日がすっかり沈んだ頃、メリカが立ち上がって身支度する。
「そろそろだね。準備できた?」
「おうよ。いつでも行けるぜぃ」
「知ってると思うけど、セクリナータ様はここら一帯でトップクラスに身分が高い人だから、くれぐれも失礼のないようにね! あくまでこの時間軸ではおにーさんとは初対面なんだから、馴れ馴れしくしちゃダメだよ!」
「わかってるわかってる。ガキじゃねえんだからそこんところの理解はできてるよ」
「ほんとに大丈夫かなあ…………」
不安そうに家を出るメリカに続き、いざ出陣。
さすがは王国の首都。
日没後でも賑わいは衰えず、酒やつまみを片手に人々がどんちゃん騒ぎしている。むしろ昼間より人口密度が高いくらいだ。
色とりどりの照明が夜の町を明るく染め上げている。縁日のお祭りにでも来ているみたいでちょっぴり童心に返ってしまう。
「みんなー! 夜の部も来てくれてありがとーーー!! 昼間よりもちょっとエッチなレッカのダンス、堪能してねーーー!!」
「ふおおおおおおおお!! レッカちゃんのビューティフルな舞いが一日で二度も見られるとは眼福がすぎる!! 幸せすぎて失明するおそれ大いにあり!! 最後まで耐え抜いておくれよ拙者の
「ちょっとエッチとは聞き捨てならぬ!! ちょっとエッチとは聞き捨てならぬ!! ただいま鼻血注意報発令中なり!! そしてレッカちゃんとのエターナルトゥルーラブ警報も同時発令中なり!! 拙者とレッカちゃん以外はただちにこの場から避難せよ!!」
またいるこの人たち。
にしても、どこの世界でもオタクってのは存在してるもんなんだなぁ。
「今日も拙者はレッカちゃんの華麗な舞いに悩殺されるために馳せ参じた次第!! レッカちゃんこっち向いてくれえええ!! 頑張れ頑張れレッカちゃん! 負けるな負けるなレッカちゃん! フウウウウウウ!! R! A! K! K! O! レッカ!」
ラッコじゃねえか。
「ダンスに見とれてる場合じゃないよオタにーさん」
「見とれてねえよ。誰がオタにーさんだ」
「これだけ人が多いと、セクリナータ様を見付けるのも一苦労だよ! ちゃんと集中して探して!」
「へーへー、わかりまし……………」
遠くの方からおぞましい殺気。
第六感が身体中に危険信号を送る。
心臓がイキのいい魚みたいにビクンと跳ね上がる。
チェスすごろくに興じるあまり、すっかり忘れていた。
俺を地獄の果てまで追い掛けんとする…………『あの者』の存在を。
「惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する惨殺する」
「しゃげーーーーーーーっ!!! ずっとドップラー効果!!」
考えるより先に、俺は小さなメリカの手を取って全力疾走を始めた。
女店主さんとの二度目の
「おおおおおおにーさんおにーさんおにーさん!! あの人まだおにーさんのこと探してたじゃんコワイよ殺されちゃうよ!!」
「うるせえ!! 死にたくなけりゃ振り向かずに走れ! 捕まったらお前もどうなるか分からんぞ!」
人が多いせいで思うように動けない。
何時間も探し続けた標的をやっとの思いで見付け出した女店主さん。包丁をブンブン振り回し、人間離れした速度で追いかけてくる。
ムリムリムリ、チビるチビるチビるチビる。
「うわっ!!」
メリカが転倒。
ヒザから真っ赤な血が流れ出てくる。
「大丈夫かメリカ!? あばよ!!」
「せめて助けるか見捨てるか一秒でもいいから葛藤して!! 音速クズ判断やめて!!」
さすがにここで置き去りにするわけにもいかず、踵を返してメリカの元へ。
地面にしゃがみ込んだ俺たちの近くで、かつて女店主さんだった人殺しマシーンが立ち止まる。
「コロ……ス、ニンゲン、コロス、コ…………ロス、コロス……」
