ええっ、と言いつつ小林はついてきた。トラックの荷台に入っていた、パーカッションの3回生の
「頼んでええの?」
「うん、でもティンパニ丸投げはパスで」
吹奏楽部時代、ステージマーチングドリルでパーカッションをヘルプしていたので、泰生は打楽器の扱いも多少学んだ。運搬は力仕事で、女子部員にできることは限られてくるので、男子部員が動かなくてはいけないことも理解している。
パーカッションパートのリーダーでもある高橋は、毛布に包まれたシンバルらしきものを持ってきて、感に堪えないといった口調で言った。
「これは長谷川が定演でも叩いてくれるって意味なんやな?」
泰生は、荷台で熱せられたずしっと重い包みを受け取りつつ、否定した。
「いいえ、文化祭だけです」
「そんな冷たい……」
「交響曲の中で鳴らせる代物違うって言うてるじゃないですか、三村さんにマジでキレられますよ」
泰生が高橋と攻防している間に、小林は恐々、シンバルスタンドを受け取っていた。噂をすれば、コントラバスパートのリーダー、4回生の三村の怒号が飛んでくる。
「おらぁ高橋、うちの若いもんは貸さへんって言うてるやろ!」
「おまえはどこの組のもんやねん!」
やり合う4回生を横目に、泰生は小林を先に行かせて音楽室を目指した。ロッジの1階の最奥にその部屋はあり、大学の音楽練習場よりは狭いが、全体合奏ができる設えになっていた。小さい弦楽器の女子部員たちがパイプ椅子を並べている間を縫い、部屋の後ろで待機していたパーカッションの2回生にシンバルを手渡す。
表に戻ると、チェロが全台トラックから出たようだった。まだ寝惚けているのか、楽器を抱えた岡本が、建物から出てきた泰生の姿を見て目をぱちくりさせる。
「どこ行ってたん?」
「シンバル運んでた、待ってる時間もったいないし」
「知ってたけど、長谷川よく動くやつやん……」
杉田が笑いそうになりながら、岡本とチェロパートの後輩たちと音楽室に向かった。トラックの荷台ではちょうど三村が、4台のコントラバスを固定したバンドを外しているところだった。まず、1回生の斉藤の楽器が出てくる。斉藤は小柄な割に力持ちなので、軽々と楽器を三村から受け取り、地面にそっと降ろした。
「お先でーす」
斉藤は泰生と小林に朗らかに言い、楽器と共に建物の中に入る。パーカッションも順調に出ているようなので、泰生は自分の楽器を三村から慎重に受け取って、移動した。部員でざわめく食堂、古い自動販売機、調理場のおじさんとおばさん。合宿という感じがする。
4回生が作った部屋割りに従い、部員は男女別に5人から6人ずつ、部屋に振り分けられた。それに従って各自荷物を置き、カレーの匂いに引き寄せられるように食堂に降りる。
食事の席の振り分けは特に決められていないので、泰生は部屋が一緒になった岡本や丸山と席に着いた。隣にやってきたのは金管楽器群の男子たちで、ホルンの
「はーい回して」
1回生が持って来てくれたサラダの小鉢を、岡本の号令で後ろの席に送っていく。泰生は右に座った福田とは、まだほとんど話していない。福田は普段から口数の少ない人物のようだが、夏休み中にいきなり部員になっていた泰生に、やや警戒心を持っているようにも感じられた。泰生も知らない人と打ち解けるのには時間が必要なので、微妙な気まずさがある。
すると左に座っている丸山が、泰生に話しかけてきた。11月の文化祭のステージの数曲で、泰生が鍵盤打楽器を手伝うことになり、泰生がパーカッションのパート練習にたまにお邪魔するようになって以降、すぐに打ち解けたのだ。
「パーカッション出すのにすぐ来てくれたけど、吹部ってそんな感じなん?」
「俺はパーカッション手伝ってたからっていうのもある、でも割とみんな運んだかなぁ」
ケースにしっかり入っていれば、たまに吹奏楽器も運んだ。
「管弦楽団は、自分の楽器は自分で運ぶって感じなんかな? ヴァイオリンはちょっと、俺は運ぶの怖いけど」
泰生が言うと、斜め前から堀内が話に加わる。
「弦楽器怖いわ! 俺もよう触らん」
弦楽器は、出っ張っているコマの辺りに触れると音が変わってしまう。ハードケースに入っていても、取り扱いには神経を使う。
丸山が、俺も無理、と応じた。それを見ていた岡本は、うーん、と首を傾げる。
「今更やけど、みんなお互いの楽器のこと、もうちょっと知ったほうがええんか?」
「知っててもよさそうな気もするな、緊急事態とかも無いとは言えんし」
堀内が大真面目に答える最中、わらわらとカレーの皿が運ばれてくる。その場の皆の思索は、スパイスの香りに吹き飛んだようだった。
昼食を終えた1時間後、音楽室で全員集合し、練習が開始する予定だった。同室の面々の中にはゲームをしたり、昼寝を始めたりする者もいたが、泰生は楽器を確認しておきたくて、岡本と一緒に少し早めに音楽室に向かった。
音楽室には、先客がいた。ホルンの福田だ。彼は金色の楽器のベルを、クロスで丁寧に拭いていた。
岡本が彼に気楽に声をかける。
「早いな福田、何か気になることでもあった?」
「長距離でトラックに乗せたら、楽器気にならへんか?」
福田の答えに、おおっ、と岡本は感心したような声を上げた。
「長谷川が同じ意見やで、ラブ楽器勢」
楽器カバーのファスナーを開けながら、泰生は思わず岡本に突っ込んだ。
「そんなん、楽器への愛情の深さ以前に普通やろ」
すると福田は、そやな、と静かに泰生に同意した。
無口なホルニストの示した共感を、泰生が意外な思いで受け止めていると、岡本が口許を少し緩めて、ああ、と低く言った。
「書くもん忘れたわ、取りに行ってくる」
「え、貸すで」
泰生はペンケースからシャーペンを出そうとしたが、岡本はチェロをそっと横向きで寝かせ、いそいそと音楽室から出て行った。