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第7話 フラれたらヤケ酒を喰らう青の常識人


「セクリ……? 何なのあんた、しょっぱなニックネームとか失礼すぎない?」


 俺の言葉を聞いて、少女の顔色があっという間に変わる。


 綺麗な眉間にシワをありったけ寄せ集め、たいそう不快そうな目でヨシハルくんを睨み付けてきたのであります。


 全く面識のない初対面の人物に向けるような、確かなる警戒心が混じった視線。


 当然だ。


 今のセクリの目に俺は、まさにそういう人物以外の何者にも映ってないんだから。


 アイツの顔を見て自然とほころんでしまった俺のそれとは、対極にある顔だ。


 分かってはいたが、少し……いや、かなりショックだな。


「ちょっとおにーさん! 初対面だから言葉遣いには気を付けてって言ったじゃん!」


 メリカが小声で俺の耳に再度忠告を流し込んでくる。


「んなこと言われても、やっぱかつての仲間と再会できりゃ嬉しいんだからしょうがねえじゃろうて!」


「気持ちは分かるけど抑えて! 今のセクリナータ様はおにーさんのこと、赤の変人にしか見えてないんだから!」


「誰が赤の変人だ! どう見ても青の常識人だろうが! 服装的な意味でねっ!!」


「そういうところが変だって言ってんの! ほんと期待を裏切らないパッパラパーだねおにーさんは!」


「ねえ……なにをヒソヒソと話してるの、そっちのアホ面の男? 私そんなおかしいこと言った? ナメてると殺すわよ?」


 メリカと共にコソコソとコミュニケーションを行う俺を、腰に手を当てて不愉快そうに見つめてくるセクリ。


 血の気が多い人ばっかりでイヤだこの町。


 ていうか何で俺にだけ怒ってるの? メリカもすげえ喋ってんのに。


 とにもかくにも、これは厳しい戦いになりそうだ。


「いや、えっと……申し訳ありません! ご無礼をお許しくださいセクリナータ様! 助けていただきありがとうございます! ほら、おにーさんも!」


「あ、ああ……ありがと、ござーす……あの、どうして俺が食い逃げしたって知ってるんすか?」


 仲間に頭を垂れて敬語を使うおかしな状況。なんだかむず痒い。


「なんでもなにも、あんた昼間に思いっきり私の横を走り去っていったじゃない。散歩中に青い服着た変なヤツが、包丁持ったエプロン姿の女に追いかけられてたらそりゃなんとなく察しがつくし、記憶にも強烈に残るわよ」


「じゃあ、その青い服着た変なヤツを助けてくれたのは……どうしてっすか?」


 俺の質問に、セクリは少し困ったような、それでいて照れくさそうな顔をして、目を逸らした。


「べ、別に理由はない、けど……なんとなくよ! 気分的にそうしたかっただけ! ったく、アンタみたいな得体の知れないヤツでも放っておけずに助けちゃう自分が憎たらしいわ」


 そうだ、そうだよ。


 コイツは冷たいし毒舌だけど、正義感が強くて優しい所もあるんだ。


 いや、それだけじゃない。


 もしかしたら俺との思い出が奇跡的にほんの一欠片だけでも、心の片隅に残っているのかもしれないな。


 もっとも、本人が気付かないくらいの、ほんの小さな記憶かもしれないけど。


 だから俺を反射的に助けてくれたのかも。


 見たか魔王。


 仲間の絆ってのは、記憶消去なんかじゃ引き裂けないんだ。


 何度時を越えようとも、こうしてまた、巡り会えるんだ。


「なあセクリ……俺を勇者にしてくれねえか? そんで、お前に俺と一緒のパーティーに入ってほしいんだ」


 俺はもう一度勇者になって、コイツとまた新たな冒険をスタートさせるぜ!!


