いつものように開店したギルドは、朝から活気に満ちていた。受付カウンターでは、ジェシカさんが「自称最強の天才魔法少女」ことアンナの冒険者登録手続きを、そしてリリスさんが他の冒険者たちの対応を、それぞれ手際よくこなしている。
「じゃあ、ここに名前を書いて」
ジェシカさんの言葉に、アンナは自信満々にペンを取った。
「分かったわ。えっと、最強の天才魔法少女アンナ……っと」
「……書き直して。『最強の天才魔法少女』はいらないから」
「なによ!せっかく書いたのに!!」
「いらないって言ってるでしょ」
「分かったわよ!」
アンナは不満そうに頬を膨らませ、ジェシカさんを睨みつけながら名前を訂正する。本当に騒がしい奴だなアンナは。
「武器はその樫の杖ね。とりあえず、適性検査をするから、その水晶玉に手を置いて」
ジェシカさんは淡々と指示を出す。アンナはまだブツブツ言っていたが、渋々といった様子で水晶玉に手を置いた。
「ふん。仕方ないわね。こう?」
アンナが水晶玉に手を置くと、淡い光がじんわりと玉の中から広がり始めた。適性検査。これは、ギルド冒険者登録の際に、その冒険者のジョブや属性を判別するための重要なものだ。登録した結果は冒険者証にも記載され、ギルド冒険者として認められるためには必ず必要な手続きとなる。ちなみに、ギルド冒険者証は、この世界では身分証明書としても広く通用している。
「えーと……属性適正は火と雷。ジョブは狩人、魔法使いが◯。次点でシャーマンや盗賊、と。どうする?」
ジェシカさんが検査結果を読み上げる。アンナは即座に食いついた。
「もちろん!天才魔法少女で登録して!」
「じゃあ、魔法使いで登録。はい、次」
ジェシカさんはアンナの言葉を完全に無視して、淡々と手続きを進めていく。
「ちょっと!天才魔法少女って言ってるでしょ!」
アンナは抗議の声を上げたが、ジェシカさんは全く意に介さない。まぁ、いちいち構っていたら、いつまで経っても手続きが終わらないだろうからこれでいいのかもしれない。オレは静かに成り行きを見守っていた。
「ねぇ。あなたジェシカだっけ?」
「うん。そうよ。何か質問?」
ジェシカさんは、手を動かしながら、事務的な口調で答える。
「あなた、彼氏いないでしょ?」
その言葉に、ジェシカさんの手がピタリと止まった。
「……いないけど、それが何か?」
「やっぱり。そうだと思ったのよ!今どき、そういうクール系なんか流行らないわよ?あなた、そんなんじゃモテないわよ?」
まるで恋愛指南でもするかのように、何故かまだ12~13歳くらいの年下のアンナは年上のジェシカさんに得意げな顔でアドバイス(?)を始めた。すると、なぜか隣で受付業務をしていたリリスさんも、アンナに便乗するように容赦のない毒を吐き始めた。
「そこのプチトマトちゃんの言う通りですよ?この前の王都の広場でのチラシ配りも、恥ずかしがっちゃって、いつまで経っても垢抜けないですよそれじゃ?少しくらい、男を弄ぶくらいの女の色気を出すべきですよジェシカちゃん。まさか物語のラブストーリーみたいに、いつか白馬に乗った王子様が私を迎えに来てくれる!みたいな夢見る女子じゃないですよね?もっと現実を見たほうがいいんじゃないですか?もう19歳なんだから」
「……悪かったね。女の色気がなくて」
「それと、わざわざ言うまでもないと思いますけど、あの時、町行く冒険者の人はジェシカちゃんの胸やらパンツ見てましたからね?あー……あとエミルくんも」
そして、さらにリリスさんが爆弾発言を投下すると、ジェシカさんの顔は一気に赤くなり鋭い視線がオレに突き刺さった。オレは反射的に目を逸らす。いやいや、確かに見たけど。あれは……あの格好なら仕方ない……なんて言えるわけない。
