「何を呆けているのですか。キミは大きいパイオツが好きなのか小さいパイオツが好きなのか、理由も含めて答えてみろと言っているのです」
あっ、メリカの母親って異常者なんだ。
初対面の青年にお好みのバストサイズを尋ねてくるレディーがまともなワケがないよな。
外観と違いすぎる内装に絶望する。
ヴェルサイユ宮殿の中に入ったら相撲部屋だったみたいなアクの強すぎる衝撃に頭を抱える。
ふぇぇぇ………時間戻ってからまともな人に会っていないよぉ…………。
「ちょっと母さん!? 会ったばかりの人になんてことを!! ごめんねおにーさん、気にしないで! 母さん誰に対しても『キミ』って言うから!」
そこじゃねぇんだわ。二人称のフランクさにキレとんちゃうねん。
仕方ない、ここはこの場で唯一の常識人である俺がビシッと言ってやるしかない。
「俺は…………胸なら何でも好きです」
「おにーさん!?」
ヨシハルくんのトンデモ回答に驚きを隠せないメリカちゃん。
「男の子なのでもちろん大きくてボリューミーなのも好きですが、小さいのをコンプレックスにして恥ずかしそうにしてる子も好きっす! 要はシチュエーションっすね!!」
「素晴らしい! 百点満点の回答です! 気の強い貧乳娘が胸のことをイジられた途端に顔を真っ赤にして涙目になり、何も言い返せなくなっちゃうギャップとか、特に最高ですからね!!」
「白昼堂々と爆音で性癖交流会を開催するのやめて!! ご近所付き合い凄まじく悪化する!」
なんだ、なかなかに話が分かる人じゃないか。
そのヘンタ…………ごほんごほん、ドヘンタイは一歩後退してから俺に深々と頭を下げた。
「気に入りました。ワタシはヒューサ…………メリカちゃんの母、ヒューサ=テレットです。三度の飯よりパイオツが好きです。事情は知りませんが、キミが望むならいつまででもここに泊まってもらって構いませんよ? もちろんお金はとりませんから」
やった、夢のタダ寝タダ食い生活だっ!
「えええ!! ちょっと母さん、大丈夫なの!? この人食い逃げ犯だよ!?」
あっ、こら、余計なこと言うな!
「構いません。パイオツを愛する気持ちがあるなら食い逃げだろうと放火だろうと好きにやればいいですよ」
思想が危険すぎるだろ。離乳食がミサイルだったのか?
どうやらこの人……ヒューサさんは、少し百合っ気があるらしい。
厳密には百合とは少し違う気もするが、あまり掘り下げたくない。
とにかく拠点は確保できたから良しとしよう。
けど、一周目とはだいぶ違う展開になってしまったな。
前の俺はあのあと……食堂から追い出されたあと、メリカとはまた別の、一人の無愛想な女と出会ったんだ。
ソイツにあのでっかい城まで連れていかれて、なんやかやで勇者になった。
…………………あれ?
ちょっと待って……ということはだよ?
アイツに会わなきゃ、俺は勇者になれないってこと?
勇者になれないといったら冒険が始まらない。
冒険が始まらないといったら魔王のところに行けない。
魔王のところに行けないといったらベタノロが解けない。
あはっ、なんかマジカルバナナみたいになっちった!
