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信長、茶道に派手さを求める

「利休、茶は飽きた」



 それは信長の嘆きだった。いや、茶が飽きたって俺に言われても、どうしようもないいんだが。だって、千利休は茶をたててなんぼだろ。相談相手を間違えている。



「殿、そう言われましても……」



「今のは正確じゃないな。ただの茶には飽きた」



 いや、どこが違うんですか、それ! 俺が用意できるのは抹茶だけですけど。これ以上どうしろと。まさか、「新しい流派を作れ」なんて無茶ぶりしないよな? ペットボトル事件で散々な目にあったんだ、勘弁して欲しい。



「お前は茶は侘び寂びだという。しかし、それだけが茶道のすべてではあるまい。派手さがあってもよかろう」



 つまり、信長が求めているのは、ド派手な茶道ってことだ。はい、無理。いくらインチキ茶道で乗り切っている俺にも、それくらいは分かる。秀吉が作らせた黄金の茶室くらいしか思い浮かばない。しかし、あれも茶道とは程遠い。



「殿、茶道は静かに楽しむものです。派手さを求めるのは間違いかと」



「ふむ、なるほど。では、斬新さを出せばよい。派手でなくても、それで十分だ」



 斬新性! 無茶にも程がある。派手さを求めるのと、なんら変わりがないじゃないか。いや、待てよ。現代では当たり前でも戦国時代にないものは、斬新だと言える。そうはいっても、抹茶ラテはすでに普及している。代わりに城内は牛臭いが。それ以外では? 抹茶の食べ物といえば……そう、かき氷! それだ! この時代は氷は貴重なはず。多分。これならば、斬新と言えるだろう。



「殿、大きい氷を準備いただけますか?」



「つまり、何か思いついたと?」信長は期待で目を輝かせている。



 そんな目で見られても困る。気に入ってもらえれば、いいのだが。


**


 半日後。信長は約束通り氷を持ってきた。いや、早すぎだろ。金に物を言わせたに違いない。何はともあれ、氷は準備できたんだ。あとは、これを細かく砕くだけ。どうやって? しまった、氷の準備だけしか考えてなかった。どうするよ、俺。日本刀で切ってもらう? ノー。これは無理すぎる。現実的なのは、木槌で砕くくらいだろう。俺は信長に追加注文をする。



「ここまで手間がかかるんだ。素晴らしいものに違いない!」



 これでウケなければ、下手したら俺の首が飛ぶ。信長の部下たちが氷を削る中、祈るような気分だった。


**


「利休、準備は整った。さて、どうするのだ?」



「こうです」



 俺はそう言いながら、氷のかけらに抹茶をかける。信長は「は?」という顔をしている。いや、お前の要望に応えた結果だよ! 氷は薄い緑に染まっていく。



「殿、どうぞ。召し上がりください」



 信長は首を傾げつつも、かき氷を頬張る。次の瞬間、表情がゆがんだ。まさか、口に合わなかったか?



「利休、これは……頭がキーンとする」



 あ、冷たいもの独特のキーンってするやつ、伝えてなかったわ。まあ、そういうこともあるよね。



「だが、うまい。うまいぞ!」



 そう言いながら頬張ると、キーンに慣れたのか無言で食べ続ける。



「なあ、利休。こんな素晴らしいものを独り占めするわけにはいかん」



「つまり、他の武将にも振舞うと?」



「違う。城内の庶民にも振舞うのだ。さあ、みんなで食べて頭がキーンとする感覚を共有するのだ」



 どうやら、キーンとする感覚がクセになったらしい。それにしても、庶民にも振舞うとなると、お金がすごいことになる。まあ、信長のことだ、心配するだけ無駄だろう。


**


 数日後。城内では抹茶かき氷が爆発的にヒットしていた。「このキーンとする感覚を信長様も経験されたのだ。私たちも同じ経験をできるなんて、素晴らしい!」ということで。そして、この施策(?)のおかげで、信長の評判はさらに良くなった。「こんなことで名声が上がっていいのだろうか」と、思わずにはいられなかった。

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