sideステラ
公爵邸にお世話になり始めて早3ヶ月。
私の目の前で何故か優雅にアフタヌーンティーを楽しむこの男を見て思う。
私は一体この公爵邸の…いや、この男のなんなのだ、と。
「あのー」
「何だ?」
「何でユリウスがここにいるの」
「学院も騎士団も休みだからだ」
気まずそうに質問をする私をおかしなものでも見るような目でユリウスが見る。
いや、その目を向けたいのは私の方なのだが。
時間があるからといっていちいち私のところに通い詰めないで欲しい。
今日は授業も何もない自由に過ごせる1日だ。
なので私はメアリーにお願いして、お気に入りの花畑にアフタヌーンティーセットを準備してもらっていた。
そして何故かそこに当然のようにこの男が現れたのだ。
何なんだ、コイツは。
「あのさ」
「まだあるのか」
またユリウスに質問しようとするとユリウスが今度は何だと言いたげに私を見る。
「私って一体なんなの」
私はそんなユリウスについにずっと思っていた疑問を口にした。
公爵一家の血縁の者でもなければ、使用人でもない。
そんな私がここに居続ける意味がわからないのだ。
「ステラはステラだろ」
不思議そうに私を見るユリウスに私は心の中で盛大にため息を吐く。
違う。そういう意味ではない。
この鉄仮面の皮を被った天然め。しっかりしてくれ。
「…そうじゃなくて。私が何者か知りたいの。何者でもない私がここにいる意味は何?」
あわよくば意味を見出せず、この家から出て行かせて欲しい。
もうロイとも会ってしまったのでルードヴィング伯爵と会ってしまうのも時間の問題だろう。
そう思いながら強くユリウスを見るとユリウスは自身の顎に指を添えて何か考え事をし始めた。
「…」
私はそんなユリウスを固唾を飲んで見守る。
いいぞー。いいぞー。考えるんだ、ユリウス・フランドル。そして今の状況のおかしさに早く気がつくんだ。
ユリウスに念を送り続けているとユリウスはその形の良い口をやっと動かした。
「いもう…いや、そうだな、俺の専属護衛でどうだ」
ん?
相変わらず無表情なユリウスの発言に私は思わず変な声が出そうになる。
ツッコミ所がこの短いセリフの中に2つもあった。
まずは私のことを〝妹〟とおそらく言おうとしたこと。
そして最終的に〝専属護衛〟に収まってしまったことだ。
妹扱いに磨きがかかってきたとは常日頃から思っていたが、まさか本当に妹ポジションに収めようとしていたとは思わなかった。
さすがに素性の知れない子どもを今すぐに公爵家の娘にするのは無理だと判断した結果が、まさかのユリウスの〝専属護衛〟だ。それはそれでおかしな話である。
いろいろと。
「…最年少で騎士団に所属した天才騎士様を一体何から守ればいいんですか?」
「…いろいろだ」
「ふーん」
責めるようにユリウスに質問するとユリウスからは曖昧な答えが返ってきた。
何も考えていなかったことが丸わかりだ。
やはり、ユリウスを始め、フランドル公爵も夫人も何故か私を手放そうとしない。
ここはもう念入りに計画を立てて脱出を試みるのが正解だろう。
「ねぇ、ユリウス」
私は脱出の為に考えていたある計画を実行する為に甘えるようにユリウスを見た。
私を妹だというのなら思う存分その妹パワーを使わせてもらおう。
「私、街に買い物に行きたいなぁ」
「そうか。いつがいい?俺も行こう」
私のお願いにユリウスがすぐに冷たい表情のまま頷く。
かかった。やはり妹のお願いは聞きたいらしい。
「えっと来週の水曜日なんだけど…」
「何?」
私が指定した日付にユリウスが片眉を上げる。
それもそうだろう。
来週の水曜日は月に一度の騎士団合同鍛錬の日だ。
その日の鍛錬は朝から夕方まで行われ、宮殿所属の騎士団の者たちは特別な理由がない限り全員参加が義務付けられている。
しかも来週の騎士団合同鍛錬後には騎士団の騎士全員参加の会食会という名の飲み会まであるそうだ。
そんなものがある日にユリウスが私のところへ来れるはずがない。
私はユリウスが絶対に私の買い物について来れないようにこの日を指名していた。
「他の日はないのか?」
「うーん。直近だとこの日以外空いていなくて…。どの日にも予定があるから…」
その予定を上手いこと入れたのも私である。
困ったようにユリウスを見ればユリウスは1人ただ黙ってまた何かを考えていた。
無理だよ、無理無理。ユリウスは私についていけないんだよー。
1ヶ月もかけて調べて調整したんだよ。ちょっとやそっとじゃあどうにもならないぞ。
「…わかった。俺は行けれないが、メアリーとジャンを連れて行け。それからあと4人ほど護衛騎士を追加しよう」
「ワーイ。アリガトー」
やっと喋ったユリウスの言葉に若干引いてしまったが、私は棒読みで笑顔でユリウスにお礼を言った。
これで脱出計画の第一歩を踏み出せる!
