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第4話 ユリウスとの晩ごはん





「今日は何をしていたんだ?」




大きな立派な机を挟んだ向かい側からユリウスが冷たい表情のまま私に問う。


ここはフランドル公爵邸の食堂であり、私は今この食堂でユリウスと2人で殺伐とした空気の中、晩御飯を一緒に食べていた。

ちなみに殺伐とした空気の原因はもちろん今目の前にいるユリウス・フランドルのせいだ。

私は先ほどから努めてこの男に笑顔を向けるようにしている。少しでも空気がマシにならないかと思って。




「…寝ていました。療養中ですし」


「それから?」


「…あー。おやつも食べました。今日は苺のゼリーでとても美味しかったです。やっぱり春には苺が食べたくなりますね」


「そうだな。他には?」


「ほ、本も少し読みました。メアリーが選んでくれたんですよ。少しだけなのでまだ全部は読んでいないんですが」


「そうか。どんな本だったのかまた詳しく教えてくれ」


「…はい」




この男は本当にあのユリウス・フランドルなのだろうか。

そう問いかけたくなるほど冷たい印象は相変わらずだが、ユリウスは私によく話を振ってくる。

しかし話を振ってくるといっても自分で話を振ってくるくせに少し相槌をしてほとんど話さないのでほぼ話しているのは私だった。


この場にいつもならいるフランドル公爵と夫人が今日は予定があるようでいない。

なのでこのような空気での晩御飯になってしまっていた。


毎晩この食堂で私は何故かこのフランドル公爵家の一員として食事を共にしている。

素性の知れない保護した子どもに普通そんなことまではしない。私に用意した部屋に食事を運べば済む話なのに。


ここ1週間の私へのフランドル公爵家の対応はまるで家族を労うようで私には疑問しかなかった。

フランドル公爵家はそれだけ慈悲深い家とか?




