たった一文字の圧力にボロ負けし即座に撤退。
さすがに高級メニューの頂点三つでそんな企画はできねえわな。成功されたら即破産だもんな。
そもそも一つあたりの量はそんなに多くなかったし。凡人胃袋の俺でも食べきれるくらいだからね。
でも、残念だ。
もしそういうキャンペーンを設けていたなら、俺たちは敵対することなんてなく、互いに分かり合えていたかもしれないのにな。
「あの……万が一、万が一ですよ? もしこの三つの料理を食べて『金を払いたくない』とかいう客が出てきたらどうします?」
「うーん…………殺すかな、確実に」
捕まったら確実に殺される。本人のお墨付きだもの。
今の荒れ果てたこの人ならやりかねない。
へへっ、ヒザが笑ってらぁ。
だが今さらビビっても遅い。もうぜんぶ食っちまったんだから。体内では消化が始まっているんだから。
逃げるか土下座以外に選択肢がないんだ。
でも土下座はなんかこう俺のプライドが許さないから逃げるしか選択肢がないんだ。
こうなりゃ、行けるところまで行ってやろうじゃねえか!!
「て……店主さん、よかったら気分転換にゲームでもやりませんか?」
色々とあったが、作戦開始だ。
他の客がいなくなったところで、意気消沈する店主さんに話しかける。
「ゲームだって…………?」
「ええ。実は俺、ちょっと遠くの場所から来たんですけどもね? 俺のいた所では、ある面白いゲームが流行ってたんですよ」
「掛け金はいくらからだい?」
「賭博じゃないです。ラーメンの負け分を取り返そうとしないでください」
ゲームと聞いて一番にバクチが浮かぶとか、キケンな頭してるこの人。
「残念ながらお金は発生しないんですけど、それでもちゃんと楽しめますからご安心を。とりあえず目を閉じてくださいな」
「こ、こうかい?」
店主さんは言われるがままに両手で顔全体を覆う。キャラの割に隠し方かわいっ。
「あなたはいま、海の中にいます。暗く深い、海の底です」
「ドラム缶の中でコンクリート詰めにされてるのかい?」
「死体処理的なニュアンスではないです。話を戻しますよ。あなたは海の底にいると、なんだか意識がハッキリしていきます」
「シャブの効果かい?」
「なんでさっきから頑なにヤクザ関係の単語と結びつけるんですか怖いな!!」
賭博とかシャブとか危ないことばっかり考えてるじゃん。何者なんだこの店主さん?
「まったく…………話が思うように進められないじゃないすか」
「悪い悪い、旦那の口グセがうつっちまってね」
「ほにゃ? 口グセ?」
「あれ、言ってなかったかね? アタシの旦那…………暴力団の組長なんだよ」
おやおや、死んだかなコレは?
よりによって食い逃げするのに組長の女……アネゴの店を選んじゃったの俺?
ウルトラ無謀じゃん。
クマに遭遇した時にサケに擬態してやり過ごすくらい愚かな選択したじゃんヨシハルくん。
いやいやだって仕方がないよこれは! 異世界に暴力団とかあると思わないじゃんか!!
婆さんにバチバチに宣戦布告してたのはそういうことか!
勝負事さえできるなら相手が誰でもかまわない、ネジの外れた考え方の持ち主なんだ!
くそっ、完全に見誤った! どうしようどうしよう死んじゃう死んじゃう!!
…………いや、案外イケるかも?
きっと組長は組長でも優しい組長だから。
根拠はないけど、そう信じるしかない。
この女店主さんもいい人だ。
ちょっと口が悪くてギャンブラーなだけの、優しいお姉さんだ。
希望的観測力にだけは絶対の自信があるんだ俺は。
「えっと……ゲームを続けましゅにゃす」
なんだかんだと都合よく考えても、死への恐怖で滑舌がバグる。
だがもう後戻りはできない。行けるところまで行こう。
「えっと、海の底にいるあなたは意識がハッキリしてますが、大きく大きく深呼吸をすると……頭がボーッと、ボーーーッとしてきて…………だんだん気持ちよくなっていきます。そのまま俺が3つ数えると…………ひとつ、ふたつ、みっつ!!」
巨大な指パッチンの後、しばらく沈黙。
「…………………ん? なんだい、何も変わった感じはしないが…………」
「そう思うんなら目を開けてみてくださいな」
店主さんが両手を離し、顔に力を込める。
そこでようやく異変に気付く。
「………………あれ!? 開かないじゃないかい!!」
催眠成功。
テレビで観ただけの完全な付け焼き刃だが、こんなに上手くいくとは。
脳ミソが原始的で野性的なほど、かかりやすくなるんだよねっ!
