王国の東側。そこから一番近い鬱蒼とした森が、ギルドの『適性試験』を行う場所として定められている。オレは自称最強の天才魔法少女ことアンナと共に、人気のない街道を二人で歩いていた。抜けるような青空の下、木漏れ日が街道をまだらに照らしている。
「適性試験だかなんだか知らないけど、この最強の天才魔法少女のアタシにかかれば、ゴブリンくらい楽勝よね!」
アンナは、自信満々の表情で、小さな胸を張ってそう言い放った。その赤い髪が陽光を受けて一層鮮やかに輝いていた。
「アンナは、実際に魔物を倒したことってあるのか?」
「ないわ。でも、アタシなら大丈夫よ。だって、最強だもの!」
「そ、そうだな……」
その根拠のない自信は、一体どこから来るんだろうか……めちゃくちゃ不安なんだが……オレは、戦うことに関しては全くの素人だ。いざという時は、アンナを背負って必死で逃げるしかないだろう。その後も、森へと続く道を二人で歩き続けたのだが……その間、アンナは色々なことを饒舌に話していた。
「ねぇねぇ。アタシってば凄いでしょ?でも、アタシのおじいちゃんも、それはそれは凄い魔法使いなんだから!」
「そうなのか?」
「もちろんよ!だってアタシの自慢のおじいちゃんだもの!まぁ、今はアタシが最強なんだけどね!」
アンナは、さっきからずっとこんな感じで一方的に話しかけてくる。正直、少しウザイけどまだ子供だしここはなんとか我慢するしかない。
「エミルも、アタシのこと見直すでしょう?」
「そりゃあ、凄いな」
「ふふん!もっと褒めなさい!」
そして、またすぐに絡んでくる。なんだか、すごく自信家だよなこの子。アンナの話によると、彼女のおじいさんは本当に凄い魔法使いらしい。なんでも、魔法で国を救ったこともあるとかないとか、巨大なドラゴンを単独で倒したこともある、なんてことも言っていたような気がするが……色々な話を立て続けにされたので、正直、細かいことはよく覚えていない。
しかし、アンナはそのおじいさんに憧れていて、とりあえず色々な経験ができるギルド冒険者になろうとしているらしい。その理由を聞いて少しだけアンナに対する印象が変わった。
「そんなことより、もうすぐ森に着くぞ」
「本当!?もう着いたの!?……エミル。あんたって、意外といい人ね!こんなに楽しくて、時間を忘れたのは、おじいちゃんと話した時以来だわ!ありがとね!」
アンナは、不意に年相応の可愛らしい笑顔をオレに見せた。さっきまでの強気な態度はどこへやら、本当は素直でいい子なのかもしれない。そう思いながら、オレたちは鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れた。
森の中へと足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。街道の木漏れ日とは打って変わって、高く生い茂る木々の葉が太陽の光を遮り、森の中は薄暗い。湿った土の匂いと、草木の青臭い匂いが混じり合い、独特の森の香りが鼻腔をくすぐる。足元には落ち葉が積もり、踏みしめるたびにカサカサと乾いた音が響いた。
しばらく歩くと、突如として前方から声が聞こえてきた。
「ん?これは野良猫ギルドの運だけはいいマスターではないか!ここは我々『ロイヤルファング』の依頼区域だ!貴様らのような下っ端がうろつく場所ではないぞ!」
尊大に言い放ったのは、相変わらず趣味の悪い派手な装飾の剣を携えたアルベールだった。その後ろには、いつも通りアルベールにため息をつきながら立っているアメリアの姿が見える。
またかよ……よりにもよって、こんなところで会うなんて。
「なんだ、アルベールか。相変わらずだな」
オレはまた勝負とか言われないか警戒しつつ、アルベールとアメリアを交互に見た。アメリアは、オレの視線に気づいたのか申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「それより、ほう……今日もあの銀髪の女はいないようだな?」
「あのさ、リリスさんにビビりすぎだろ?」
「なんだと!?この私が銀髪の女に恐れをなしているだと!決してそんなことはない!あれはまぐれだと言っているだろ!そんなことより。子供を連れてどうした?ここは冒険者の依頼区域だぞ?遊ぶのなら王都の広場にでも行くんだな!」
