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第9話 散歩に出掛けたらオタク軍団に包囲されるシャイガール


 その夜。


 俺たちは昼間と同じ場所で息を殺しながらセクリを待ち構えていた。


 ところが、セクリはいつもと反対のルートから、こちらに歩いて来た。


「『資格がない』って……どういうことよ…………」


 なんか分からんがブツブツ喋ってる。


 心なしかさっきより怒っているような。どうしたんだろう?


「おにーさん、ほんとにやるの? 言っとくけどあたしは見てるだけだからね? 恥ずかしいし、痛い目見たくないし」


「大丈夫だってメリカ。今回は必ず成功するさ。おにーさんに…………いや、『おにーさんたち』に任せとけ! 行くぞテメエらあああああ!!」


 セクリが俺たちの横を通りかかろうとした瞬間、一斉に飛び出して周りを取り囲む俺と…………



 みんな大好きオタク集団!!



 レッカのダンスショーとやらが突然中止になったらしく、がっかりと肩を落としていたオタ坊たち。


 俺は失意のドン底で苦しむ彼らに近付いてとある言葉を振り撒き、頼もしい協力者になってもらったのさ。


『セクリナータ様はああ見えて承認欲求めちゃくちゃ強くてそのうえドスケベだから、自分を褒めてくれたやつに何でも好きなことしてくれるらしいぞ』とかいう、エッチッチな虚言をなぁ!!


 オタク達の目の色が一瞬にして狩人のそれに変わったあの光景は忘れられないぜ!! 俺カスだな本当に!!


 本当ならレッカのダンスが終わってから協力を仰ぎ、明日以降にこの作戦を実行するつもりだったんだが……ツイてるな。


「ちょっ、なによこれ! あんたたち何のつもり!?」


 状況が理解できず、あわあわと周りを見渡すセクリを、キャンプファイアーのように360度、完全包囲する俺とオタクーズ。


 覚悟しろ、全方角からベタ褒めしてくれるわ!!



「ただいまより第一回セクリたんほめほめグランプリを開催します! 一番ほめほめできた人は、景品としてセクリたんにあんなことやこんなことをしてもらえるんだぜウッヒョヒョヒョオオオオオオオイ!!」



 オタク達から地面が裂けるほどの大歓声があがる。


「はあ!? あんたなに勝手なこと……!」


「さあオタクども、日頃のオタ活で身につけた語彙を存分に発揮せよ!! 見事ほめほめキングに輝き、セクリたんにアツイ(意味深)ゴホウビをもらえるのは誰なのかああああ!?」


 オタク共が呼吸を整え、首をゴキゴキと鳴らす。真剣な眼差しで戦に備える姿が男前。


「ゲームスターーーーーーート!!!」



 そこから数秒の静寂を経て、嵐は突然やってきた。



「セクリたんかわいいよセクリたん!! 普段は冷たい目付きだけど、そうやって焦っているときなんかは、おめめがまん丸くなってお人形さんみたいだね! 自分の一番のチャームポイントは足だと思ってるんでしょ!? ボクのこと夜通し踏んづけてよセクリたん! ハイヒールを上手く駆使してね!」


「セクリたん実は不器用だから料理とかできないんでござろう!? そういうところがなんともプリティでござる!! でも拙者はどれだけマズくて胃袋が朽ち果てようともセクリたんの手作りなら食器まで余すことなく食べ尽くせる自信があるでござるよ! 拙者に栄養を恵んでほしいでござるセクリたんっっ!!」


「そんな性格なのにぬいぐるみや小動物などの可愛いものが好きなセクリたんはもっとプリティなのだ!! ワガハイがセクリたんの奴隷となった暁には、毎日一つずつセクリたんにラブリーなプレゼントを献上するという契約を死ぬまで結ぶ所存である! ワガハイとの恋の奴隷契約書に早くサインするがよいぞセクリたん! さあ! さあ!!」



 オタクさん達へのセクリのプロフィール提供はわたくしが行いました。


「想像の数億倍も常軌を逸したキモさだね。ご先祖様がお墓の中で溺れるくらい涙流してそう」


「確実に家系図のアンカーだろうなコイツら」


 我先にとセクリにラブコールを投げ掛けるオタクーズを、俺とメリカはただただドン引き顔で眺めていた。


 さあ、これを受けてセクリちゃんはどうするかね。



「い、いやぁぁぁぁ……やめてぇぇぇ…………」



 さてさて、ここで衝撃の事実を発表させていただこう。


 俺はメリカやオタクくんたちに一つ、大ウソをついた。


 セクリはチヤホヤされたがりなんかじゃない。ましてや承認欲求なんてカケラほどもないし、もちろんドスケベでもない。


 実はこの子。



「や、やめてよぉ…………はずかしい…………わたしがわるいことしたなら……あやまるからぁ…………!」



 褒められるのがメチャクチャ苦手な、極度の恥ずかしがり屋さんなんですよねぇ。


 セクリは顔を茹でダコのように染め上げ、両耳を塞いでうずくまっている。普段のクールさなどは見る影もなく。


 こんな奴らにでも褒められたら照れちゃうんだな。相変わらずだなぁそういうとこ。


 まして自分の知られたくない秘密がこんなにも大勢の国民に筒抜けになってるんだ。ダメージは何十倍増しだろう。


 だが、だからこそ!


 セクリがこの反応をしてくれることを分かっていたからこそ、俺はあえてこの作戦を選んだのよ!


 四方八方から押し寄せる称賛の言葉に、セクリの恥じらいは瞬く間に限界を迎える!


 そこに俺が颯爽と駆け寄り、救いの手を差し伸べてやるのさ!



 名付けて『オタク共から助けてあげるから俺の仲間になってくれ』作戦っ!!



 ぐひひっ、我ながらメマイがするほど完璧なプロジェクトだ。


 うーうーと可愛らしい声で唸っているセクリに颯爽と駆け寄ると、しゃがみ状態かつ、まっかっかなお顔プラス涙目プラス上目遣いで俺を見つめてくる。


 あれ? すっごい睨みが利いているような。


 ま、まあいい。心もすり減り切ったところで今度こそ食らうがいいよ……俺の必殺技!!



 先程と同じくスタイリッシュにターン。


 すかさず髪をファサアアとなびかせてからのウインクをバチコン。


 今度は右手を差し出すだけでなく、片膝をついて相手の綺麗な手をしっかり取ってからの、あの最強フレーズ。



「シャルウィーダンス?」



 セクリのチャームポイントが俺のウィークポイントに容赦ない一撃を与える。


 ハイヒールの固く尖った爪先部分がオスの象徴を迷いなく貫いた歴史的瞬間である。



「──────ゎんっ」



 本当に命に関わる痛みを感じたとき、人は大きな叫び声なんか出せないことが、今しがた愚息の尊い命を代償に証明された。


 子犬のさえずりのような極小の断末魔を放ち、俺は意識を手放した。


 性別変わったかもしれない。



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