*****
私の脱出計画に必要なもの。
それはフランドル公爵邸周辺の情報だ。
仮に私がフランドル公爵邸から脱出できた場合、最短で隣町ユランに移動する必要がある。
脱出に気がついた公爵邸の者から逃れる為にだ。
そこで私は考えた。
街へ買い物に行くふりをしてフランドル公爵邸周辺の情報を得ようと。
「うわぁ、あのお店可愛い」
可愛らしいお店に目を向けているふりをして、そのお店周辺の情報を目に焼き付ける。
店の横には薄暗い路地があるが、こちらから見ても特に荒れている様子はなく、清潔そうだ。
あの道は暗いだけで治安は悪くない、つまり逃走にうってつけの場所だろう。
「あのお店に寄りますか?」
私の右隣を歩いていたメアリーが私の様子に気づいてにっこりと微笑む。
「寄るならお申し付けください。まずは俺が安全確認をして参ります」
そして私の左隣を歩いていたジャンがお決まりのセリフを真顔で言った。
先ほどからこれなのだ。
私がどこかを見る度にメアリーが私に問いかけ、ジャンが安全確認をしようとする。
まあ、2人とも仕事だから仕方ないけど。
だが、私は何度も言うが素性の知れないただの子どもなのだ。
こんな貴族の、それも重鎮のような扱いはやめてもらいたい。
しかも私の後ろと前には護衛騎士が4人も控えていた。メアリー、ジャン、前後の護衛騎士で私についているのは合計10人だ。多すぎる。
ユリウスはメアリーとジャン以外は4人くらいと言っていたのに、いざ出かければ倍になっており、それはもう心底驚いたものだ。
「…はぁ」
「お疲れですか!ジャン!」
「ああ」
この状況にため息をつくとメアリーは大慌てでジャンを見た。ジャンは淡々とメアリーに返事をして私に近づく。
「失礼します。ステラ様」
「え…って、わぁ!?」
気がつくと私はジャンに何故かお姫様抱っこされていた。
「ななななんで!?」
恥ずかしくてジャンの腕の中でジタバタと暴れてみるが、ジャンはびくともしない。
屈強すぎる!
「それは当然!ステラ様がお疲れになっていたからです!さあ、ステラ様!次はどちらに行きますか!?」
暴れる私に答えたのは何故かメアリーだ。
私をお姫様抱っこをしている張本人は無言だというのに。
いや!このまま移動するの!?
「つ、疲れていないよ!私!元気だから!だから降ろして!」
「いえ!ステラ様はお疲れです!もう一時間も街を歩いているのですよ!?疲れない方がおかしいです!」
「一時間くらいじゃ疲れないし、そもそもずっと歩き続けている訳じゃないよ!?」
私は自分で歩けもしない赤ちゃんじゃないんだから!
「疲れます!お認めください!」
「疲れないよー!」
私とメアリーの言い争いに挟まれてしまったジャンはその大きな体をオロオロさせて私たちを交互に見ていたが、私を降ろそうとはしなかった。
なんでよ!