「なんてこった、アンタ魔法を使えるのかい! 大したもんだねえ! そんで、これどうやって解くんだい?」
視覚を奪われた店主さんが感心しているスキに俺は席から立ち上がり、スタイリッシュに店を飛び出した。
「……おっ、開いた開いた! いやあすごいねアンタ、良ければ他の魔法も見せ………………ぎええええええええええええ!! いないいいいいいいいいいいい!!!」
店の中から絶叫が聞こえる。
くそっ、もう催眠が解けたのかよ!?
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
「ふんぎゃああああああああああ!!」
女店主さんが殺人ロボットのように同じフレーズを連呼しつつ、包丁を両手で逆手持ちにして追い掛けてくる。
素で悲鳴出た。
あまりの殺気に、店主さんの背後で鬼とか悪魔とか般若とかが卒業アルバムみたいに勢揃いして見える。
魔王より何百倍も怖ぇ。第二の魔王ってあの人のこと?
怖さのあまり足がもつれまくり、ド派手に転倒する。
ここまでか…………。
リトライして早々に殺されるとは情けない。
だが、俺らしいと言えば俺らしい最期かもな。
ふと、何者かに手を引かれる。
腰を抜かしている俺は、なすがままに裏路地まで強引に引きずり込まれた。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス惨殺するコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
女店主さんが暴走機関車のような速度で真っ直ぐ走り去っていく。
なんか俺の目の前通ったときだけセリフが違ったんだけど。ドップラー効果?
とにもかくにも間一髪、やり過ごせたようだ。
「ふう、間に合ってよかったあ!!」
元気のいい女の子の声が聞こえる。
まだ近くにいそうだからあんまり大きい声出さないでほしい。
「ケガはない、おにーさん?」
どうやら彼女が助けてくれたようで。
赤茶色のボサボサ短髪と少し日に焼けたお肌が特徴の、白い無地の袖無しワンピースがよく似合う小柄な少女。
小柄と言っても、俺たちの世界でいう中学生くらいだろう。
エメラルド色のまあるいおめめとニョッキリ犬歯が小動物を連想させる。
常に口角を上げてニコニコと笑っている。すっごくいい子そう。
初めて出会う人物だ。
俺が前と別の行動を起こしたから、未来が変わっちまったのか?
「あの人、ここら一帯でデカイ顔してる組長の奥さんじゃん! そんな人を怒らせるなんて、おにーさん何やらかしたの?」
「助けてくれてサンキューな! 俺はサカギリ ヨシハルっていうんだ! これからよろしく頼むぜ!」
「すっごい爽やかに質問ガン無視してきたんだけど!! 出会いたてのコミュニケーションは大事にしようよ!!」
その可憐な姿からは想像できないほどの切れ味鋭いツッコミに、思わず面食らってしまう。
「はあ…………名前も服も性格も変わった人だね。ヨシハルさんか……じゃあヨッさんって呼ぶね! あたしはメリカ。メリカ=テレット! よろしくね、おにーさん!」
え、呼ばないの?
ニッコリ笑顔で自己紹介を終える相手を舐めるように見ながら、懸命に記憶を辿る。
メリカ……メリカ…………やっぱり知らない。
これは完全に分岐しちまったかもな。
一周目と同じなのは確かにキツいが、全部の攻略法が分かってる分、ラクチンではあった。
なのに俺はベタを恐れるあまり、自ら違うルートに飛び込んじまったってわけか。
これまた面倒なことになりそうだ。