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第06話 キルイと一時帰還

「ワシがよくても、本人が行きたいかを聞かねばならんだろう」

「そうだな、呼んでこよう」


 ロアは立ち上がり隣の部屋へ行くと、すぐにキルイを連れてきた。


「お前にはこのヴァルダと旅に出てもらおうと思うんだが、どうだ?」

「え、いいの?」


 キルイは驚きつつも、喜びの表情を見せる。


「ああ。急だが明日つことになるだろうから、さっそく支度しよう」

「わかった!」


 勝手に話を進めるロアとキルイに対し、ヴァルダは慌てた。


「いや待て。キルイよ、そんな簡単に決めてはいかんだろう。旅の危険や過酷さを知らずに安請け合いしては、後悔することになるぞ」

「大丈夫ですよ、ヴァルダさん。冒険者の大変さはロアじいから聞いています。それに、ロアじいと近くの森で、野営の練習をしたりもしてますから」

「そうだ。まったく問題ない」


 ヴァルダの心配をよそに、ふたりして笑顔を見せる。このままでは、キルイを連れていくことに決まってしまう。なにか止める手立てはないかと考えていると、キルイの祖母であるミリエのことが頭に浮かんだ。


「まだだ。ミリエさんにも訊かないと。キルイを心配して反対するんじゃないか?」

「あたしはむしろ大賛成だよ」


 ヴァルダらが話す声が聞こえていたのだろう、隣の部屋からにこにこしながらミリエが入ってきた。


「なんならロアに、少し外の世界を見せてやんなって言ってたところなんだ。あんたが引き受けてくれるのなら、断る理由なんてないよ」


 ミリエがそういう性格だと忘れていたとばかりに、ヴァルダは手で顔を覆う。思い返せば、ロアの冒険者引退に最後まで反対していたのがミリエだった。「あたしのために冒険者をやめるってなら、結婚なんてまっぴらだね」とかたくななミリエに対して、これからは地に足をつけて働きたいと、ロアが説き伏せるのに苦労していたことを思い出した。


「よし、じゃあ決まりだな」


 ロアの言葉に、ヴァルダは声にならない息を漏らし、小さくうなずいた。


「ところでヴァルダさん、旅の目的はなんなんですか?」

「ん?ああ、それはだな……」


 どう答えようかと考え、ヴァルダは口ごもった。それを見てにやにやしながら、ロアが口を開く。


「ヴァルダはな、今日、勇者に置いてけぼりを食ったんだ。だから、その勇者を追いかける。それが目的だ」

「お前……」


 ヴァルダは恨めしげにロアを睨む。


「なんだ、隠しても仕方ないだろ。嘘で取り繕うのはよくないぞ」


 正論で諭され、ヴァルダはぐうの音も出ない。


「さっき聞いた話では、今朝がた発ったパーティは東に向かったらしいからな。ひとまずそっちへ行くことになるだろう」

「あ、いや、それはそうなんだが……」


 勇者パーティを追いかけたくて仕方なかったはずのヴァルダが、歯切れ悪く口を挟む。その様子には当然、「どうした、違うのか?」とロアが怪訝な表情を見せることになった。


「いや、違わないが……勇者殿を追いかける前に、一度、弟子たちの様子を見に戻ろうと思うんだ」

「国王に頼んだんじゃなかったのか?」


 それは紛れもない事実だと、ヴァルダも承知している。しかし、熱に浮かされたようだったあのときとは違い、今では冷静になっている。考えれば考えるほど、放り出してきてしまった弟子たちのことが心配になるのは、無理からぬことだった。


「任せると言っただけで、実際はどうなっておるかわからんのだ。ひょっとしたらなんの助けもなく、三人で困っておるかもしれん」


 そう危惧するヴァルダに、「だとしたら、戻らないわけにはいかんな」とロアは同意した。


「ロアじい、ボクはどうすればいいかな」


 横で話を聞いていたキルイは、困ったように尋ねる。


「そうだなあ。お前はヴァルダについて行ってあげなさい。予行演習みたいなものだ。その間に、必要なものを揃えておくとしよう」

「わかった」


 祖父の指示に、キルイは引き締まった表情で返事した。


「それじゃあ、明日、出かけられるように準備をしなさい。ヴァルダはゆっくりしてくれ。筋肉痛が取れるようにな」

「ああ、助かる」


 話がまとまると、ヴァルダはロアの家に泊まる際に、いつも使っていた客間へ通された。


 時折、淀みがかき混ぜられたように、焦りや心配が浮かんではきたが、客間での時間は概ねくつろぎに身をゆだねて過ごした。そして夕食後には、ロアと昔話に花を咲かせるなどして、二十数年ぶりの再会の喜びを改めて分かち合ったのだった。



