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第8話 仲間にしたい人が通りかかったら全てを吐き出す二日酔いコンビ


 完全に油断していたため、良家のお嬢様のように聞き返してしまう。


 言ってるそばからいきなり際どいトピックを切り出してくる酔っぱらいメリカちゃん。


 やっぱりコイツもヒューサさんの娘だ……血は争えないな。


 納得したところで質問の答えを真剣に考えてみよう。


 お世辞にもメリカは大人のカラダとは言えない。


 胸もまだまだ膨らみかけの、成長途中と言ったところだ。


 どうやらご本人もそれをずっと気にしていたらしく。


「かあさんいつもいってるみょぉおおん……おおきいとカタこるしぃ、したぎのバリエェションもすくないってぇぇさぁぁ…………それきいたらぁ、ちいさいのがいいとおもうぢゃひょ~? ねぇ? ねぇ?」


 膨らみかけの胸部をペタペタと触りながら口をとんがらかし、ジト目を俺に向けつつ語り続けるメリカちゃん。


「やめろやめろ、もう分かったから。あんまり上から押してたら余計に縮むぞ」


「あーーーもぉ!! そうやってあたしがひんにゅーだからってぇ、いつまでもバカにしてしゃああ!! おにーしゃんくずの分際でしょんなこというなんてぇ、ナマイキだひょおお!!」


 うっぜええええ…………。


『屑の分際で』のところだけ流暢に言うな。


「みてろよぉ、おにーさぁん…………いみゃはちっちゃいけどぉぉぉ、かならずおっきくしてみせりゅかりゃさぁぁ…………メリカちゃんやってやりゅぞょおおおお!! えいえいおーーーーー!!」


「寝ろよ」


「くかあ…………くかあ…………」


 寝た。願い叶った。


 にしてもグラス半分でここまでヘベレケになるかねメリカちゃん。


 小さな体を背負い、ヨタヨタと歩き出す。


 ったく、こっちだって充分に酔いが回ってるってのに、手間掛けさせやがって。


「……まあ、恩返しとしてこれぐらいはやってやるよ。まだまだ足りねえくらいだけどな」


 コイツには色々と世話になったからな。


 見ず知らずの怪しい男である俺を助けてくれただけでなく、メチャクチャな話を少しも疑うことなく信じ、セクリとの交渉にも協力してくれた。


 変なヤツだが、いい子には違えねえやな。


「……おにーさぁん…………うへへへ…………」


 グースカと眠るメリカが、背中の上で気分良さげに笑っている。笑いかた親子そっくり。


 ほんと、幸せそうな寝顔しやがって。


 夢を見ているのだろうか? なにかをゴニョゴニョと喋っているような。


 そっと耳を近付け確認。


「うーん…………もうたべられないとかいわにゃいでよまだイケるでしょおにーさん…………」


「食わせる側の夢見てる!! 珍しい!!」




*****





 セクリの散歩は昼と夜の二回。


 一日目の夜は大失敗。


 てなわけで二日目の昼。路地裏の物陰に潜んでセクリを待ち伏せする俺とメリカ。


 巡回ルートは決まってるっぽいから、作戦は立てやすい。


 ところがどっこい。


「うえっ、気持ち悪い…………それでどうすんのおにーさん……」


「ちょっと待ってくれ頭痛ぇ……とりあえず、まあ、そうだな……えっと……」


 完全なる二日酔い。頭がまったく回らない。


 げっそりした男女が青白い顔でコソコソしている様子は第三者からしたらなかなかにホラーだ。


「あのさ…………昨日お酒飲んでからの記憶がほとんどないんだけど……もしかしてあたし、なんか恥ずかしいこと言ってた?」



「うん」



「『うん』!? しまった、優しいウソがつけるほど賢い人種じゃなかったか!!」


 なんの作戦も立てられないままセクリがやってきた。


 今日も赤いハイヒールをカツカツと鳴らしながら、早足で向こう側から歩いてくる。


 俺たちには気付いていない様子。


 ええい、こうなりゃヤケクソだ!