「ひゃあああ自我が薄れてきていらっしゃる!! シリアルキラーの自宅で飼われてるセキセイインコみたいになってる!! 怖いから目を覚ましてくれえええ!」
悲痛な叫びを投げ掛けるも、言葉が通じた頃の優しい店主さんの面影は消え失せている。
今度こそ終わりな気がする。
「まっ…………待ってくれ! 俺はどうなってもいい! メリカは助けてやってくれねえか!? コイツは関係ない!!」
「あ、あのおにーさんが……あたしを守ろうとしてくれてる……!?」
「あっ、ちなみに今日の店主さんのラッキーアイテムは『メから始まるやや日に焼けた少女の血液』らしいっすよ!」
「感動した矢先にコレだよ!! 外道へのコースアウトが早いな!!」
「シヌマエニ、アタシノナマエ、イッテヤル。メイドノミヤゲニ、オボエテオキナ」
すげえ、こんなガッタガタなしゃべり方のくせして短歌みたいなの詠んできた。
「ビナ=マユース。オマエヲ、ジゴクマデ、ソクタツデ、オクル、サシダシニンノ、ナマエ、ダダダダダ」
あの男勝りな女店主さんはどこへ。
機械勝りなビナさんは、無表情のままで二本の包丁を持って近付いてくる。
全てを諦め目を閉じる。
これにて幕引き。
ヨシハルくんの次の人生にご期待ください。
「待ちなさい」
俺たちの背後から飛び込んできた凛とした女の声が、ビナさんの足をピタリと止めた。
「ソイツの食い逃げ代なら、私が支払うわ。ほら、これで足りる?」
少女はツカツカとビナさんに近付き、金がどっさり入った袋を手渡した。
「カネ、カネ、オモイ、カネ、オモイ、コノフクロ、オモイ………………はっ!? アナタは!? なんだってこんな所に…………!」
ビナさんが正気に戻る。よかったぁ~。
「あ、あのぉ……ちいとばかしお金が多すぎませんかねぇ? こんなにもらうワケには…………」
「この男が迷惑かけたんでしょ? だから多めに渡してんの。いいから早く店に戻りなさい」
「なっ、なるほど……お心遣い痛み入ります! 失礼します!」
あの殺人未遂者がウソのように腰を低くしている。
俺らを殺害寸前まで追い詰めたビナさんは、袋を大事そうに抱え、軽快なステップで店へ戻っていった。
あの量ならババアのジャンボラーメン分の赤字も余裕で帳消しにできるだろう。
「あー怖かった。寿命ギャン減りしたわ。ありがとなお嬢さん」
「これくらいで礼なんかいらないわよ。はあ……それにしても…………」
命の恩人の顔を拝もうと目線を上へ。
もう誰なのかは何となく分かってるけど。
「ホントに面倒なのが多いわね…………この町は」
そこに立っていたのは、絹のように繊細な、肩に毛先が触れる程度のベージュ色ミディアムロングヘアーを携えたクール系の美少女。
サファイアのごとき美しさと氷のごとき冷たさを持ち合わせた、ややキツめな印象を与える青色の瞳で俺たちを見下ろしている。
身にまとうのは比較的動きやすそうな薄地の白のドレス。胸元の緑のリボンがトレードマーク。
太ももくらいまでのフリフリスカートからスラリと伸びた、美しい脚部の先端を飾りつけますのは、真っ赤な真っ赤なハイヒール。
そんな特徴的なファッションに身を包んだ少女は、どうだ見たかと言わんばかりに腕を組んで僅かに口角を上げ、俺を見つめている。
ヨシハルくんはというと、今すぐにでも飛び上がりまくりたいほどに、歓喜の気持ちでいっぱいだった。
ムリもない。
かつての仲間とこうして、再び巡り会えたんだから。
離ればなれになってから少ししか経っていないのに、ものすごく懐かしく感じる。
目頭がジワジワと熱くなった。
間違いねえ、コイツは俺と一緒に数々の苦難を乗り越えたパーティーの一人。
そんでもって、一番長い時間を一緒に過ごした大事な仲間。
「はははっ! その強気な口調と青い目ん玉、それに真っ赤なハイヒール……間違いねえ。元気そうだな…………セクリ」
あの大きな城の持ち主であるシルベラ国王の娘、セクリナータ=シルベラだ。