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第02話 老魔法使いは死なず、消え去りもせず

 城内へ入ったヴァルダは、記憶を頼りに謁見えっけんの間へと向かう。日中は来客への対応などで、国王がそこにいる可能性が高いからだ。


 しかし今日はパレードの前に、勇者たちの出発式を謁見の間で行ったはず。後始末などがあり自室に引っ込んでいるかもしれない。さすがに国王の自室に押しかけることはできないので、その場合は緊急と言って呼び出してもらう他ないだろう。そう考えながら走っていると、あっという間に謁見の間の扉が見えてくる。


「ヴァルダ殿。どうされました、そんなに慌てて」


 扉の脇で控えていた兵士のひとりが、近づいてくるヴァルダに声をかけた。ヴァルダにとって見覚えのある顔ではなかったが、自分を知っているのであれば都合がよい。


「魔王復活の件で陛下にお会いしたい。謁見の間におられるか」


 森の家を出て以来、ヴァルダははじめて足を止めた。しかし、鬼気迫る表情は相変わらずで、問われた兵士は思わずたじろいだ。


「お、おりますが、いきなりやってきて面会というのは、その……」

「至急の用件なのだ!扉を開けてくれ!」


 おずおず話す兵士に対して、ヴァルダは肩で息をしながら、思わず声高になった。


「は、はい!」


 勢いに負けた兵士は上ずった声で返事をし、扉に手をかける。悪いことをしたとヴァルダが思っている間に開かれた扉の奥には、玉座に腰かける国王の姿が見えた。


 国王の御前に進み出るにあたり、先ほどまでの焦慮しょうりょに駆られた姿勢を正す冷静さは持ち合わせていた。鬼の形相を解いた老魔法使いは、呼吸を落ちつけようと深く息を吐きながら、ゆっくりと謁見の間を進んでいく。それがヴァルダであると気づいたからか、国王は怪訝な表情を浮かべた。


「ヴァルダ殿ではないか。どうされた、面会の予定はないはずだが」

「はい。ですが、急ぎお訊きしたいことがございます」


 ヴァルダは一度、意を決するように言葉を切る。


「魔王が復活したというのは本当ですか」


 しかし尋ねられた国王は、まるで些細なことを問われたかのように、泰然としていた。


「そうなのだ。ふた月ほど前だったか、そのような知らせが届いてな」

「二か月も……」


 ヴァルダは愕然とした。


「それから秘密裏に、魔王討伐にふさわしい者がおらんか調査させてな。すると城下の街のギルドに、うってつけのパーティがおったのだ。冒険者としての経験や実績は申し分なく、神官が確認したところ、リーダーの男には、勇者たるにふさわしく精霊の加護があった。魔王討伐を打診したところ、引き受けると言ってくれてな。それで準備が整った今日、ここで出発式を行い、二百年ぶりの魔王復活を公表し、城下の街で旅立ちのパレードを行ったのだ。彼らであれば、きっと魔王を打ち倒してくれるだろう」

「……なぜワシに教えてくださらなかったのです」


 国王の宛転えんてんたる言葉に耳をかたむけ終えると、ヴァルダは恨めしそうに声を絞り出した。しかし国王は、呆れたように小さくため息をつく。


「お主に助言を求めるべきとの声もあったが、すでに城の職務からは身を引いておったからな。あえて手を煩わせることもないと判断したのだ」


 こんなときだけ、余計な気を使わんでもいいだろうに。思わず口に出してしまいそうになるのを、ぐっとこらえた。ここへ来たのは、過ぎたことを責めるためではない。


「ワシも勇者殿のパーティに加わりたいのです。呼び戻してはいただけませんか」

「それはならん。もう出発式もパレードも済んだのだ。戻ってきてもらうのは勇者たちとて決まりが悪かろう。それに、こんなことを言いたくはないが、過酷な旅をするには、お主は年を取り過ぎておる。若者に未来を託すというのも、我々の責務ではないかね」