「……私の話はもういいでしょ。それより、ギルド冒険者について説明するね。まず、冒険者ランクだけどFからスタート。依頼をいくつかこなしていけば、Eランクに上がるから頑張って」
ジェシカさんは無理やり話を元に戻し、その説明にアンナはまた文句を言い始める。
「はぁ?なんで、最強の天才魔法少女のアタシがFランクなわけ!?」
「あと、依頼の受注の仕方。依頼は、クエストボードから好きなものを選んでこの受付に持ってきて。依頼をこなして報酬を受け取ったら完了。何か質問はある?」
ジェシカさんはアンナの抗議を完全に無視して、説明を続ける。
「無視しないでよ!アタシは最強なのよ?最強のアタシをFランクにするなんて、おかしいじゃない!」
「ないね?じゃあ、ギルド冒険者についての説明はこれで終わり。次は、ギルドについて説明していくね」
「ちょっと!人の話を聞きなさいよ!」
その後も、ギャアギャアと騒ぐアンナを完全に無視しながら、ジェシカさんはギルドのルールや設備について、淡々と説明していった。
「以上がギルドのルールになるけど、何か質問はある?」
アンナはというと、まだ納得がいかないのか、頬を膨らませてふてくされた表情をしている。
「ふん!最強の天才魔法少女であるアタシをバカにしているんでしょうけど、今に見てなさいよね!」
「はいはい。それじゃあ、適性試験を選んで」
ジェシカさんは、軽くあしらうように次のステップに進む。
「適性試験?なにそれ?」
アンナは、初めて聞く言葉に不思議そうな表情を浮かべた。適性試験とは、ギルド冒険者が正式に冒険者証を発行してもらうための最初の試験のことだ。これに合格して初めて晴れてギルド冒険者として認められることになる。
「最強のくせに知らないの?ギルド冒険者は、誰でもなれるものじゃないのよ。最低限の魔法や戦闘スキルがないと無理。まぁ…...補助職ならなくても大丈夫だけど。とりあえず『採取』か『討伐』のどちらかを選んで」
「ふん!『討伐』の方を選ぶわ!だって、『採取』とか地味だし!この最強の天才魔法少女のアタシならこんなの楽勝よ!」
「分かった。『討伐』ね。なら、適性検査の内容はゴブリン5体の討伐。立会人は……マスターお願いできる?」
「へ?オレ?」
マジか?オレは、まともに戦うことなんてできないんだけど……万が一のことがあったら絶対にヤバい。それなら、絶対にリリスさんやエドガーさんの方が適任じゃないか?
「だって、マスター暇でしょ?」
「いや、暇って……それなら、リリスさんの方が適任じゃ?」
「私ですか?別に良いですけど、私の言うことを聞かなかったら、事故に見せかけてそこのアンナちゃんは星になるかもしれませんよ?久しぶりに、レンジャーのトラップのスキルとか使いたいですよね?動けば動くほど痛みに喘ぐ罠バサミなんて最高ですよね?あとは微量の麻痺薬を仕込んだパラライズミストとかで動けなくして、いや底なし沼とかも良いですね?苦痛に歪みながらもがく姿……それからそれから……」
リリスさんは、にこやかな笑顔で、恐ろしいことを次々と口にする。本当に怖すぎだろリリスさん。これが本当なのか冗談なのか分からないしな……
「よし!オレが行きます!頑張ってなアンナ」
リリスさんは、にこやかな笑顔で恐ろしいことを次々と口にする。怖すぎだろリリスさん。本当にやりそうで怖いから、仕方なくオレが一緒に行くことにする。
「え?最強の天才魔法少女のアタシには必要ないけど、決まりなら仕方ないわね。エミル。アタシの邪魔しないでよ?」
「はいはい。それじゃ、行ってきます」
こうして、オレは自称最強の天才魔法少女アンナを連れて、近くの森に向かい、『適性試験』のゴブリン討伐を行うことになったのだった。まったく、これからどうなることやら。