そしてついにヴァルダの声に気づいたのか、勇者一行が立ち止まった。
「ああ、止まってくれた。急ごう。勇者殿がたをお待たせしては悪い」
「分かりました」
今度はヴァルダの指示を
勇者たちのそばまで来ると、兵士は速度を落として馬を止めた。ヴァルダは馬がまだ止まりきらないうちに、飛び降りるように地面に着地し、バランスを崩しながらも杖で体を支える。そして地面をしっかりと踏みしめると、勇者たちのそばへ駆け寄っていった。
「勇者殿、勇者殿、ワシを仲間に入れてください。ワシはヴァルダ、過去には世界最強とも称された魔法使いです。魔王討伐の一助に、どうか仲間に入れていください!」
ヴァルダが対面したパーティは三人。勇者と見て取れる男のほか、魔法使いの男、弓を背負った女エルフという構成だった。ヴァルダの名乗りに反応は三者三様で、女エルフは冷たい視線を投げかけ、魔法使いは困惑した表情を浮かべ、勇者は穏やかな笑みを見せる。勇者は他のふたりをやんわりと制して、ヴァルダの前へ一歩進み出た。
「ヴァルダさん。お気持ちはありがたいのですが、俺たちは既に長くこの三人で旅をしてきています。新たに誰かを加えるつもりもありませんし、魔法使いならこのスモルがいます」
「スモルですと?」
パーティ入りの断りは差し置いて、聞き覚えのある名前に、ヴァルダはまじまじとその魔法使いの顔を見た。スモルはバツが悪そうに視線を外す。
「おお、言われてみれば」
「知り合いかい?」
「ええ、まあ」
勇者に問われ、スモルは険しい顔をする。スモルの困惑は、よく分からない老人がパーティに入れてくれと言ってきたからではなく、やってきたのがヴァルダと知ってのことだった。そうと気づき、ヴァルダは
「勇者殿、こいつはワシのところへ弟子入りしにきて、ひと月と経たないうちに逃げ出した軟弱ものです。こんなヤツと一緒では、討伐できるものもできなくなってしまいます。どうかワシを仲間にしてくだされ」
好き勝手言われ腹に据えかねたのか、スモルは不満げに反論する。
「あのですねえ。僕は確かにあなたのもとを逃げ出しましたよ。でもそれは、親に無理やり預けられたからです。まだ幼かったですしね。あのあと、王立の魔法学校を首席で卒業して、親の反対を押し切って冒険者になり、クルード君、リステさんとパーティを組んで、実戦経験を積み重ねてきたんです。それを知らないあなたに、とやかく言われる筋合いはないですよ」
ヴァルダのもとへは、貴族の子弟が預けられることも多い。それはヴァルダのもとを巣立った弟子の幾人かが、王国内で目覚ましい出世を果たしてから顕著になった。それにより、本人が望まないにもかかわらず、他の弟子たちとの共同生活を強制される子どもも出てくる。中には環境が合わず逃げ出す者もおり、スモルはそんな弟子のひとりだった。
両者の言い分を聞いたあと、クルードは穏やかな表情のまま口を開いた。
「ヴァルダさんの弟子だったころのことは、俺には分かりません。でも俺は、パーティを組み、ともに成長してきたスモルのことを信用しています。スモルは間違いなく最高の魔法使いですよ」
「クルード君……」
クルードに思わぬ賛辞を贈られ、スモルは
「では、スモルと勝負をさせてください。魔法勝負です。ワシが勝ったらパーティに入れてください」
突拍子もないことを言いだすヴァルダに、スモルはあからさまな拒絶反応を示す。
「いやですよ。なんでそんなことしなきゃならないんですか」
「負けるのが怖いのか?だったら、ワシの不戦勝でパーティに入れてもらうということでよいな」
「だめですって。勝手なことを言わないでください」
「そんなに力のある者なら、とりあえず仮でパーティに入ってもらったらいい。先を急ぎたいからな」
落としどころの見えない子供じみた言い争いを遮ったのは、今まで黙っていたリステだった。ヴァルダは突然の助け舟に呆然とする。クルードはしばらく黙って考えていたが、やがて「そうだね、リステの言う通りだ」と同調した。
「ヴァルダさん。俺たちは今日中に、サフィラの町に着きたいと思っています。ひとまず一緒に行きましょう」
勇者クルードからもパーティ入りを認められたことで、ヴァルダはついに喜びを爆発させた。
「ありがとう、ありがとう……魔王を打ち倒すため、身を
「ええ?本気かよ……」
早くもパーティの一員を気取るヴァルダは、クルードとリステを促して共に歩き、うなだれたスモルがそのあとをとぼとぼとついていく。すっかり忘れられた兵士は、振り返ることもなくご機嫌に勇者パーティと歩いていくヴァルダを見送ると、無言で馬にまたがり城へと戻っていった。
サフィラの町までの道のりは、順調そのものだった。もともと安全な街道であり、魔物に出くわすことなどめったにない。ヴァルダを含めた勇者一行は、時折、休みを取りながら、ただひたすらに歩みを進めていく。穏やかな午後の日差しのもと、クルードたちの談笑にたびたび加わり、ヴァルダはかつてないほどの至福の時間を過ごしていた。
町への到着は、日が落ちかかり、あたりが暗くなりはじめたころだった。人通りの少ないこじんまりした中心街の奥には耕作地が広がり、作物が夕闇にくすんでいる。クルードたちは、町の入り口近くの宿屋へ入り、今夜はそこに泊まることになった。すでに何度か利用したことがあるようで、勇者とスモルは、親しげにカウンタ―にいる主人の男へ歩み寄っていく。
ヴァルダがこの宿屋へ入るのは初めてだった。というのも、このサフィラの町は、元相棒ロアが引退後に居を定めた場所。訪れるときはいつもロアの家に泊めてもらっていたからだ。しかし、弟子を持つようになって以来三十年近くも疎遠になっていたこと、そしてなにより勇者のパーティに入れた喜びで、そんなことは気にも留めなかった。
クルードとスモルが宿泊の手続きをしている様子を、ヴァルダは壁際に置かれた長椅子に、へたり込むように座り見ていた。長い一日だったと、ヴァルダはこの日に起こったことを思い返そうとしたが、どうにも頭が回らない。勇者パーティに入ることができた喜びをかみしめてはいたが、押し寄せる疲労はどうにもできない。さらに緊張や気分の高揚が途切れ、泥沼に絡めとられたような体の重さを感じていた。
「疲れただろう」
まぶたが重くなりだしていたヴァルダに声をかけたのは、リステだった。はっと意識を取り戻すと、
「ああ、いや……まあ、さすがに堪えますな。冒険者をやめて以来、これほど動いたことはなかったので」
「そうか。今日はゆっくり眠ることだ」
そんなことを話していると、手続きを終えたクルードとスモルがそばへやってきた。
「こちらが部屋のカギです。僕ら三人は隣の部屋にいますので」
そう言って、クルードからカギを渡された。
「ワシは相部屋でかまいません。リステさんをおひとりの部屋にした方がよいのではないですか?」
ヴァルダは気遣ったが、リステ本人は「遠慮はいらん。私はいつものことだからな」とそっけない。
「そうです。老体に鞭打ってついてきたあなたは、ひとりでゆっくりお休みください」
スモルがそう嫌味っぽく念押しするので、ヴァルダは何か言い返してやろうとしたが、疲労で適当な言葉が思い浮かばない。その間に他のふたりとともに行ってしまった。
「やれやれ。そう目の敵にせんでもよかろうに」
ヴァルダはゆっくりと立ち上がると、渡されたカギに書かれた番号の部屋へと向かった。