「ねぇエミル。この金ピカの弱そうなのに偉そうなやつは誰?」
アンナは呆れたように眉をひそめながら言い放った。やめろアンナ。それはクリティカルだぞ……
「貴様、その口の利き方はなんだ!この私を誰だと心得る! ロイヤルファングのギルドマスター、アルベール・ド・ロワ様だぞ!」
アルベールは顔を真っ赤にして、剣の柄に手をかけた。その様子に、オレは思わずアンナの前に立ちはだかる。面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしい。
「どうでもいいけど、適性試験でゴブリンを探してるんだから邪魔しないでよ!そっちこそ弱そうなんだけど大丈夫なの?」
アンナはさらに煽るように言った。その無邪気なまでの無神経さは時に鋭い刃物になるぞ?もしかして、アンナはわざと煽っているのか?いや、この子の性格からすると、本当に何も考えていないだけだろう。
「な、なんだと!この小娘が!」
アルベールは怒りに震えている。アメリアはそんな兄の隣で、困ったように眉を下げている。
「お兄様。適性試験の邪魔をするのはやめてくださいまし。これから冒険者になろうとしている方を邪魔するのは、冒険者ギルドのマスターとしてどうかと思いますわよ?」
「ふははは!この貧弱な小娘が試験だと?笑わせてくれる!このままゴブリン一体倒すことすらままなるまい!貴様らのような雑魚が入り込む余地などない!さっさと帰るんだな!」
アルベールはアメリアの言葉に耳を貸さず鼻で笑い、挑発するように言い放った。そのあまりの尊大さに、アンナの眉間のしわが深くなる。
「だまれキンピカ!あんたみたいな弱そうなヤツに、アタシの邪魔はさせないわ!見なさい、この最強の天才魔法少女の力を!」
アンナはそう叫ぶと、手のひらに真っ赤な炎の塊を出現させた。それはみるみるうちに大きく膨れ上がり、熱気を帯びていく。
「 ……ん?なんだ、その炎は!まさか、魔法だとでも言うつもりか、この小娘が!フン、どうせその程度の火力では、私に傷一つつけられまい!」
アルベールは一瞬たじろいだが、すぐに余裕の表情を取り戻した。だが、オレはアンナから放たれる熱気が尋常ではないことを肌で感じていた。まさか……それアルベールに放たないよな?
「うるさいわね!邪魔しないでよ!炎よ、渦巻け!ファイアーボール!」
アンナから放たれた火の玉は、一直線にアルベールへと飛んでいく。おいおいマジか……!
「な、なんだと!?」
アルベールは驚いて声を上げたが、避ける間もなく、火の玉は彼の派手な髪の毛に直撃した。
「うわあああああ!熱い!熱いぞおおお!アメリア!早く回復を!」
アルベールの自慢の髪の毛は、あっという間に燃え上がり、焦げた匂いが辺りに充満する。アメリアは慌てて回復魔法を唱え始めたが、アルベールはすでにチリチリになった髪を必死に手で押さえている。
その醜態に、オレは思わず吹き出してしまいそうになった。アメリアも口元を隠して笑いをこらえているのが見て取れる。
「く、くそっ!なんて野蛮な小娘だ!ギルド『ストレイキャット』……野良猫ギルド風情が……覚えていろ!この屈辱、必ず晴らしてやるからな!」
髪の毛がチリチリになったアルベールは、叫びながら森の奥へと逃げるように去っていった。
「ふふん!見たでしょ?これがアタシの実力よ!ざまぁみろ!」
アンナは胸を張り得意げな顔で笑っている。そしてアメリアがオレに近づいてきて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いつも、申し訳ありませんわ……」
「いや、大丈夫。もう慣れたよ」
オレは苦笑しながらそう答えた。実際、これで3回目だが、幾度となく遭遇しているし、その度にトラブルに巻き込まれている。もはや日常になりつつあるしな
「アメリアも大変だな」
「はい。でも、あれでも実の兄ですから……それでは、わたくしはこれで。適性試験、頑張ってくださいね。応援していますわ」
アメリアはそう言い残すと、兄を追いかけるように森の奥へと去っていった。その背中を見送りながら、改めて適性試験を始めるためオレはアンナと共に再び森の奥へと足を踏み入れた。