第1話 腹が減ったらタダ食いする無一文高校生


 靴も履かずにむき出しになった足をコショコショとくすぐられる感触で、俺は目を覚ました。


 両目を数回こすりながら重い体を起こして周囲を見渡す。


 そこには、風に吹かれて気持ち良さそうに揺れる青々とした草原が、どこまでも広がっていた。


 ずっと昔のことなのに、やけに鮮明にこの光景を覚えている。


 ゆっくりと立ち上がると、俺の足を枕にして気持ちよさそうに昼寝をしていた白い野良猫が目を覚まし、怒涛の勢いで駆けていった。


 周りに何もない、広大な緑色の道なき道をひたすらに進む。


 体が軽い。


 当たり前だが、装備も全て初期化されてしまっているようで。


 大枚をはたいて買い集めた鎧や武器などは忽然と消え失せ、お気に入りの部屋着……薄っぺらい青ジャージのみが、全身にぴったり馴染んでいる。


 前はテンパって、ビビって、一歩も動けなかったが、今回は全てを理解できる。


 巻き戻しが成功『してしまった』という、自分の状況を。


 もう一度、世界を救うために動き出さなければならないという、自分の使命を。



「………………いや理解できねえわアホタレッッ!!」



 ダイナミック一人ノリツッコミ。


「あの野郎ホントに時間戻しやがった!! なんなの!? そこまですることないじゃん!! 俺とちゃんと再戦したいから時間戻しちゃいますよぉ…………なんてムチャクチャな理屈で納得できるわけねえだろ! 一言でまとめりゃただの構ってちゃんじゃねえかウゼエんだよ暗黒中年オヤジ!!」


 数十秒に渡って大声を出し続けた後、肩を上下させて呼吸を整える。


 ねーえー、ホントにめんどくさいんだけど。


 それっぽく丁寧に情景とか説明しときゃ少しは冷静になれるかと思ったけど、全くイライラが収まらねえ。


 ただでさえ強くなくてニューゲーム状態なのに『ベタなことしたら呪われる』とかいう縛りまで課せられてる。


 だいたい、ベタなことってなんですか。どこからどこまでがベタなんですか。何がベタで何がシュールなんですか。呪いって具体的にどんなのですか。


 一ミリも説明せずに一方的に巻き戻しやがって! くたばれよクッキーおじさん!!


