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第3話 目覚めたステラ




品のある白い天井に美しいシャンデリアがぶら下がっている。

次目覚めた時、私の目の前には見知らぬ天井が広がっていた。


ここはどこ?


こんな場所私は知らない。


この豪華さから貴族の部屋だということは察したが、私の知っているリタの部屋はこんな部屋ではなかった。

彼女の部屋はもっと贅沢で豪華だ。こんなにも品があり、上品なものではない。


今生きているということはおそらくあの試作品の〝時間を戻す魔法薬〟が成功したのだろう。

だがしかし私の記憶のどこを探してもこんな場所はなかった。


ここは一体どこなのか。そもそも私は一体どこまで時間を戻すことに成功したのか。


寝ていても何もわからないので私はゆっくりとベッドから上半身だけ起こした。




「ゔっ」




ズキッと何故か刺された左脇腹が痛む。

時間が戻ったはずなのでは?どうして脇腹が痛むのか。


痛みの反射で左脇腹を抑えると同時に自分の体が目に入る。その体はとても小さく12歳くらいのものに見えた。


私は7年ほど前に戻ってきたのだろうか。

でもじゃあ何故左脇腹に刺し傷があるのだろう。


情報が足りない。

そう思ってベッドから降りようとしたその時、この部屋の扉が誰かによって開けられた。




「…目を覚ましたか」




私を金色の切れ長の瞳が冷たく見つめる。


…ユリウス・フランドルだ。


この部屋に現れたのはこのミラディア帝国のフランドル公爵家の1人息子であり、次期公爵のユリウス・フランドル(18)だった。


この男は皇太子ロイと同じく美しい。

長すぎず、短すぎない真っ直ぐな黒髪は傷みを知らず、いつも輝いており、顔も涼しげで品のあるまるで彫刻のように整った男だ。


ただユリウスは美しいだけで誰に対しても無愛想で冷たい性格ゆえ、周りからはいつも距離を取られていた。

だが本人はそのことについてあまり気にしていないようだった。


ユリウスとはそういう男なのだ。


何故私がここまでユリウスのことを知っているのか。

それはユリウスがリタの学院での同級生であり、さらにはリタと犬猿の仲だったからだ。


冷たく無愛想で真面目で融通の効かないユリウスと自由奔放でわがままなリタは水と油だ。

顔を合わせればお互いに嫌味を言い、いつも口論を繰り広げていた。


それならばお互いに顔を合わせないようにすればいい話なのだが、2人とも文武両道で共に優秀であった為、同じクラス、同じ実技、同じ授業等に振り分けられ、顔を合わせる機会しかなかった。


だがしかし、2人は犬猿の仲であると同時に良きライバルでもあった。

周りから見れば仲は悪いが、お互いに切磋琢磨している間柄にも見えていたことだろう。

勉学、剣術などは私がリタの代役として受けていたので、実際ユリウスが切磋琢磨していた相手は私になるが。


リタと同じ歳であるユリウスは何故か私の知っているユリウスのままだった。

時間が戻っているのならそこにいるユリウスも幼いはずなのに。


…つまり時間は戻っていない?

