戦国時代で生活してから数日。慣れるわけもなく、必死に生きているわけだけど。信長は毎日のように茶室に来ては、抹茶ラテを出せと注文する。しかし、牛乳を混ぜるだけで抹茶ラテになるはずもなく、ひとまず俺流の抹茶で我慢してもらっている。不満そうな顔をされるけど。
「おい、利休。人の話を聞いているのか」
「へ? ああ、聞いてます。抹茶ですね。今、用意します」
「違う違う。秀吉らを招いて茶会をするんだ」
秀吉!? 信長の次は秀吉ですか。まあ、信長の部下だから、当たり前といえば当たり前か。茶会ねぇ。信長に俺流が通用しているんだ、他の武将も満足するに違いない。もし、不満があっても、信長のいる場では文句は言えないだろう。
「かしこまりました。日にちが決まりましたら、お知らせください」
「日は決まっている。明日だ」
明日!? おいおい、心の準備できてないぞ。
「それで、数日前に使った名器を使って欲しい。あれを見れば、皆驚くに違いない」
名器なんて使ったか? 記憶にないんだが……。え、もしかして――。
「これのことでしょうか」
違ってくれと思いつつ、ペットボトルを差し出す。しかし、信長は「そう、それだ」と肯定する。マジかよ。これが信長にとっては名器らしい。まあ、戦国時代にはないのだから、ありうる話だが。つまり、明日のお茶会ではペットボトルを使う。うん、話は単純だな。
「かしこまりました。明日は皆さんが喜ぶおもてなしをして見せます」
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お茶会当日。俺は生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えていた。外の広い空間で、武将たちに囲まれているのだ。そして、彼らの目は獲物を狙う鷹のように鋭い。こんな状況でビクビクしない方がおかしい。
「さて、今日はみなに利休の茶を飲んでもらう。そして、今回はこの名器を使う!」
信長はドヤ顔でペットボトルをかかげる。あたりを静寂が包み込む。あ、これ滑ったわ。どんまい、信長。
「殿、さすがでございます!」「これが、茶道の新境地なのですね」
滑ったんじゃないんかい! むしろ、爆ウケしてるじゃんか。これは信長のカリスマ性のおかげなのか、珍しいからなのか。どっちもか。俺は信長からペットボトルを受け取る。あとは茶を作るのみ。……? ペットボトルみたいに細長くちゃあ、茶をたてることができないぞ。これ、致命的だわ。どうやって抹茶を作るのよ! 信長を見やると、「早く作れ」と圧をかけてきている。
俺はえいや、とペットボトルに抹茶などを放り込む。そして、ペットボトルを縦に激しくシェイクする。まるで、バーテンダーのように。これなら、混ざるのは間違いない。泡立ちがすごいと思うが。
ペットボトルのふたを丁寧に外すと茶碗に注ぎ始める。この泡立ち具合、新入社員がジョッキにビールを注いだのと似てるわ。俺は茶碗をうやうやしく、信長の前に差し出す。信長はぐいっと飲む。そこまでは、よかった。茶碗を床に置こうとすると、現れたのは――泡立った抹茶でひげを作った信長の姿だった。
「ぷっ」思わず吹き出す。
「利休殿、何がおかしい!」と、頭が特徴的な人物が怒鳴る。なんだか、キンカンに似ている。そうか、こいつが明智光秀か! 彼が起こす本能寺の変を回避しなければ、俺は秀吉に殺される。キーマンとは仲良くすべきだ。
「明智殿、これが茶道の新しい姿なのです。いかに、口周りに泡を残せるか。どうぞ、次は明智殿の番ですよ」
光秀は怪しい目つきをしたまま、こちらを睨んでくる。俺の記憶が間違っていなければ、彼は高い教養を持っていたはず。まさか、俺流茶道はここまでなのか?
「おい、キンカン頭。とっとと飲まんか!」
信長、そんなことしてるから謀反を起こされるんだぞ! つまり、俺の寿命も縮むってわけ。マジでやめてくれ、頼むから。
光秀はゆっくりと俺の前に進み出る。信長同様、シェイクした抹茶を差し出す。光秀は覚悟を決めたかのように、一気に飲み干す。さあ、どうだ。光秀の口周りには、信長よりも立派なひげができていた。よし、今だ。
「さすが、明智殿。飲み込みが早い。さあ、他の方々もどうぞ、前へ」
そんなこんなでお茶会は成功裏に終わった。しかし、なんちゃって茶道を広めてしまっていいのだろうか。今更ながら心配になるのだった。