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第07話 老魔法使いの弟子たち

 森の中を進みヴァルダの家へ着いたのは、日がだいぶ傾いたころだった。木々が日差しを遮り、辺りは既に薄暗い。しかし、ヴァルダはドアの前で逡巡した。


「入らないんですか?」


 キルイに問われ、苦い顔をする。


「うぅむ。弟子たちを放り出していったわけだからなあ。どんな顔をして会ったらよいか……」

「考えていても仕方ないですよ」


 キルイは笑いながら、制止する間もなくドアをノックする。ヴァルダが胸の悪さを感じ手を当てていると、見知らぬ女がドアを開けた。


「あの、どちら様ですか?」


 それはこちらのセリフなのだが。反射的にヴァルダの頭にはそんな言葉が浮かんだが、やがてある考えに至った。


「陛下に頼まれて、来てくれた方かね?」

「え?ええ。リコリと申します。ひょっとして、ヴァルダ様ですか?では、勇者様のパーティには……」

「ああ、いや。弟子たちの様子を見に戻っただけだ」


 残念そうな表情を見せるリコリに対し、ヴァルダは慌てて取り繕った。するとキルイは、余計な補足をする。


「そうです。このあと、勇者さんたちを追いかけるんです」

「追いかける?」

「いや、それはだな……」


 言いよどむヴァルダをよそに、キルイの暴露は止まらない。


「ヴァルダさんは昨日、勇者さんたちに置いていかれたのです。でもそのあと魔族を倒す中でボクと出会って、ふたりで勇者さんたちのあとを追うことになったんです」

「そ、そうですか」


 リコリは何と返していいか分からず困惑し、ヴァルダは深いため息をついた。


「とりあえず、中へどうぞ。ちょうど今、みんなでお夕飯をつくっていたところなんです」


 気を取り直したリコリに、ふたりは中へ招き入れられた。ヴァルダにとっては二日ぶりの我が家だったが、気後れを感じていたせいか、あまり落ち着かない。


「あれ、師匠?」


 近くにいたハシャテが、驚きながらも笑顔で近づいてくる。しかしキルイに気づくと立ち止まり、顔をこわばらせた。


「怖がらんでもよい。ワシの冒険者時代の相棒の孫で、キルイと言う。この子は今預かっている弟子のひとりのハシャテだ」

「よろしくね」

「うん」


 ハシャテはキルイの挨拶に元気よく答えたが、台所にいたツヴォルグとソルナはそれを硬い表情で見つめていた。リコリはふたりのもとへ近づき、「さ、お夕飯作りの続きをしましょうか」と言うと、ふたりは表情をやわらげ作業に戻る。ヴァルダはそんな様子を、複雑な心境で眺めていた。


 夕食の準備が整うと、六人で食卓を囲んだ。リコリはふたりが来たあとに材料を追加したのか、それぞれの皿には充分な量の食事が並んだ。ヴァルダにとって久しぶりの団らんは、口にするものがどれもおいしく、いつも以上に賑やかだった。楽しげな食卓は、それがかえって違和感となり、ギクシャクした空気も依然として漂っていた。


「それで、このあとまた旅立たれるのですね?」

「ああ、弟子たちの身の振り方が決まり次第な」


 ヴァルダはそう言って、食後に出された薄めたぶどう酒を口にした。三人の弟子たち、そしてリコリは不安げな表情を浮かべる。


「これから、長く家を空けることになる。とすれば、弟子たちをこのまま家に置いておくわけにもいくまい。ソルナとハシャテは親元へ帰し、ツヴォルグは魔法学校に入れて寮に預けようと思っている」