「セクリ!!」


 無策のままセクリの前に立ち塞がって通せんぼ。


「あ…………あんた昨日の……また私にちょっかい出そうっての? ていうか顔色わっる……」


 相変わらず虫の居所が良くなさそう。


「あとセクリって呼び方やめて」


「わかったぜセクリ!」


「あんた脳味噌レプリカなの? はあ……いったい何なの? 私、大事な用があるから急いでるんだけど」


 こうなりゃ小細工なんか使わねえ。


 コイツの態度からしても、俺の話をそんなに長く聞いてくれそうにない。


 一言で全てを伝えるんだ!!




「頼む! 俺の仲間にオボロロロロロリャリャリャアアアアアアアア!!!」




 何の変哲もない、ただの嘔吐。



 込み上げてきた吐き気を我慢できず、大学受験に合格したエイリアンのようなボイスと共に、地面の上に色々なものを豪快に吐き散らかしてしまう。


「お、おにーさああああああん!! うっ、おええ…………」


 それを見た二日酔いメリカもつられたらしく、近くにあったゴミ箱に素早く移動して放出を始める。


 えずき声と不愉快な臭気だけに支配された地獄みたいな空間。


 周囲の視線が突き刺さって痛い。肩凝りに良さそう。


 いきなり現れた青ジャージが目の前で吐瀉る。


 いかなる人物でもこの混沌とした状況を理解し、冷静に対処することなどできないだろう。


 まして相手はセクリちゃん。おこりんぼセクリちゃん。


 拳をありったけの力で握りしめ、俺にすごいスピードで近付いてくる。


 お顔は笑顔。殺気をふんだんに練り込んだ贅沢な一品。


 至近距離でお互いに見つめ合う。


 怒ってる、よな?


 急いでるところを呼び止められたかと思えば、いきなり目の前で汚物の生誕を見せられたんだから。


 やむを得ぬ。


 ここはヨシハルくんがこの世で一番カッコいいと思う振る舞いで挽回を狙おう。



 俺はその場で華麗にクルリと一回転し、髪をセクシーにかき上げながらセクリにウインク。


 そして右手を差し出し、とびっきり甘い声でトドメの一言。



「シャルウィーダンス?」



 真っ白な拳が俺の顔面をトップスピードでぶち抜いた。


 目と鼻と口、取れたかもしれない。




*****





「ということで、ちょっと違うベクトルから攻めてみようと思う」


「切り替え早すぎるよおにーさん。普通の人なら羞恥心が致死量ダダ漏れして光の速度で臨終するレベルだよ」


 メリカの家でモザイク不可避の顔面を治療してもらいつつ、今度は無鉄砲で突っ込むことのないよう、ちゃんとした作戦会議を始める。


 顔を潰され五感の半分以上を失った俺を、メリカがうんしょうんしょと家まで運んでくれた。苦労人だなコイツも。


 分かってはいたが、セクリを仲間にするには一筋縄ではいかない。


 だが、アイツのことは俺が誰よりも熟知しているのも事実。


 アルバムにしたら何十冊分にもなるほどの、長い長い一周目の冒険を甘く見てもらっちゃ困るぜ!


「それで、違うベクトルってなに?」


 メリカが自分の髪の毛をいじくりながら、全く期待していないような声色で尋ねてくる。


「実はアイツはああ見えて目立ちたがりでな。人からチヤホヤされるのを好むんですのよ」


「そうなの? ちょっと意外かも……じゃあじゃあ、ひたすらに褒めて褒めて褒めまくれば気分がよくなって、内核くらい低い所にあるおにーさんの好感度も取り戻せるかもね!」


「誰が地球のコアだよちょっと誇らしくなるじゃねえか。さすがにそこまで好感度低くねえよ……って完全に否定できないのが悲しい」


 セクリは俺のことを完全に汚物吐き汚物としか見ていない。


 うかつに近寄ることもできないし厄介、だが…………。


「ただ褒めちぎるだけじゃ足りねえよ。こういうのはインパクトが大事なのさ」


「インパクト?」


「まあ見とけって、俺のマーベラスな作戦をな…………ククク…………」



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