 苛立ちを原動力にズンズンと足を進めていると、遠くの方に都市のようなものが見えてきた。


 名前はダガーヒ。


 シルベラ国の首都、商業の町ダガーヒ。


 そりゃ知ってる、二度目の来訪なんだから。


 人やら馬車やらが数多く行き交う、血気盛んな城下町。


 中央にデデンと偉そうにそびえる豪華絢爛な城を、住宅や商店などが点々と、ドーナツ状に取り囲んでいる。


 豊かで不便のない暮らしを送っているのが一目で分かるくらい、すれ違う人たちの顔も明るく活気がある、いい街だ。


 周りの人にちゃんと言葉が通じるお得なご都合主義も完備。


 これが中世の街並みってやつ。


 初訪問の時はそれなりに気分が高揚したが、二回目は新鮮さもクソもない。


「よお兄ちゃん、変わった服装だな! この魚安いよ! 買ってけ買ってけ!」


 気前よさそうなおじちゃんがニコニコ商売フェイスで声を掛けてくる。一周目と同じだ。


「いてっ!! どこ見て歩いとんじゃボウズ! 気ぃ付けんかいっ!」


 緑色モヒカン頭の男性とぶつかり、関西弁で怒号を浴びせられる。一周目と同じだ。


「みんなー! 今日はレッカの華麗なダンスショーを見にきてくれてありがとーーー!!」


「ふおおおおおおおお!! レッカちゃーーーん!! ボクのために、ボクだけのために踊ってくれえ!!」


「は? レッカちゃんは拙者の嫁だから! 拙者とエターナルトゥルーラブ築いてっから!! しゃしゃり出てくんなブタが!!」


「んだとお!? オマエの方が脂質多そうな体つきだろうが!! オイリーボーイは大人しくラードとでも添い遂げとけや!!」


 特設ステージの上で、見る者を虜にするような舞いを披露する金色ゆるふわポニーテールの踊り子と、それに群がり醜い争いを繰り広げる気持ち悪いオタク達。


 一周目と同じだ。


「ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ同じ同じ同じ同じ同じ同じ…………!! 信じられねえ!! このさき魔王の部屋に着くまで、全く一緒の風景をもう一度見ていかなくちゃいけねえっての!? そんなのイヤすぎる!! びええええええええん!!」


 道端に寝そべり、幼女のような男泣きをブチかます。


 周りの人は完全に、世にも珍しき人型のクズを見るような目で俺を一瞥し、通りすぎていく。


 元の世界に帰るためにも、やるしかないのは分かっている。


 それに、ヘタな小細工なんか使わずに、正面からあのイカレ魔王をぶん殴ってやりたいという最終目標もできた。


 ただ、そこまでの道のりはまさに途方もない。


 それは経験者の俺が一番よく分かっている。


 一周目では、このあとどうしたんだっけ?


 そうだ、確か腹が減ったからってんで、あの食堂に入ったんだ。


 そんで無一文だった俺は、強気な女店主に蹴り飛ばされて追い出された、はず。


 はははっ、我ながらなんてベタな展開だよ。笑っちまうな。ははははは……………



 ベタ?



 確か俺は、ベタなことをしたら何かしらの苦痛に襲われるんだよな?


 それがどういうものなのかまだ分からないけど、痛いのも苦しいのもイヤだ。


 つまり痛くて苦しい目に遭わないためには、できるだけベタとかけ離れたことをすればいいってワケだ。



……………………よし、食い逃げしよう。



 オシャレな木のドアをコソドロのように静かに押し開け入店。


 店内は思っていたより年季が入っており、テーブル席とカウンター席が数個ずつ置かれた、こじんまりとしたオーソドックスな構造。


 俺は逃げやすさを重視して、出口から一番近い四人用のテーブル席に着席する。


「いらっしゃい! お兄さん見ない顔だねぇ! ウチは味に絶対の自信があるんだ! 何でも好きなもの頼んでくれよ!」


 以前俺を門前払いした美人でスレンダーな女店主が、淡いオレンジ色のポニーテールを揺らして振り向く。


 俺の姿を確認すると、白い歯をニカッと見せて接客を始める。エプロン姿がグッド。


「年齢は三十代前半ってところですか?」


「初対面の女性への第一声にそれをチョイスするの頭おかしいだろ。母胎にデリカシー忘れてきたのかい?」


 店主さんと仲良くなったところでメニューをパラパラリ。


 ほほう、なるほど、これがこの値段で、こっちはちょっと安めで…………。


 ん、理解した。


「じゃあこの『シナレア鳥のゴールデンカツサンド』と『ナザナザの刺身』と……あと『ハレバ山の五種キノコの特製バターライス』くださいな」


「なっ…………ガハハハ! たまげたね! まさかこの店の高級メニューのトップ3をそんな涼しい顔で頼むなんて! 思い切りがいいヤツは大好きだよ! ほっぺた落ちるくらいウマいの作ってやるから待ってな!」


 鼻唄混じりに調理に取りかかる店主の後ろ姿を溜め息混じりに見つめる。


 はぁ……かわいそうに。



 これからその高級メニュー上位三種をタダで振る舞うことになるとも知らずになぁ!!



 どうせ逃げるなら高ぇの食っといた方がおトクってもんだろ!


 恨むんなら無一文のか弱き美青年にハイキックを食らわせた一周目のテメエを恨むんだな! しゃーしゃしゃしゃしゃ!! 目尻に小ジワあるぞ!!



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