戦国時代に来てから数週間が経ち、生活にも慣れてきた。いや、慣れたらまずいんだが。抹茶ラテも抹茶味のかき氷も好評だ。さすがに、信長もこれ以上の無茶ぶりはしてこないだろう。そう信じたい。
「抹茶の効能には、免疫力アップがある。なるほどね」
俺はまともな茶道を究めるために、日夜勉強に励んでいた。その成果もあり、だんだんとそれらしい振る舞いができるようになった。信長からは「新しい流派には飽きたのか?」と不思議がられたが。
「うん? 免疫力アップ……? もしかして、風邪の予防にもってこいなのでは?」
どこまで効果があるか分からないが、試してみる価値はある。信長に提案すると、「利休、さすが茶聖だ!」と、大歓迎された。ああ、本物は茶道では神様みたいな扱いなのか。なんというか、悪い気はしない。
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「さて、皆に来てもらったのは他でもない。利休が病に対抗する素晴らしい方法を考案したからだ。それは、ずばり『抹茶を飲むこと』。ただ、それだけだ」
いやいや、そんな万能薬みたいに言わないでくれ! 誰かが病に倒れたら、間違いなく責任を取らされる。最悪、切腹ものだ。秀吉に命じられるより前に、切腹だけは勘弁して欲しい。
「確かに、私もそういった効能があると聞いたことがあります。あくまでも、可能性がある、ですが」と、光秀が言う。
おお、光秀ナイスフォロー! まあ、こいつの謀反がきっかけで切腹させられるんだから、褒めるのは今だけにしておこう。
「光秀も言うのだ、間違いない。予防の可能性があるなら、やってみるべきだ。さあ、今日からは毎日、抹茶を飲むのだ。これで、無敵の軍団の出来上がりだ!」
無敵軍団って、言いすぎじゃないか? まあ、信長が満足ならそれで十分だ。
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信長の抹茶令から数日。残念なことに柴田勝家が軽い風邪にかかった。本人は強がりなので「これは風邪ではない!」と言い張ったが、咳をしていたので説得力はなかった。これで、「抹茶無敵作戦」は終わったわけだ。ついでに俺の命も。
「利休、これはどういうことだ!」
「殿、あくまでも病を防ぐ可能性がある、というものです。絶対ではありません」
頭に血が上った信長にも、かろうじて理性が残っていたらしい。切腹の命令はなかった。その時、おかしなことに気が付いた。信長の顔がおかしい。別に風邪で弱々しいわけではない。むしろ、元気はつらつといった様子だ。より正確に言うと、肌が若々しく見える。ついでに、ちょんまげを結ったハゲ頭がピカピカに光り輝いている。俺は笑いそうになるのをグッとこらえる。これでは、秀吉をハゲネズミと言う権利はないだろう。
「殿、今思い出したのですが、抹茶には美肌効果もあります。武将だけではなく、女性にも広めてはいかがでしょうか」
「それは本当か!? 風邪を予防し、美容効果もある。抹茶は素晴らしい!」
抹茶に心酔しているようだった。なんというか、俺の中の信長像が日に日に壊れていくんだが。もしかして、歴史の授業で習った「魔王」と呼ばれた信長像は間違いだったのでは? ともかく、柴田勝家の風邪騒動から話を逸らすことができた。結果オーライだ。
「よし、抹茶令を女にも広げる。これで、俺の名声が永遠に語り継がれるに違いない!」
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抹茶令が広まってから、急に城内に引っ越してくる男が増えた。そんなに抹茶令に心を惹かれたのだろうか。何かがおかしい。抹茶を飲んでも風邪を完全に防げるわけではない。同時に、女性の態度が変わっていることに気が付いた。城内を歩いていると、女性が男性を見下している場面に遭遇したこともある。戦国時代は男尊女卑のはず。何かがおかしい。
考えた末に俺は気が付いた。女性は美肌効果できれいになっているのだ。自信を持つようになったに違いない。そして、男性が増えているのは――言うまでもない、女性の美貌に釣られたからだ。いつの世も、人間は中身より外見を重視するのだと、しみじみと思った。