sideロイ
「我が家の離れにある花畑なのですが、この時期には様々な種類の花が咲くので今が見頃なのですよ」
仕事先であるフランドル公爵邸にて。
フランドル公爵とある程度仕事の話を終え、宮殿に帰ろうとした僕にユリウスによく似たフランドル公爵がそう言った。
なので僕は従者のピエールを後ろに控えさせ、公爵自慢の花畑に向かった。
そしてそこでステラと出会った。
「お断りします」
僕からの提案を笑顔で断るステラの姿と僕の愛した婚約者の姿が重なる。
時には僕に愛を囁き、時には僕に興味さえ示さない。
わがままで傲慢で聡明な不思議でチグハグな彼女。
彼女にただ愛を囁いてもきっと彼女はそれを受け取らない。だから僕は彼女に婚約の契約を提案したのだ。
婚約をしてしまえば彼女はもう僕のものだ。
そこからじっくり愛を育めばいい。
そう思っていたのに。
婚約をした彼女から僕が愛していた全てがなくなった。
彼女はもう何も面白くないただのわがままで傲慢なだけの令嬢になってしまったのだ。
「…何ですか」
何も言わずにじっと僕に見つめられ続けることに耐えられなくなったのだろう。
ステラが気まずそうにこちらを睨む。
やはり、似ている。
僕が愛したリタに。
リタの年齢は18歳だ。
だからこそ帝国中から18歳前後の女性の素性調べているというのに。
今まで見たどの女性よりもステラはリタだった。
まだ幼い少女だというのに。
「…いいや、何でもない」
にっこりと誰もがため息を漏らす美しい笑みをステラに向けるとステラはそんな私に「あはは」と乾いた笑い声を漏らした。
*****
ステラと別れた後、僕は宮殿の馬車に乗って宮殿への帰路についていた。
「ピエール」
「はい」
僕の目の前に座る僕と同年代のピエールに声をかける。
するとピエールはその暗い青のふわふわの髪から除く黒い瞳で僕をまっすぐ見つめた。
ピエールはもう何年も共にいるいわば僕の右腕のような存在だ。
「今日の18歳前後の女性の情報は?」
「こちらでございます」
僕に言われてピエールが自身の横に置いていた鞄からいくつか資料を出す。
そしてそれを僕に渡した。
「今日はフランドル公爵邸周辺の地域の調査を行いました。ご確認をお願いいたします」
ピエールに渡された資料を一枚一枚確認していく。
資料に書かれているのは年齢、名前、職業、簡単な性格、それから似顔絵だ。
どの資料を見ても僕の探している女性だと思しき人はいない。
今日出会ったステラの方がずっと僕が探している女性だと思えてしまう。
絶対に違うはずなのに。
「ここ数ヶ月、18歳前後の女性の情報ばかり集めておりますが、一体誰を探しているのですか?」
「うーん。そうだねぇ…。運命の人、かな」
「…はぁ」
真剣な表情でピエールに問われたのでそれに笑顔で答えるとピエールは間の抜けた返事をして白い目で僕を見た。
…そんな目で見なくても。また僕が適当に返事をしていると思っているのだろう。
本当のことを言ったつもりなんだけどな。
「アナタが連日誰かを探しているのはもうこの帝国中に知れ渡っております。皇太子自ら大犯罪者を探しているのではないか、とか、帝国にとって重要な人物を探しているのではないか、とか。運命の人を探しています、だなんて口が裂けても言わないでくださいよ。アナタにはもうリタ嬢がいらっしゃるのですから」
「はいはい。わかっているよ。お前だから言ったんだろう」
ピエールが僕にぶつぶつと小言を言うのはいつものことだ。僕はピエールの小言を適当に聞き流して馬車の外に視線を向けた。
もうすぐ宮殿に着く。そこには今日も僕の婚約者、リタが待っているはずだ。
だが、僕は思うのだ。
おそらくあのリタは本物のリタではない。
僕の愛したリタはあんな女ではなかった。
では僕の愛したリタは一体どこへ行ってしまったのか。
その人を僕は今、探している。
何も知らないフリをして。
