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第2話 記憶の無い彼女との約束

 そうして走り出して、数分一度ここで休憩する。

 追手が迫っているのならこの辺で来るはずだから、休んでいればここで襲撃等何かしらの行動があるに違いない。

 記憶喪失のこの子の件もあるし、今日は厄日だなぁ~。

 この事を報告してもこの子が村に厄介毎が降りかかる可能性が高く、大抵はそう言った事は気にしないが一部が因縁をつけてくる可能性も否定できない。

 実際、僕の事をよく思わない人間も少なからずいるので、ほぼ確実に辛い思いをさせてしまう。


「ねぇ」


 でもなぁ~、かといってあいつらに村の守りを任せるのもなぁ~。

 正直な話僕が冒険者を引退して戻ってくるまでは、村の守りは杜撰も杜撰と言ってもよかった。

 守りの要は昔から村を守ってくれる一族の馬鹿息子だったし、金を払っても肝心な時には役に立たないから村は荒れ放題この上なかった。

 だから僕は変えた、守ってもらうだけじゃなく自分で守る術を剣術を彼らに教えた。

 今では村を守る役目の一族独裁ではなく、僕率いる部隊と同じく冒険者時代の仲間のイア率いる部隊で村の依頼を受けて報酬を払う役目になるまで成長した。

 とはいえ、まだ不安定ではある。

 今でこそ僕とイアが抑え込んではいるが、僕が居なくなれば一族の派閥がどういう行動をしてくるかは容易に想像できる。


「ねぇねぇ」


 かといって、この子をこのままにしておくのも危険だ。

 あの感じ、確実に彼女を捕まえに来た感じで逃げてきたのは明白だからだ。

 それに今は記憶が無いにせよ、あの空についての情報を持っているというのは大きい。


「ねぇってば!!」

「あぁ、ごめん。 考え事してて……何?」

「私、何にも思い出せないんだけど私は誰で、貴方は誰なのか教えてくれない?」


 この状況で不安そうだな。

 それもそうか、記憶がないんだから。


「僕はリック、この村の三守護の一人だ」

「リック?」

「あぁ、そして君の名前だけど、残念ながらわからない。 君と僕は初対面で、記憶の無くなる前の君とは話した事もない」

「そっか」


 そういうと、悲しそうに俯く。

 自分が何者かわからないのは不安で仕方ないだろう。


「でもあれだな、名前もないのは不便だな……」


 名前がないと呼びにくいし、わかりづらい。


「帰ったら仮の名前を考えようか」


 今はここを切り抜け村に変えることが先決なのでそういうと、彼女は小さく頷いた。


「これ、持っとけ」


 懐から魔道具を取り出し、彼女に渡す。


「これ、何?」

「これは魔道具って言ってな、こう使う」


 そう言って僕はもう一つ同じ魔道具を取り出し、ボタンを押す。


「これだけでいい、これを押し続けている間は君を守ってくれる」


 これだけで自分が危険だと感じた瞬間に迎撃に入る。

 それがこの魔道具の使い方だ。


「これだけ?」

「あぁ、それをするだけで君を守ってくれる。 危険だと思ったら使ってくれ」

「わかった」


 そういうと彼女はぎゅっとそれを抱き寄せる。


「ちょっと辺りを見てくるからここで休んでろ」

「え?」

「敵がいないか見てくるだけだ、少し待っててくれ」


 不安なのだろう、彼女は俯き顔を上げると僕の袖を掴む。


「私も、行っちゃ、駄目?」

「……好きにしろ。 ただし、命の保証は出来ないからな」


 脅しに近い視線を向けると、彼女は一瞬たじろいだが決意を込めた眼差しで頷いた。

 決めたのならこれ以上僕は何も言わない。

 自分で決めた事だ、あくまで僕は選択肢を与えたに過ぎない。

 決めたのは自分、生きるも死ぬも彼女が決めた事だ。

 これが吉が出ようが死が迫ろうが、僕は出来る事をやるだけだ。

 いや待てよ、彼女が着いてくるなら少し遠回りしてから村に帰るのもいいかもしれない。

 そうして一時間ほど変則的に歩き、敵の足跡がないかチェックする。

 最初は決意を込めた彼女だったが、ものの数分で歩きすぎたせいか疲れてきていた。


「だから言っただろ、あそこで休んどけって」

「……だい、じょ、うぶ、だよ!!」


 根性あるな~。

 一度決めた事はちゃんとやる姿勢、僕は好きだぞ。

 そうして追手が来ていない事を確認すると、立ち止まる。


「少し休む、お疲れ」


 僕の言葉に糸が切れたかのように膝から落ちその場に座り込む。


「これ、飲めよ」

「ありがとう……」


 そう言って水筒に入れたお茶を渡すと、彼女は喉が渇いていたのか一気に飲み干す。


「喉が渇いてたなら言えよ」


 コップを受け取ると、お茶を入れ彼女に渡す。


「いい、大丈夫」

「遠慮するな、まだまだいっぱいあるから」


 そういうと、彼女は「じゃあ、もう一杯だけ」っと言って受け取り飲む。

 ふぅっと彼女は喉が潤い安心し、落ち着いたように息を吐く。


「まだいるか?」

「ううん、もう大丈夫。 ありがと」


 警戒心など感じていないような無邪気な笑みで返すと、もう一杯飲み物を飲むと少し暗い表情で話しだした。


「私、これからどうすればいいんだろう?」


 不安なのだろう、それはそうだ。 だって自分が何者で何もわからないから、どうしていいかわからないのだ。


「君はどうしたい?」

「わかんない、どうしたらいいのかどうすればいいのか。 私が何者なのか、何をすればいいのか全く……」

「ならこうしよう、一旦僕達の所に来て新しい君を見つければいい」

「新しい、私?」

「うん。 以前の記憶の君にとらわれるより新しい君として頑張っていこう。 僕と一緒にさ」


 記憶を取り戻したいのは分かる。

 自分自身の存在意義だから、誰だってかけがえのない物なのはわかってる。

 だけど、こればかりは直ぐに取り戻せるものじゃない。

 直ぐに戻るかもしれないし、一生戻らないかもしれない。

 こればっかりは運でしかないのだ、そんな物にとらわれるよりも今を大事にするのが僕は大切だと思う。

 戻そうと必死になって辛い思いをするより、今を生きるのが楽しい方が彼女にとってもいいに決まってる。


「リックも、一緒に?」

「……あぁ、君が望むなら」


 彼女は俯きながら、考え込むと「じゃあ、頑張ってみる」と言うと、右手を差し出してきた。


「これから、よろしくね」


 ニコリと笑う彼女の手を取り、「あぁ」と答える。

 この時、僕は彼女の手を取り誓ったとそう誓った。

 そうしてしばらくして、彼女の体調を確認し僕は村に向かうのだった。







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