 そして必ずや魔王を倒して皆でハッピーエン



「は? 入るワケないじゃない。食い逃げが伝染うつる」




*****





「ぶえっ、ぶえええ…………!!」


「よしよし、妥当すぎる結果だけどショックだよね、かわいそうに」


 酒屋のカウンターで泣き崩れる俺の頭を、メリカがポンポン撫でてくれる。


 あの後……セクリは俺の横を素通りして、足早にどこかに走り去っていった。


 オブラートの梱包方法を知らない彼女の血も涙もない言葉に一刀両断された俺は、小さくなっていく背中に何も言うことができなかった。


「ぶえええ……俺、勇者だもん! 確かに食い逃げしたけど、前の時間軸では勇者だったんだもん……!! ていうか食い逃げが伝染るってなに……!?」


「その泣きザマで勇者とか言われても説得力ないけど……でもあたしは信じてるよ、おにーさんに……フフッ、勇者の素質、あるって……ククク…………」


「すんげえ笑ってんだけど。お前が笑顔になるたびに世界中のハリネズミが一匹ずつ消滅していけばいいのに」


「ハリネズミ完全にとばっちりで可哀想!! まあまあ、こんなときは飲んで忘れようよ! あたしがオゴるからさ! おじさん、ルービを二本と適当におつまみ!」


 小慣れた様子でオーダーするメリカを見て、一気に涙が引っ込んだ。


「はあ!? おいおいおいおい!! お前が飲酒はさすがにアウトだろ!! てか現実世界ではビールで異世界ではルービってなんだよ!!」


「ふぇ……? なに言ってんのか全然分かんないし、あたし十六歳だからいけるんだけど……」


 唖然とした様子のメリカの言葉で思い出した。


 そうだった……ここの世界では十五から酒が飲めるんだ。


 ていうか俺と一個しか違わねえのかよコイツ。


 俺もまだまだ成人には遠いが、郷に入っては郷に従えなんとやらだ。


 キンキンに冷たくなったルービをゴクゴクゴクリと流し入れる。


 全身に至福が駆け巡る。


「くはああああ、うめえええ!! 五百臓六百腑に染み渡るぜぇ!」


「多いキモい!! それだけあったらサボる内臓出てくるでしょ……」



「たぶん働きアリの要領で、二割の臓器が消化とか呼吸とかよく頑張って、六割がそこそこ頑張って、あとの二割がサボるんだろうな。そんでよく頑張った二割の臓器が売買されると、残った八割のうち二割の臓器が消化とか呼吸とかよく頑張って、六割がそこそこ頑張って、あとの二割がサボるんだろうな。そんでよく頑張った二割の臓器が売買されると、残」



「ノイローゼになるわ!! 試しに突っ込まずに泳がせてたら水平線までボケ続けるじゃんこの人!!」


 やっぱお酒は美味やね。


 昔はよく仲間を連れて飲み歩いたもんだ。


 こんな中学生くらいの子が隣でアルコールをグビグビ摂取してるのは違和感しかないけど、そんなことに突っ込んでる余裕はない。


「どうするよ? 正々堂々とフラれたんだけど。ダメじゃん。魔王倒さなきゃいけないのにスタートラインにも立ててないじゃん」


「んく、んく…………ぷはあっ! とりあえず作戦を変更する必要があるにぇ……今の食い逃げおにーさんじゃ警戒されるのも当たり前らろー?」


 口の周りに泡がまとわりついてサンタクロースのようになったメリカが、テーブルに肘をついてボーッと俺を見つめる。


 顔が赤い。まともに喋れてない。


 出来上がりかけてらっしゃる?


「うーん…………作戦とか言われてもなぁ。正直、万策尽きたって感じ」


「まだ一策もやってりゃいにょりぃ!! がびゃりゅろーしぇきゃあぼろぼー!!」


 なんて? 


 酒グセ悪いなあこの子。


 さっきからトロンとした目で俺にガン飛ばしまくってくる。


 関係ないけどヒューサさんも酒飲んだらめんどくさそうだな。ひたすらパイオツの話とかしそう。


 コイツにはその血が流れてなくて良かっ



「おにーしゃんはぁ…………やっぱり、おっきいほーがしゅき?」



「なんですって?」


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