ロイヤルファングのアルベールを退けたオレたちは、森の中を歩いていく。柔らかな木漏れ日が、足元の苔むした地面に模様を描いていた。鳥のさえずりが遠くで聞こえる中、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。するとすぐに目的の魔物、ゴブリンに遭遇した。
「あそこにゴブリンがいるわね!さっさと片付けるから、そこで見てなさい!」
アンナは、獲物を見つけた猛獣のように目を輝かせた。その自信に満ちた表情はとてもじゃないが初めての討伐に臨む少女には見えなかった
「アンナ気をつけろよ?」
「ふん!余裕よ!」
そう言うと、アンナは持っていた樫の杖を構え、魔法を唱え始めた。その真剣な表情に、オレはごくりと唾を飲み込んだ。幼い顔に宿る集中力は、普段の生意気な態度からは想像もつかないほどだった。
「偉大なる炎の精霊よ!我の前に姿を現せ!敵を焼き尽くしたまえ!ファイアボール!」
まだ幼いながらも、しっかりととした口調で詠唱を終えると、杖の先端から赤々とした火の玉が現れ、勢いよく一直線に飛んでいき、見事にゴブリンに命中して爆発が起こった。ゴウッという音とともに、黒い煙が上がり、ゴブリンは一瞬で黒焦げになった。
その威力に思わず目を見開いた。さっきのアルベールの時に放ったものとは威力も大きさも全然違う。
「どう?これがアタシの力よ!」
アンナが振り返り、満面の笑みで胸を張る。その顔には達成感と誇らしさがにじみ出ていた。
「おお~、やるな」
正直、そこまで期待していなかっただけに少し驚いた。これほどまでに的確に魔法を使えるとは。その場に立ち尽くし、呆然と燃えかすになったゴブリンを見ていた。
「当たり前じゃない!アタシは最強の天才魔法少女なんだから!」
アンナは嬉しそうに喜んでいる。不安はあったけれど、普通に魔物を討伐できる威力の魔法が使えるようだ。それにしても、初めての魔物討伐で怖くないのだろうか?オレは疑問に思ったことを口に出してみた。
「なぁ、アンナ。魔物を倒すのは、今日が初めてだよな?怖くないか?」
「全然怖くないわ!だって、アタシは強いんだもの!それに、ゴブリン程度なんて、アタシの敵じゃないわよ!だって、アタシは最強の天才魔法少女だもの!ほら!次が来たわよ!次もアタシに任せておきなさい!次は雷魔法のサンダーボルトよ!」
そう言って新たなゴブリンが姿を現すと、アンナは得意げな表情で杖を構えた。オレはただただ、その様子を見守る。その後もアンナは立て続けに魔法を放ち、あっという間に3体のゴブリンを倒し残りの討伐数はあと1体となった。森には焦げた匂いと、微かに残る雷の残滓が漂っていた。
アンナの魔法の腕前には正直驚かされた。最初のゴブリンを一瞬で黒焦げにしたファイアボールもそうだが、続く3体もサンダーボルトで瞬殺するとは。その詠唱の正確さと威力には目を見張るものがあった。あんなに幼いのに、これほどまでに的確に魔法を操れるなんて。アンナが「最強の天才魔法少女」と自称するのも分かる気がする。
しかし、魔法を連発したせいか、アンナの額にはうっすらと汗が滲んでいる。少し疲労の色が見え始めてるしな。何かあったら大変だ。オレはそのままアンナに提案してみることにする。
「残り1体だ。少し休まないか、アンナ?」
「はぁ?何言ってるの?まだ、そんなに疲れるほど動いてないわよ!それともアタシの力を疑うの!?」
アンナはムッとした顔でオレを睨みつける。その大きな瞳が、不満そうに細められた。
「いや、そういうわけじゃなくてな……」
オレは言葉に詰まった。あー。この子は、こういう強がりを言うタイプだよな。このままだと、万が一のことがあるかもしれないし、少しは休憩させておかないと……何かいい言い訳はないか……
「……いや、ごめん。オレが少し疲れたんだ。だから少し休憩しないか?」
そう言い直すとアンナは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「しょうがないわね。まったく。あなた、ギルドマスターなのに情けないわね。仕方ないからちょっとだけ休むわ」
そう言うと、アンナは近くの木陰に入り、ドサッと腰を下ろした。とりあえず休憩はしてくれるみたいだ。オレも同じように、少し離れた場所に腰を下ろした。森の静けさだけがオレたちを包んでいた。葉の擦れる音と遠くの小川のせせらぎだけが聞こえる。
しばらくの間、沈黙が続いた。ふと、アンナの方を見ると先ほどから、首から下げている小さな銀色のペンダントを両手で包み込むようにしてじっと見つめている。その表情は、先ほどの強気なものとは打って変わってどこか物憂げだった。
その横顔には普段の生意気さはなく、幼い少女の繊細さが垣間見えた。オレはそのペンダントが気になりさりげなく尋ねてみた。
「それは、お守りなのか?」
オレの言葉に、アンナはびくりと肩を震わせ、顔を上げた。
「え?これ?」
「ああ。綺麗なペンダントだな。何か特別なものなのか?」
無理に詮索するつもりはないけれど、彼女の心の内が少し気になった。もしかしたら、このペンダントが彼女の強さの源なのかもしれない、と。
「これはね……おじいちゃんの形見のペンダントなの」
アンナは少し間を置いて小さな声でそう言った。その瞳には、ほんの少しだけ潤んだ光が宿っているように見えた。アンナのおじいさんは、もう亡くなっているのか……さっきまであんなに楽しそうに話していたからてっきりまだご健在だと思っていた。
「アタシが小さい頃から、肌身離さず持っていなさいって言われてるの。おじいちゃんは、本当にすごく強い魔法使いだったんだから!このペンダントには、おじいちゃんの最強の魔力が込められているんだって!」
アンナはそう言うと、少し誇らしげにペンダントを握りしめた。さっきまであれだけ自信満々だったのは、そのペンダントがアンナの心の支えになっているから。時折見せる強がりの裏には、もしかしたら、おじいさんの期待に応えたいという強い思いがあるのかもしれない。
「そうか。おじいさんは、アンナにとってすごく大切な人だったんだな」
「もちろんよ!おじいちゃんは、アタシにとって世界で一番すごい人だった!色々なことを教えてくれたし、いつもアタシのことを褒めてくれた。だから……アタシも、おじいちゃんみたいな立派な魔法使いになってやるんだから!」
アンナは目を輝かせながらそう語った。その表情は、先ほどの憂鬱なものから一変し、強い決意に満ちていた。
最初会った時の印象は最悪だったけれど、こうして話してみると、アンナはただのわがままな子供じゃない。大きな夢を持って一生懸命に生きようとしているんだ。オレは、そんなアンナの言葉に静かに耳を傾けていた。彼女の言葉一つ一つに、亡き祖父への深い愛情と尊敬が込められているのが伝わってきた。
「さて。残りのゴブリンも、サクッと倒すわよ!休憩はもういいでしょ!ほら、行くわよエミル!」
アンナは、そう言って立ち上がり、また元気いっぱいに歩き出した。その小さな背中には大きな夢と亡きおじいさんへの強い思いが背負われているように見えた。
オレも立ち上がりアンナの後を追う。残り一体のゴブリンを倒して、無事にギルドへと戻ろう。そして、アンナの冒険者としての第一歩をギルドマスターとしてしっかりと見届けよう。オレはそう心に誓い再び森の奥へと足を進める。木々の間を抜ける心地よい風が、まるで彼女の背中を押しているようだった。