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第21話 同行依頼の始まり


 エドガーさんがギルドの仲間になってから、あっという間に1週間が過ぎていた。クエストボードには、ジェシカさんが手書きで作成した『正義のヒーローお貸しします。追加銅貨3枚~要相談』という、少しばかり変わった貼り紙が掲示されている。


 最初は半信半疑だった冒険者たちも、その効果を肌で実感し始めているようだ。ギルドの空気そのものが以前より活気づいてきているのが分かる。


『同行依頼』初級冒険者を助けるためのシステムで銅貨3枚を支払ってもらうが、エドガーさんを同行させるという画期的なシステムだ。今はエドガーさんだけだが、これからもっとこのギルド『ストレイキャット』に専属冒険者が増えれば、さまざまな依頼にも活用してもらえるだろうし、効果が出るだろうな。例えば魔法使いや回復役などのジョブの専属冒険者とか。


「あの!ありがとうございました!初めて私の魔法で魔物討伐できました!すごく嬉しいです!」


 ギルドの入り口付近で、初級冒険者の女の子魔法使いが、満面の笑みでエドガーさんに頭を下げている。彼女の顔は汗で少し濡れているけれど、それ以上に達成感で輝いていた。


「ああ。威力もタイミングも悪くなかったぞ。一応、もう少し魔法陣を速く描けるように頑張るといい。そうしたら、魔物討伐だけじゃなく、ダンジョン攻略もできるようになるかもしれん」


 エドガーさんは、落ち着いた声で的確なアドバイスを送っている。まるで熟練の職人が弟子に技を教えるような、そんな雰囲気だ。女の子は、キラキラとした瞳で何度も頷いていた。


 初めて自分の魔法で魔物を倒せたなんて、きっと彼女にとって大きな自信に繋がるだろうな。その成長を見守るのは、ギルドマスターとして何よりも嬉しいことだ。


 そんな光景を、オレはカウンターの奥から微笑ましく見守っていた。すると受付カウンターにいたジェシカさんが、次の依頼を持ってきた。


「あっ、おかえりなさいエドガーさん。ごめんなさい、すぐに次をお願いできますか?こちらの二人組の冒険者の方々なんですけど、内容はホワイトウルフの討伐。お二人のジョブは格闘家とクレリックです」


「分かった。よろしく頼む、エドガーだ。オレが前衛で攻撃を防ぐから、急所の首元を打撃で仕留めよう。ホワイトウルフは素早いから、魔法は光の攻撃魔法より回復や補助魔法メインで頼むな」


「「はい!お願いします!」」


 格闘家とクレリックの二人組は、真剣な面持ちでエドガーさんの指示を聞き入っている。彼らの緊張感がこちらにも伝わってくるようだ。そしてエドガーさんは、ほとんど休憩も挟むことなく、再びギルドの扉を開けて出て行った。


 なんだか……エドガーさん、本当に楽しそうだな。それに、教えるのもすごく上手いし。さすが、長年冒険者をやってきたベテラン盾騎士だ。


 その様子を眺めていると、受付カウンターで書類整理をしているリリスさんが、何やら不満そうな声で呟き始めた。


「……なんだか、私よりもベテラン感があるんですけど……これじゃ、私が先輩面できないじゃないですか。というか、アドバイスしすぎです!私のおすすめワンポイントが、全然意味ないじゃないですか。もしかして、私のアイデアをパクってません?」


「いや、それはないと思いますよ……」


「というかエミルくん、銅貨3枚は安すぎです!金貨1枚にした方がいいですよ!」


 リリスさんは、さらにぶつくさ文句を言い始めた。ここはリリスさんのギルド『ストレイキャット』でもあるんだけどな……そんな高額じゃ誰も使わないぞ。なんでそんな、自分の首を絞めるようなことを言うんだ。


「まぁまぁ、リリスさん。エドガーさんのおかげで、少しずつだけど利益が出ているのは事実ですから。初級冒険者も安心して依頼できるようになったし、ギルド『ストレイキャット』の名前も、王都で少しずつ広まっている。これで、いいじゃないですか?」


 オレはできるだけ穏やかに諭した。ギルドの評判が上がるのは、何よりも良いことなのだから。正直、エドガーさんの『正義のヒーロー』作戦が、ここまで上手くいくとは思っていなかった。最初に依頼を受けた冒険者が、エドガーさんの親切な指導や、魔物討伐の手助けについて、他の冒険者たちに口コミで広めてくれるようになったのだ。


 そして、エドガーさんに同行依頼を頼みたいという冒険者が、このギルド『ストレイキャット』にわざわざやってくるようになった。これは、予想をはるかに超える成果と言えるよな。