 率直に胸の内を明かしたヴァルダに、国王はつれなかった。もちろん、国王の言っていることも理解できる。逆の立場だったら、勇者たちの邪魔をするなと、はっきり突き放すかもしれない。しかし、抱き続けた魔王討伐の夢が目の前に吊り下げられているというのに、それを聞き入れるなどヴァルダにできるはずもなかった。


「そうは思いません。魔王を倒すために、勇者パーティの戦力を高めるべきです。ワシが加われば、間違いなく戦力は高まります」


 ヴァルダは自信に満ちた目で真っすぐに国王を見た。その昂然こうぜんたる瞳は、野心に満ちた若者のように鋭く、輝きを放っている。国王はそのまぶしさを避けるがごとく目を伏せた。しかしすぐ、何かを思いついた表情でヴァルダを見据える。


「弟子たちはどうするのだ」

「それは……」


 初めてヴァルダに怯みが生じた。視線を落とし、じっと自分の足もとを見る。三人の顔が脳裏に浮かんだ。長年の夢と、弟子たちをはかりにかけろというのか。決断を迫られた老魔法使いは顔を上げ、睨みつけるほどの眼光を国王に向けた。


「弟子たちのことは、陛下にお任せできればと……」


 その形相と苦渋のにじむ声に、国王は観念したように口を開く。


「……分かった。ただし、勇者を呼び戻すことはできん。パーティ入りは、自分で交渉するのだ」

「あ、ありがとうございます」

「お、おい。待て!」


 言うがはやいが外へ駆けて行こうとするヴァルダを、国王は慌てて呼び止めた。


「最後まで話を聞かんか。馬を出させるから、それに乗っていきなさい。それから、あまり勇者に無理強いしてはならんぞ」



「もう少し急げんのか」


 手綱を握る兵士に、ヴァルダはうしろから、そう声をかけた。


 城内で馬に乗るのを手伝ってもらったが、その高さと不安定さが恐怖をかもし、走り出した際には、杖を抱えつつ兵士の背中にしがみつくようにしていた。城下の街へ入り、パレードの終わった大通りをそんな様子で通りかかったものだから、周囲の人々は当然のように奇異の目を向ける。しかし馬から落ちないことに必死だったヴァルダは、それらを気にする余裕もなかった。


 それでも大通りを抜けてしばらくすると、馬上の環境に慣れてきた。落ち着きとともに、ヴァルダは自分が馬に乗っている理由を改めて思い起こす。それにより焦りが出はじめたがために、スピードアップを要求したのだった。しかし兵士は、穏やかにそれを退ける。


「これ以上の速さで走ると、馬がすぐに疲れてしまいます。焦らなくても、もうしばらくすれば、勇者様たちが見えてくるはずですよ」


 道が開けていることもあり、勇者パーティと思しき姿は、あっさりとヴァルダの目にとらえられた。しかしまだかなり距離がある上、ヴァルダは勇者たちの外見を知らないのだから、それが勇者パーティだと断定のしようがない。それでもヴァルダの焦燥は沸騰した。「急いでくれ。勇者殿がたが行ってしまう」と、祈るように懇願する。兵士はそれを聞いても、「大丈夫ですよ。次の町までは一本道ですから。途中で見失うことはありません」と言うばかりで、相変わらず同じペースで馬を進ませる。


「おーい勇者殿ー!止まってくだされー!」


 我慢できず、ヴァルダは呼びかけた。大声に驚いた兵士はびくんと体を震わせて馬を止め、ヴァルダの方を振り返る。しかし勇者たちはというと、あまりに遠く、止まったのかどうかすらはっきりしない。兵士は深く息を吐きだすと前を向き、再び馬に走るよう指示を送った。


 その後もヴァルダは声をかけ続けた。豆粒のようだった人影は、ヴァルダの声が届かず歩き続けているのが分かるほどになった。そんな折、「勇者様たちで間違いなさそうですね」と、兵士は呑気につぶやく。するとヴァルダは一層、声を高めることとなり、兵士は馬の気が高ぶらないようなだめながら進んだ。

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