「え、やだよ。僕ここにいたい」


 ヴァルダが考えを伝えたあと、真っ先に声を上げたのはハシャテだった。子どもらしく、率直に拒絶の反応を見せる。


「私も嫌です。リコリさんの料理、おいしかったでしょう?私、リコリさんに教えてもらうって約束したんです。だから家に帰りたくありません」


 ソルナも同調した。ヴァルダの視線は自然、ツヴォルグに移る。


「俺は……」


 ツヴォルグは口ごもり、横目でリコリを見る。


「どっちでもいいよ」

「素直じゃないんだから」


 ソルナはそう茶々を入れてにやにやした。ツヴォルグは何か言い返そうとしたが、それより先にリコリが口を開く。


「あの、私からもお願いします。三人とも本当にいい子で、すぐに打ち解けましたし、みんなここでの暮らしが大好きなんです。それに……」


 リコリは言葉を切って目を伏せる。


「私、軍部の魔法部隊に所属しているんですが、うまくなじめていないんです。魔法学校の講師を志望していたんですけど、それは退役した者のすることだと言われてしまって。だから、ここに派遣されて、この子たちに受け入れてもらえたことが本当に嬉しかったんです。身勝手なお願いだとはわかっていますが、どうかこのままでいさせていただけませんか?」


 リコリの必死の訴えは、ヴァルダも心情的には理解できた。しかし、国の機関で働く上で、希望通りの仕事に就けないのはよくあることだ。それに弟子たちのために、軍部から貴重な人材を割いてもらうのが正しいこととは思えない。それに魔王が復活した今、この森で暮らすことが安全なのかという懸念もあった。


 リコリに加え弟子たちの視線が痛かったが、ここははっきりと言わねばならない。ヴァルダがそう考えていた矢先だった。


「よかったじゃないですか。これで安心して勇者さんを追いかけられますね」


 キルイの言葉に、はっとした弟子たちが、ここぞとばかりに声を上げる。


「そうだよ。師匠だけずるいよ!」

「身勝手なのは師匠の方ですよね。そのしわ寄せを弟子に押し付けようなんてひどいです」

「俺もやっぱり嫌です。この家を捨てるような真似はできません!」


 弟子たちの剣幕にヴァルダはため息をつき、恨めしそうに横目でキルイの方を見る。場を乱した当の本人は、目が合うとにこにこと笑顔を返すばかりだ。


「分かった。お前たちの意志を尊重しよう」


 すっかり観念したヴァルダの言葉に、四人は歓声を上げ、互いに喜びあった。


「ワシが戻ってきたことは口外せんようにな。そうすれば、城の者たちは勇者とともに行ったのだと思い、余計な詮索をされることもなかろう。それからリコリさんの言うことをしっかり聞いて、勉学をおろそかにすることのないようにな」

『はい、わかりました』


 ヴァルダの忠告に、弟子たちは声を合わせて元気に返事をする。やれやれ、現金なものだと思いつつ、「リコリさん。面倒をおかけしますが、よろしく頼みます」と、ヴァルダはリコリの方を向いて頭を下げた。


「いえ、そんな。私の方こそ、わがままを聞いていただきありがとうございます」


 リコリも頭を下げ返したが、「いいんですよ。わがままなのは師匠の方なんですから」と、ソルナは最後まで手厳しかった。



 弟子たちが寝静まったあと、ヴァルダはリコリを自室に呼び、普段使いの金や魔導書などの置き場所を教えた。


「買い出しなどのとき、必要な分だけここから出して子どもたちに渡してやってくれ。魔法の勉強は言わなくても自分たちでやるだろうが、読み書きや国の歴史なんかは時々、教えてやってもらえるとありがたい」

「分かりました。そうします」

「それから、もし魔族などが襲ってきたとしても、子どもたちに戦わせてはいかん。必ず逃げさせるのだ。それだけは約束してくれ」

「はい、必ず」


 先ほどまでの穏やかさが消え、リコリは決然とした表情をする。そこに見えた覚悟は、ヴァルダの信頼を得るに十分だった。


 リコリが部屋を出たあと、ヴァルダは旅の支度と片づけを始めた。二日前、何も考えず飛び出していったせいで、いまだ部屋の中に残されていた生活感が、自分のことを責めているように感じられる。


「身勝手でわがままか。まあ、そうなのだろうな」


 ヴァルダは自嘲気味に笑った。


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