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第6話 公爵一家はそれを許さない




sideステラ



ユリウスに保護されて約2ヶ月が経った。

最初こそ起きることも辛かった左脇腹の刺し傷は2ヶ月もするともう完治していた。


完治したということは当初の予定通りここから離れるタイミングが来たということだ。




「今までお世話になりました」




どうせ別れを告げるなら全員が揃うであろう夕食時がいいと考え、私はフランドル公爵夫妻とユリウスに食事中に頭を下げた。




「ど、ど、どうしたの?急に?」




私の目の前に座っている美しい水色の腰まである長い髪の40代くらいの女性、フランドル夫人が困惑した表情を浮かべてユリウスと同じ金色の瞳をこちらに向ける。

フランドル夫人はユリウスと違ってとても表情豊かで優しさが内側から滲み出ている人だ。




「そうだぞ。ステラ」




そんな夫人の横でユリウスによく似たこちらも40代くらいの男性、フランドル公爵が冷たいながらも驚いた表情を浮かべてこちらを見ていた。

公爵とユリウスの違いは瞳の色くらいで公爵の瞳の色は銀色だ。




「ユリウスと話していたんです。傷が完治するまではここで保護してもらう、と。もう傷も完治したのでそろそろここを出ようかと思いまして」




約2ヶ月前、まだユリウスに保護されて間もない頃のことを思い出す。

その時もここからすぐに出ようとしたが、その時はユリウスが「傷が完治するまでは」と言ったのでそれに従った。

だが、その傷ももう完治しているのでここを出る頃合いだ。




「まあユリウス!ステラとそんな話をしていたの?聞いていないわ!」


「説明をしてくれ、ユリウス」




私の話によって話の中心が私からユリウスへと変わる。

私の隣で優雅に夕食を口にしていたユリウスはその手を止めて自身の父と母を見据えた。




「ステラを保護して1週間の頃、ステラからここを出て家に帰ると言われました。しかしステラには帰る家などありません。ですからあの時はステラを一時的にでも引き止める為に〝せめて完治するまで保護させてくれ〟と言いました。決して完治し次第ここを出ろという話はしていません」


「そうだったのね!」


「…っ!」




ユリウスの淡々とした説明に、よかった!と素敵な笑顔で安堵する夫人とは正反対にユリウスの横で信じられない!と私はユリウスを凝視する。

ユリウスは最初から私の保護をやめるつもりはなかったのだ。




「完治したってここにいればいいじゃない。ステラの家はもうここなのよ?帰る家もないんでしょう?」


「そうだぞ。ユリウスから話は聞いている。ステラには戸籍がないそうじゃないか。つまりスラム出身なのだろう。であるならばここにいた方がステラも幸せじゃないか」




夫人がにこやかに、公爵がユリウスそっくりな冷たい表情で私に矢継ぎ早に言葉を浴びせる。

2人とも本当によくしてくれるし、私を何故か気に入り、それぞれのやり方で可愛がってくれるので少しむず痒い気持ちになってしまう。

私の人生の中で誰かに大切にされた記憶がないからだ。




「確かにここでの生活は私にとっては夢のようでした。ですが、私は戸籍さえないスラムの子どもなのです。そのような人間が公爵邸でこのような待遇を受けるのはおかしい話なんです」




どうにかここから出られるようにと私は苦笑いを浮かべながらもそれらしい言葉を並べる。


スラム出身ではなく正式には孤児院出身だが、どちらにせよ戸籍がないので、スラム出身と名乗ってもいいだろう。


ここでの生活は文字通り夢のような生活だった。

三食食事付きで常に清潔な部屋での生活。

好きな時間に好きなことができて、何と1ヶ月前からは素性の知れない子どもの私に家庭教師を付け、貴族の一般教養まで学ばさせてくれた。

また一般教養だけではなく、剣術を習いたいと言えば剣術の先生をわざわざ雇って私に付けてくれた。


ここでの生活は本当に楽しい。

だが、長居をすれば必ずルードヴィング伯爵に見つかり、そのまま殺されてしまう。

そうならない為にもここから出なければならない。

それなのに。




「夢のようだと思うのならその夢に浸っておけばいいだろう。何故、それを拒む?」




ユリウスが私をおかしなものでも見るように見つめる。

その黄金の瞳には困惑している私が映っていた。




「…おかしいからだよ。本来私はここに相応しくない人間なの」


「おかしくないだろ」


「おかしいよ!」




不思議そうに首を傾げるユリウスに思わず大きな声を出してしまう。

本当はこんな声出したくないのだが、あまりにも今目の前にいる男がマイペースすぎてツッコまずにはいられない。




「おかしくない。お前は保護されるべき子どもだ」


「…じゃあ困っている子ども全員を保護するの?慈悲深い次期公爵様ですね?」


「俺の保護対象は宮殿で血を流していた訳ありの子どもだ」


「それは随分ピンポイントですね」


「そうだろう」




私と言い合っているユリウスはどこか楽しそうだ。

私は全く楽しくないが。

相変わらず冷たい表情のままだが、ユリウスの私を見つめる瞳はとても優しい。まるで妹を見る目だ。


そんな私たちを夫人は「何と仲の良い2人なのかしら。まるで本物の兄妹だわ」と嬉しそうに、公爵は「そうだな」と同じく無表情だが、どこか嬉しそうに見ていた。


何でこんなくだらない言い合いが仲良く見えるんだ!




「ステラはここに居ればいい」


「…」




この後何を言ってもどうせ〝ここに居ればいい〟としか言わないであろうユリウスに私はもう何も言えなくなる。


最初こそフランドル公爵夫妻やユリウスの優しさに感謝していたが、ここまで来るとその優しさが煩わしい。

思っちゃいけないことだとわかっているけれど。




「そう言えばステラ、家庭教師のライアスさんがアナタのことをとっても褒めていたわ。まだ12歳だというのにあまりにも吸収が早いって。一度聞いたことなら全て覚えるし、応用まで完璧だとか」


「剣術のヴィルも言っていたな、ステラには剣術の才能があると。ステラのレベルは同年代とはかけ離れているとか」


「ステラの剣術なら俺も見ましたが、とても優秀でした。あれなら騎士になるのもいいでしょう」




私の話は終わったとばかりに夫人、公爵、ユリウスが一斉に話し始める。

私の話は私の中では終わっていないのだが、こうなってしまったらもうどうしようもない。


私は疲れた笑顔を浮かべて彼らの話にいい感じに相槌を打ちながら食事を口へ運んだ。



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