でも私の体は小さい…。


そこまで考えてある可能性が頭をよぎった。

確かに時間は戻った。ただしそれは私の体の時間だけだ、と。


そう考えると目の前のユリウスがそのままで私だけが小さいのも脇腹に傷があるのも頷けた。




「あの、私は一体…」




何から聞けばいいのだろうか。

ベッド横まで来てこちらを冷たく見下ろすユリウスに今の状況を説明してもらおうと戸惑いの視線を向ける。

するとユリウスは冷たい表情のまま口を開いた。




「ここは帝都内にあるフランドル公爵家の客室だ。お前は1週間前、宮殿の中庭で刺されて倒れていたんだ。それを俺が見つけてここへ連れてきた」


「…なるほど」




つまりやはり時間は戻っていないのか。

私の読みは当たっていたらしい。

まさか暗殺者ではなく、ユリウスが私を見つけて保護までしてくれるとは何と運が良かったのだろう。


もし暗殺者に見つかっていたら私の命はなかったはずだ。




「ありがとうございました」


「いや当然のことをしたまでだ」




頭を下げる私に子どもに向けているとは思えないユリウスの冷たい声が聞こえるが、これが無愛想なユリウスの通常運転なので別に気にはならない。




「俺の名前はユリウス・フランドルだ。お前の名前は?」


「私は…」




この8年、私は自分を〝リタ・ルードヴィング〟と名乗ってきた。

もう長いこと〝ステラ〟と名乗っていない。

一瞬だけ、言葉が出なかった。

だが、それもほんの一瞬で私はすぐに言い慣れない懐かしい名前を口にした。




「ステラです」




*****




意識が戻って1週間、傷はまだ痛むがだいぶ元気になった私は鏡の前で1人幼い自分を見つめていた。


誰かの印象に残りそうにもない特にこれといった特徴のない少女が疲れた顔でこちらを見ている。

緑色の瞳も肩より少し長いストレートの栗色の髪も何も印象に残らない。

街に行けばどこにでもいる普通の少女だ。


だけどルードヴィング伯爵は私の本当の姿を知っている。

暗殺者から私の暗殺失敗を伝えられ、今頃伯爵は私を血眼になって探しているだろう。


最初は19歳の私を探すはずだ。

だけど何かの拍子で私を見たら。きっと私だと気づくに違いない。例え12歳の子どもになっていたとしても。


そうなればせっかく逃げ切れたのに全て台無しだ。

私はまた命を狙われるし、最悪殺される。


ここに長居するわけにはいかない。

今は社交界シーズンなので帝都にほとんどの貴族が滞在している。


つまり伯爵もまだ帝都にいるのだ。


フランドル公爵もルードウィング伯爵も同じ貴族であり、きっと繋がりもある。


伯爵に見つけられるのも時間の問題だ。


私はどうにかして早くここから…いや、せめて帝都から出なければならない。




「ステラ様、お着替えは終わりましたか?難しいようでしたら今からでも私がお手伝いに…」




いろいろと考え事をしていると扉の向こうからメイドのメアリーの心配そうな声が聞こえてきた。


メアリーは私の専属メイドだ。ユリウスが私に気を使ったのか、何故か素性もよくわからない私に初日からつけてきたのがメアリーだった。


全くあの男は本当に何を考えているのかわからない。


私がリタの代役を務め、ユリウスとよく口論していた時も「全く!美しいくせに表情がないから何を考えているのかわかりませんわ!この鉄仮面!」と言っていたが、あれは本心からだった。


鉄仮面とはユリウスのためにある言葉だろう。




「失礼いたします!ステラ様!」




メアリーに返事をせずにいると焦った様子のメアリーがここの部屋の扉を開けた。

返事をしなかったといってもほんの数秒だ。

何分もメアリーを待たせたつもりはない。




「体調は大丈夫ですか!?アナタの傷はまだ塞がっておりません!やはりこのメアリーがお着替えをお手伝いいたします!」




上品なメイド服に身を包み、赤茶の髪を綺麗に一つにまとめているリタたちと同世代に見える少女、メアリーがこちらに早足でやって来て深緑の瞳で私を上から下までくまなく見る。


メアリーの瞳にはきちんとこの後の予定の為に着替え終えたワンピース姿の私が写っていることだろう。


メアリーは私をじっくり見た後、「あら?ご自分で着替えられたのですか?」と不思議そうにそしてどこか残念そうに肩を落としていた。


本当はメアリーが私にワンピースを着させたかったのだ。


先ほどまで何度も「私にお着替えをお手伝いさせてください!お願いします!ねえ!お願いですからぁあ!!!」と訴えられたが、私はそれを丁重にお断りしてメアリーには部屋の外に出てもらっていた。

廊下に出る時のメアリーはとても不服そうだったが、私はそれを無視した。


このくらいの着替えくらい自分でできる。怪我をしているとはいえ、そこまでお世話されなくても大丈夫だ。


メアリーは世話好きのメイドで、事あるごとに私の世話を焼こうとして大変だった。

私はこれでももう19歳なのだ。しかも貴族のお嬢様ならまだしも平民のだ。


過剰な世話は不要である。


今日は学院から帰ってきたエイダンと晩御飯を共にする予定がある。

もうすぐ予定の時間だ。




「それでは参りましょう!ステラ様!」


「うん」




私はメアリーに案内されて今日も公爵家の食堂へ向かった。



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