「ユリウス様は…」


「ユリウスだ。様はいらない」


「しかし私は平民で…」


「何度も言わせるな。平民以前にお前は子どもだろう。子どもが大人に気を使うな。敬語もいらない」


「…はぁ」




美しい所作で次々と運ばれる食事を口に入れるこの男は無表情のまま無茶を言う。

平民が貴族相手に気を使わないわけがないだろう。貴族は平民より上の者なのだから。しかもユリウスは公爵家の者だ。


…しかしユリウスが言いたいこともわかってしまう自分がいる。

私くらいの平民の子どもが大人のような対応をしていたら変な気持ちにもなるだろう。

街にいる平民の子どもたちは無邪気な子どもが多いのだから。


こうだと決めたユリウスは梃子てこでも動かない。

なので私は仕方なく、ユリウスの要望に今日も応えることにした。




「ユリウスは今日は何をしていたの」


「今日か」




嫌々ながらユリウスの要望に応えた私を見て、少しだけ嬉しそうにユリウスが目を細める。

ここへ来てわかったがユリウスは無表情だが、喜怒哀楽を案外目で語ってくる。

よく見ればだが、ユリウスの感情を私はなんとなくわかるようになっていた。

ポイントは目だ。目を見ればわかる。




「今日は午前中は騎士団の仕事をしていた。その後学院に顔を出し、必要な授業を受け、放課後に時間があったから剣術の鍛錬をした」


「へぇ。相変わらず大変そうだね」


「問題ない」




淡々と本日のスケジュール内容を口にしたユリウスに心から感心する。

普通の人だと今頃疲労でヘロヘロになっていそうなものだが、目の前にいるユリウスは涼しい顔をしている。


ユリウスの話の通り、ユリウスはとても忙しい。

まずユリウスは学院の学生でありながら、帝国屈指の騎士でもあるからだ。


ユリウスは学生としても騎士としてもとても優秀だ。

学院ではテストで良い成績さえ残せば学院での勉学等がある程度免除される。

その空いた時間を利用してユリウスは騎士としても活動しているのだ。


この免除制度を使う優秀な者はユリウスのように稀に現れ、最近だとロイとリタもその対象であった。


免除制度利用によって空いた時間をロイは皇太子としての活動に費やし、リタはその時間でそれはもう遊びまくっていた。

免除制度を使う者で空き時間を遊びに使うの者なんて後にも先にもリタくらいだろう。

普通の免除制度利用者は優秀であるが故にどこかしらから声がかかっており、忙しくしていたり、またさらなる勉学や研究に費やしたりしているものだ。


そんな忙しいユリウスだが、家族との時間は大切にするらしい。

ここ1週間だけしか知らないが、基本ユリウスは忙しい合間を縫ってでも晩だけは家族全員で食事を取れるように調整しているようだった。そしてそこに何故か私も組み込まれていた。


あんなにも無愛想で冷たい鉄仮面にもこんな人間らしい一面があったんだな。




「ふふ」


「…?何を笑っている?」


「別にぃ」




リタといつも対峙しているユリウスとのギャップにちょっと笑っているとユリウスはそんな私を不思議そうに見つめていた。


言ってもわからないだろうから言わない。


リタとして対峙している時は冷たい印象のある無愛想な人、と思っていたが、ステラとして関わるユリウスはどこか人間味があり、面白かった。



ここでの時間はリタだった時とは違い、穏やかで幸せなものだ。

ずっとリタの代役として気を張らなくてもいいし、優秀である為に無理に努力をしなくてもいい。


怪我の治療中とはいえ、ずっとゆっくりとした時間が流れている。

契約終了後はこんな生活を夢見ていたはずなのに何がどうなってこんなことになってしまったのか。

今では命を狙われているなんて。


まだまだ傷は治っていないが、ここに長居することは危険だ。




「ユリウス」




私は食事をしていた手を止め、フォークを置くとユリウスをまっすぐ見つめた。

そんな私を見てユリウスも食事の手を止める。




「今までお世話になりました。もう動けるようになったし家に帰るよ。ここでの恩はいつか必ず返すから」




そして私はユリウスに心から感謝して頭を下げた。

帰る家などないが、そう言った方がユリウスも私をここから送り出しやすいだろう。




「帰る?」




私の言葉を聞いたユリウスは冷たい表情のままどこかおかしそうにそう呟く。




「お前を保護した時、お前の素性を調べなかったとでも?少なくともこの帝都にはお前の家はないだろう。ステラ」


「…」


「12歳ほどの栗色の髪と緑の瞳。どこにでもいる子どもの特徴だな。そんな子どものステラという名の行方不明者はここ帝都にはいなかった。戸籍ももちろんなかった。どういう意味かわかるか?」




私はリタ・ルードヴィングの代役だ。

孤児院からルードヴィング伯爵に引き取られた時に私の戸籍がどうなったのか知らない。

ユリウスが探しても見つからなかったということはルードヴィング伯爵が私の戸籍を隠したか、あるいは消したかの2択だろう。




「…事情があるのだろう?お前のような子どもを完治もしていないうちから外に出すと思うか?」


「…」




何も言えない私にユリウスはただ淡々と自身が調べ上げた事実を口にする。

家のない訳ありの子どもを今のユリウスはきっと放っておけないのだろう。




「…確かに帝都には帰る家はないよ。でも帝都外には…」




困った顔で私はユリウスに笑う。

嘘はついていない。いずれリタの代役を終えた時には帝都から遠く離れた土地で暮らす予定だったのだから。

そこを目指すだけだ。一文なしだが、リタの代役の時に手にしたスキルさえあれば何とか生きていけるだろう。




「わかった。ではお前の傷が完治するまではせめてフランドルで面倒を見させてくれ」


「…うん」




私のどうしてもここから離れたい気持ちが伝わったのか、ユリウスは無愛想だが、どこか心配そうにそう言た。

その後私とユリウスは一言も喋ることなく、ご飯を口に運び続けた。

ユリウスのことをずっと冷たい人間だと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

だが、その優しさが今の私には大変不必要のないものだった。





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