 翌朝、疲労はまだわずかに残っていたが、前日とは比べ物にならないほどヴァルダの体調は回復していた。朝食を取り、キルイの身支度が整うと、四人で家の外へ出る。


 ミリエはふたり分の弁当を渡すと、キルイを強く抱きしめ、「しっかりおやりよ」と涙ながらにささやいた。孫の旅立ちには賛成だとしても、別れとなると、やはり感情が高ぶるものだ。そんなミリエの気持ちを知ってか知らずか、「行ってきます!」とキルイは元気に挨拶をして、ヴァルダに伴われて家を出た。


 見送りはキルイの祖父母だけではなかった。幾人かから魔族討伐の感謝を伝えられ、宿屋の主人などはヴァルダを見つけると、カウンターを飛び出して、握手を求めてきた。


「なんだか、ボクたちが勇者パーティみたいですね」


 キルイはそう言って笑ったが、ヴァルダはロアがしたという町の人への口止めに効果がないのではないかと、一抹の不安を覚えた。



 旅路は穏やかだった。勇者パーティに入ったときのようなきらめきはなかったが、勇者たちを追いかけなければという焦燥を忘れてしまいそうなほどだった。


 しかし、キルイがずんずん歩いて先へ行ってしまうので、ヴァルダは大声で呼び止めることになる。「すみません。つい楽しくなってしまって」と謝るものの、しばらくすると、またふたりの間に距離ができる。そんなことの繰り返しだった。ミリエの弁当を食べながら、「すまんが時折うしろを振り返って、ワシがついてきているか確認してくれんか」と伝えると、キルイはそれに従いヴァルダを待つようになった。


 森の家へ戻る道すがら、ヴァルダは弟子たちのことを考えていた。もし三人だけだったとしても、食事はできているだろうから、腹を空かしていることはないだろう。問題は今後だ。ソルナとハシャテは貴族の子だから、親元に返すことになるだろう。しかしツヴォルグはどうするか。王立の魔法学校に編入させることができればよいのだが……


「ヴァルダさん。勇者ってなんなんですか?」


 思索を遮り、キルイの言葉が耳に滲んだ。はっと目を向けると、キルイはヴァルダの数歩前を、うしろ向きに歩いている。


「リヴラ王国に認められれば、勇者ってことなんですかね」


 そう言って首を傾げた。


「リヴラ王国に限らんよ。魔王の復活を知った国は、それぞれで勇者を立てようとしておるだろう。そのとき、精霊の加護があるかどうかが判断基準のひとつになる」

「精霊の加護?」


 うしろ歩きを続けたまま、キルイは難しい顔をする。


「正確にそれが何かと訊かれると、どう答えていいか難しいがな。普通の人より身体能力が優れ、魔族に相対すると、それが顕著になると言われておる。だから歴代の勇者のほとんどは、精霊の加護を持っていたそうだ。

 そんなこともあり、精霊の加護を有することが勇者の必須条件のようになっておる。ただ、国に認められずとも、巷間で勇者と呼ばれる者が出てくることもある。まあ結局は、魔王を倒した者だけが勇者として歴史に名を刻むことになるのだがな」

「そうなんですね」


 キルイは納得した表情を見せると、うしろ歩きをやめて前を向いた。


「ロアも精霊の加護を持っておったのだ」

「え、そうなんですか?」


 ヴァルダの言葉に驚き、キルイは振り返って立ち止まる。そこへヴァルダが追いつくと、並んで歩き出した。


「ああ、今はどうか分からんがな。精霊の加護は青年期に強く発現されるという話もある。いずれにせよ、勇者にしか抜けないとされる聖剣を、なんとなく引っ張って抜いておったからな。本人は慌てて戻していたが」


 当時のことを思いだしながら、ヴァルダは改めて呆れ苦笑する。


「えー。ロアじい、そんなにすごい人だったんだ。じゃあ、ボクにも少しは精霊の加護があったりするのかな」


 そうつぶやくキルイに対して、ヴァルダは思わず目をみはった。精霊の加護は遺伝するものなのだろうか?もしそうだとしたら……


「ああ、城下の街が見えてきました。大きいですねえ。サフィラとは大違いだ」


 キルイの上げた声で、ヴァルダは我に返った。まだかなり遠くではあるが、キルイの言う通り、城下の街を臨むことができる。


 しかしヴァルダはある程度、街に近づくと、街道を外れて森に沿って歩いた。


「街へ行かないんですか?」


 キルイは不思議そうに問いかける。


「ああ。街に用はないからな」


 そうヴァルダは短く答えたが、実際の考えは違っていた。戻ってきたところを知り合いに見つかるのはまずいというのが本音だ。きっと勇者に相手にされず戻ってきたと考えるだろうし、勇者たちに置き去りにされたから追いかけるなどと言ったら、止められるか、いい笑いものになるかだろう。「行ってみたかったなあ」と残念がるキルイを、ヴァルダは「旅をしていれば、もっと大きな街などいくらでもある」と慰めた。


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