一人遊びしてる場合じゃねえだろ! きゃはっ、きゃははははははは
「グギャアアアアアアアアアアア!!!」
「ど、どうしたのおにーさん!? 最愛の恋人を目の前で殺されたティラノサウルスみたいな声出して!」
危機感がピークに達し、地面に寝っ転がって咆哮をぶちまける俺に、メリカが慌てて近付く。
「……………に…………れ……………!」
「ふぇ?」
「セクリに会わせてくれ!!」
俺の叫びのあと、その場がしばらく沈黙する。
二人とも『セクリ』の名を聞いてから数秒は、何が何やらと言った感じで眉をひそめていたが、ほぼ同時に理解したようで。
メリカが一歩前に出る。
「せ、セクリって…………もしかしてセクリナータ様のこと? なんでおにーさんがその名前を…………」
「いいから会わせろ! じゃないと俺は勇者になれねえ! ただの心優しくユーモラスなイケメンのままだ!!」
「いや自己評価高いな!! あ、会わせろって言われても…………うわわわわ!!」
焦りが一気に押し寄せた俺は、メリカの肩を掴んでグワングワンと揺さぶる。
「ちょっ、落ち着いて! セクリナータ様みたいな高嶺の花に、あたしなんかが声掛けられないよ! それに、勇者ってなに? おにーさんいったい何者なの?」
「キミ、良ければワタシたちに事情を話してくれませんか?」
しばらく俺たちのやり取りを黙って見ていたヒューサさんが、窓際から真剣味を帯びた声色で俺に話し掛けてきた。
そうだよな…………タダで泊めてもらうんだ、隠し事なんかできねえわな。
仕方ない。
「わ、分かりました。信じられないと思いますけど最後まで聞いてください」
俺は二人をイスに座らせて、全てを話した。
魔王のこと、ベタノロのこと、時間巻き戻しのこと、そして…………セクリのこと。
「なるほど……そんなことがあったんだね! あたしもチョコミントは好きだよ!」
「食いつくところそこじゃねえだろ!! 必要ないのにわざわざ話した俺にも責任はあるけど!」
「違うでしょうメリカちゃん。今の話で重要なのは、女性が疲れて伸びをするとパイオツの形が一気に強調されるということです」
「そこでもないわ!! 二人合わせてやっとIQ二桁くらいだろこの親子!!」
たっぷり時間を置いて話したのに何も聞いてくれてない。ヨシハルくんの脳内に絶望の二文字が浮かぶ。
「ジョーダンだよ、ちゃんと聞いてたから! せっかく完全攻略しかけてたのに、最初からやり直しなんて気が滅入っちゃうよね! でも、あたしと母さんとは今回が初対面ってこと?」
「そういうこったな。今の俺は前回と違うルートを歩んでいる。だが、勇者になるにはどうしてもセクリに会って、あのデカい城に行かなきゃならねえんだ」
二人とも、意外にもあっさり俺の話を信じてくれた。
「それでそのベタノロっていうのは、具体的にキミが何をしたら発動するんですか?」
「それが分かんないんですよねぇ……とにかく、異世界におけるベタでお約束なことをしたら何かしらの苦痛が訪れるそうで」
「確実に言えるのは、セクリナータ様に会わないとおにーさんは勇者になれず、この世界が魔王に滅ぼされちゃうかもしれないってコト? うええ、それってかなりマズいじゃん!」
メリカがまたしてもムンクフェイスでガタガタと震え出す。
「落ち着きなさいメリカちゃん。こんな時こそパイオツを数えて冷静になるのです。さあ一緒に……巨乳が1ボイン、貧乳が2ペタン、巨乳が3ボイン…………」
世界滅亡に怯える娘に乳をカウントさせるの頭おかしいだろ。
前世が
メリカはともかく、ヒューサさんにこの話をしたのは間違いだったかもしれない。
「そうと決まればさっそく動かなくちゃ! セクリナータ様は一日に二回、昼と夜に町をお散歩するんだよ! もう昼の方は終わっちゃったと思うから、夜にさっそく探しにいこう!」
「よし、じゃあそれまで遊ぼうぜメリカ! おっ、チェスあるじゃんチェス! 俺めっちゃ得意だぞ!『腰痛持ちのヨッちゃん』って呼ばれてたぐらいだから!」
「チェス関係ない!! ていうか余裕ありすぎじゃない!? 今の話がホントなら、一応おにーさんは世界の命運を握ってるキーパーソンなんでしょ……?」
「俺この馬ヅラのコマな! 他のやつ何なのかよく分かんなくてキモいし! スタートはここでゴールはここ! あれ? サイコロ入ってねえけど。欠陥品か?」
「おにーさんチェスやったことないでしょ」
その後、紙でサイコロを作り、夜になるまでチェス盤ですごろくをして遊んだ。
どのコマに止まっても何もイベント起こらなくて退屈だった。
「貧乳が652ペタン、巨乳が653ボイン、貧乳が654ペタン…………うへ、うへへへへ…………」
ヒューサさんはずっと窓際で胸の数を増やし続けてた。三回に一回ほど気色の悪い薄笑いを浮かべながら。
この人シャバの空気を肺に入れる資格ないだろ。