「でも、やっぱり納得いきません!ちょっとエミルくん!この貼り紙、剥がしても……」


 リリスさんが、クエストボードに貼られた『正義のヒーローお貸しします』の貼り紙に手を伸ばそうとしたので、オレは慌てて制止した。


「ダメですよ!」


「なら、『世の男を虜にするスタイル抜群の銀髪美女お貸しします。金貨10枚~要相談』って貼り紙作ります!」


「金貨10枚って……うちが扱っている一番高い依頼よりも、遥かに高すぎます!誰も依頼しませんよ……」


「むぅ……」


 リリスさんは、頬を膨らませながら、ますます不満そうな顔になった。スタイル抜群……というのは、まぁ置いておくとして。でも、こんなことで子供みたいに張り合おうとするなんて、ちょっと可愛いと思ってしまったのはここだけの秘密だ。


 そんなこんなで、今日もあっという間に一日が終わった。夕日が窓から差し込み、ギルドの床に長い影を落としている。オレは今日のエドガーさんの働きに応じた報酬を支払う。給料は、事前にエドガーさんと話し合って、日払いの歩合制に決めている。


「これ、今日の分です」


「ああ。ありがとう、マスター」


「明日はゆっくり休んでください。連日の依頼で、さすがに疲れているでしょう。リリスさんにも伝えておきますので」


「分かった。そうさせてもらう」


 エドガーさんがギルドに加わってから、まだほんの数日しか経っていないけれど、『ストレイキャット』の雰囲気は、明らかに変わった。頼りになるベテランの存在は、新米冒険者たちに安心感を与え、何よりもエドガーさん自身が以前よりもずっと生き生きとしているのが見ていて本当に嬉しい。まるで、新しい生きがいを見つけたかのようにその瞳は輝いているから。


 オレは初めて依頼を達成したという、あの女の子魔法使いの笑顔が、ふと頭に浮かんだ。彼女のキラキラとした瞳には、希望と自信が満ち溢れていて、それを見た時、このギルドを経営してて、改めて本当に良かったと心から思った。


 このまま、リリスさんやジェシカさん、エドガーさんと力を合わせ、皆で同じ方向を見て、着実に歩みを進めていけば、いつか、ギルド『ストレイキャット』の名前が、王都の隅々まで知られるようになるのも、決して遠い夢ではないはずだ。未来への希望が胸の奥で静かに灯ったように感じた。


「エミルくん」


「うわっ!?リリスさん?」


 振り向くとリリスさんがいた。いつの間に、こんな近くにいたんだろう……まさか忍び足みたいなスキル使ってないよな?


「そんなスキル使ってませんよ。エミルくんがボーッとしてただけです。それよりジェシカちゃんとエドガーさんは、もう帰ったんですか?」


「またオレの心の声を……2人とも用事があるらしくて、先に帰りましたよ」


「ふ~ん。エドガーさんは、ただの孤児院バカとしても、まったくジェシカちゃんは付き合い悪いですね。そんなんだから、男ができないんですよね。ギルドで暇な時は、難しそうな本を読んでインテリ気取ってますし、気は強いですし、絶対付き合ったらメンヘラで面倒ですよあの子。少しくらい私を見習って女磨きをすればいいのに」


 なんでリリスさんは、エドガーさんとジェシカさんに対して、こうも辛辣な言葉を連発するんだろう……その言葉の裏に、何か別の感情があるのか、それともただの素直な感想なのか。オレには判断しかねるけど。


 まぁ……確かにリリスさんの方がモテそうな雰囲気はあるけど。見た目は間違いなく美人だし。胸は……まぁ……あまりないけど。


「それで、どうしたんですか?オレに何か話があるとか?」


 オレがそう問いかけると、リリスさんはじっとオレの顔を見つめてきた。その視線に妙な緊張感が走る。


 な……なんだ?


「ど、どうしたんですか、リリスさん?」


「いえ、別に。ただ最近よく頑張ってるなと思いまして。私の中で、エミルくんの評価が上がってますよ。偉いです!」


 リリスさんは、そう言って嬉しそうな笑顔を見せた。その笑顔は、さっきまでの辛辣な物言いとは打って変わって、子供のように無邪気だった。


「そ、そんな急に褒められても……」


 なんだかすごく恥ずかしいな。心臓がトクトクと脈打つのを感じる。オレは思わず目を逸らしてしまう。そんなオレの様子を見てリリスさんはクスクスと笑いながら呟いた。


「……さて、そんな頑張っているエミルくんに、ご褒美をあげますよ。エミルくん、何か食べたいものはありますか?特別に夕飯を私が作ってあげます!」


「え?マジですか!」


「はい。ただし……残したら、ネクロマンサーのスキルで永遠に眠らせますけどね?」


 そう言って、リリスさんは不敵な笑みを浮かべた。怖すぎだろ……


 こうして、オレはリリスさん渾身のご褒美の手料理をいただくことになった。料理はどれも信じられないほど美味しくて、おかげでオレが永遠に眠ることはなかった。むしろ、お腹いっぱいになって幸せな眠りにつけそうだ。


 窓の外は、すでに真っ暗な夜の帳が降りている。


 ギルド『ストレイキャット』は、これからも色々なことに挑戦しながら、着実にその歩みを進めていく。そんな予感を抱きながら、オレは心地よい疲労感に包まれていた。

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