*****
僕が宮殿に着くと玄関先にはいつものようにリタが待っていた。
「お帰りなさいませ!ロイ様!」
僕の姿を見つけてリタが嬉しそうに笑う。
リタは僕と婚約してからというもの暇さえあればすぐに僕に会いに来て、ずっと僕の側を離れようとしなかった。
まだリタはここには住んでいないのだが、もうほぼ住んでいるほどリタはこの宮殿に入り浸っている。
「ああ、ただいま。僕の愛しいリタ」
僕に駆け寄って来たリタの手を取り、チュッとキスをする。そんな僕を見てリタは「まぁ!」と今日も機嫌良く頬を赤く染めた。
こんなことをするのも彼女との婚約の契約があるからだ。僕は人前でだけは絶対に彼女を最低限でも婚約者として扱わなければならない。
僕が愛していたリタにならこの約束も全く苦ではないが、今のリタ相手ではあまり気が進まない。
契約さえなければ放っておきたい女だ。
「本日はフランドル公爵邸に行かれたのですよね。お仕事の方はいかがでしたか?」
「…そうだね。まあ、いつも通りかな」
リタにフランドル公爵邸のことを言われて、またステラのことを思い出す。
あの花畑はフランドル公爵の言う通り素晴らしいものだった。
まさか花の妖精までいるとは思いもしなかったな。
「あら?本当にいつも通りだったのですか?とても嬉しそうにしていらっしゃいますけど?」
僕の変化に気づいたようでリタはその以前までは愛らしいと思っていた猫目をすぅと細めて笑う。
「リタにはバレてしまうんだね。少しね。妖精を見つけたのさ」
「…妖精?」
「ああ」
微笑む僕にリタが首を傾げるが僕はそれ以上は何も言わない。ただ微笑むだけだ。
「ピエール」
「はい」
「ここは宮殿だ。もう下がっていい」
「かしこまりました」
僕に下がるように言われてピエールが僕に一礼をし、さっさとその場から離れる。
ピエールが離れたことによってこの場には僕とリタしかいなくなった。
「ロイ様、今日の夕食は南の海の幸のフルコースと先ほどシェフが…」
「もう帰ってくれないか」
上機嫌に話し始めたリタに僕は冷たくそう言い放つ。
「君は暇なのかな?いつもいつも我が宮殿に来て。夕食まで君と取る気はないよ」
「…そ、そんなっ」
にっこりと笑う僕にリタが辛そうに表情を歪める。
やっぱり違う。
僕の愛したリタならこんなことを言われたくらいじゃこんな表情なんて浮かべない。僕と同じ笑顔で嫌味の一つでもさらりと言える人だったはずだ。
「…わ、私はロイ様の婚約者ですもの。宮殿にいるのは当然で、夕食だって…」
「君、最近学院にさえ行っていないそうだね。優秀者は免除制度を使えるとはいえ、完全に行かなくてもいい訳ではないことはもちろん理解しているよね?それなのに何故、行かないのかな?しかも皇后教育が忙しいからと嘘までついて」
「…う、嘘ではありませんわ。今日も皇后様自らご指導いただき…」
「母上が学院へ行けないほど君を拘束しているのかい?それならそれで問題だね。すぐに父上に…」
「ち、違いますわ!」
僕の笑顔だが、淡々とした物言いにリタは突然大きな声を出す。先ほどまで言い訳を連ねていたこの女が一体僕に何を言えるのやら。
「…も、申し訳ありませんでした。学院には行けるように努力いたしますわ」
「そう」
震えながらも頭を下げるリタに僕は冷たくそう言う。
そして笑顔を消して言葉を続けた。
「僕たちはあくまで契約関係だ。リタ、君は僕を退屈させない最高の隠れ蓑にならなければならない。それを君はできているのかな?」
「…努力いたしますわ」
リタが辛そうにしている。それを見ても僕は何とも思わなかった。僕の愛したリタではないからだ。
「きちんと契約を守れない場合はわかっているね?」
僕は冷たくそれだけ言うとリタに背を向けて歩き始めた。
「…あの女ならいいのにどうして私だとダメなの。絶対に見つけて殺してやる、ステラ」
リタが何か言っていたが、僕にはその声は届かなかった。