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第09話 キルイの後始末

 歩き続けていると、目指していた隣の山との境に行き当たった。草が生い茂るその中央に、またいで渡れるほどの細い川が流れており、申し訳程度の河原がある。


「ここならいいだろう。キルイ、ここにそれを置きなさい」


 ヴァルダは杖で河原を指した。キルイは言われた通り、そこにグレイベアの後ろ足を置く。


「何をするんですか?」

「ん?焼くのだ」


 ヴァルダは杖をグレイベアの後ろ足に向け、魔法で火を出した。そうしてしばらく焼き続けると、グレイベアの後ろ足は香ばしい匂いを漂わせはじめる。


「ふぅ、これくらいでよいか」

「いい匂いですね。お腹が空いてきました」

「そうだろう?ゴブリンも同じだ」


 ヴァルダは火を止めると、川とグレイベアの後ろ足の間に移動して、今度は魔法で風を吹かせる。狙いは村に面する山の方角だった。


「そうか、この匂いでゴブリンをおびき寄せるんですね!」


 キルイはヴァルダの意図が分かり、無邪気にはしゃいだ声を出す。ヴァルダもそれに笑みを見せるが、すぐに表情を引き締めた。


「いったん隠れるぞ」

「え?ゴブリンを迎え撃たないんですか?」


 驚くキルイに、ヴァルダは首肯する。


「ああ。よいか?このあとおそらく、一体か二体、匂いに釣られてやってくるはずだ。だから、そいつらに獲物を確認させて追い払うのだ。殺してはならんぞ」


 そう言いながらヴァルダは、川をまたぎ、対岸の山の中へ入るために早足で歩く。


「あ、ゴブリンが来ました」

「なに?もうか」


 キルイの声に振り返ると、ヴァルダにも木々の間からゴブリンがやってくるのが見て取れた。ヴァルダはすぐそばの山裾まで急いで行き、適当な枝を拾う。


「ほら、これを使いなさい。それから剣は置いて行くのだ」


 キルイのもとまで戻りその枝を渡すと、代わりに剣を受け取った。キルイは心許なげに「これで倒せるかな」と言いながら、枝をぶんぶん振る。


「倒すのではない、追い払うのだ。理由はあとで話すから行きなさい。ぐずぐずしていると、グレイベアの足が持っていかれてしまうぞ」


 ヴァルダに促され、キルイは再び川を飛び越えてゴブリンたちのもとへと駆けて行く。それに気づいたゴブリンたちは、一度、怯むような動きを見せたものの、それぞれ手に持った棍棒を構えて臨戦態勢を取る。


 しかし、キルイの動きは素早かった。まず手近にいたゴブリンに攻撃する隙を与えず、脳天を木の枝で殴りつける。そしてもう一体が殴りかかってくるのを軽くかわすと、そちらの頭にも一撃を叩きこんだ。ひとしきり痛がったあと、二体のゴブリンは慌てふためきながら森の中へと消えて行く。その首尾のよさに、ヴァルダは思わず感心した。


「これでいいんですか?」


 キルイはヴァルダのもとへ戻りながら訊いた。


「ああ、よくやった。これであやつらは、木の枝しか持たない人間の子どもひとりなら、数をかければ倒せると思ったはずだ。仲間を連れて戻ってきたところを一網打尽にしてやろう」

「だから剣を置いて行かせたんですね」

「そうだ。先に説明できればよかったんだが、思ったより早くゴブリンがきてしまったからな」


 そう言って、ヴァルダはキルイに剣を返した。

 ほどなくして、再びゴブリンが姿を見せた。予想通り逃げたゴブリンたちが仲間を連れて来たのだが、草むらへ出てきた数匹の奥にもまだ複数の影が見える。その数にヴァルダは眉根を寄せる。


「思ったより多いな」

「十三……あ、十四匹ですね」


 キルイはゴブリンを数え、呑気な声でヴァルダに伝える。


「これくらいなら、ボクひとりで大丈夫ですよ」

「こら待たんか」


 ヴァルダは呼び止めたが、キルイは隠れていた木の陰から飛び出し、早くも草むらを走っていた。勢いそのままにジャンプして川を越えると、剣を抜いて、焼けたグレイベアの足に向かってきていたゴブリンに斬りつける。そこへ奇声を上げて右手側から踊りかかってきた一体を薙ぐと、キルイは周囲のゴブリンに睨みを利かせた。


 川に対して半円状になり、ゴブリンたちはじりじりと距離をつめてくる。しかし、一斉に襲いかかられる前に、キルイは川沿いを走り、目の前の一体に剣を突き刺して包囲を突破した。あとはもう独壇場だった。向かってくるゴブリンを次から次へと斬り捨て、あっという間に死体が積みあがっていく。


 残り三体となると、ゴブリンたちは戦意を喪失し、山の中へ逃げ込もうとする。キルイはそれを追いかけ、まず草むらで一体、続いて山の木々の手前でもう一体、最後の一体は山の中へ数歩入ったところで仕留めた。先ほどもそうだが、キルイの手際には驚かされるばかりだと、ヴァルダは目を細める。


「終わりましたよ」


 山の中から出てきたキルイは、笑顔で手を振る。しかし隣の山から姿を見せたヴァルダが、「まだ終わっとらんだろう」と言うので、キルイは不思議そうな顔をする。


「後始末はせんのか?」


 ヴァルダはあちらこちらに倒れるゴブリンを見回した。キルイも同じように周囲に目をやりつつ、「いや、それは……」と口ごもる。


「全部、焼いてもらえたりしませんか?」

「都合の悪い時だけ他人を頼るでない。それに、これほどのゴブリンを焼き尽くすとなると、火が移って山火事になってしまうだろう」


 ヴァルダの助けを借りられず、キルイは険しい顔をして考え込みはじめた。そしてしばらくすると、うなだれて暗い表情を見せる。はじめはキルイがあれだけ自分なら後始末をすると言っていたのだからと、静観するつもりでいたヴァルダだが、次第にいたたまれなくなってきた。草むらを歩き、川からも山からも充分な距離がある場所を見定めそこへ移動すると、魔法で地面に穴を作る。


「ゴブリンの死体を運んで、ここに埋めなさい」


 その呼びかけに対して、キルイは「はい……」と、ヴァルダが心配になるほどしおらしく返事をした。しかし、何体ものゴブリンの死体を運ぶうちに、徐々にてきぱき動くようになり、最後に焼けたグレイベアの足を穴の中へ放り込むころには、すっかり元気を取り戻していた。


「グレイベアの残った部分はどうするんですか?」

「あれも焼くのだ。それでゴブリンが出てこなければ、とりあえず問題は解決だ」

「とりあえず?」


 キルイはそのことばが気にかかったのか、おうむ返しして険しい顔をする。


「山からゴブリンを完全に排除することはできんよ。できたとしても、いずれ他から移ってくるだろう。大事なのは、山から下りてくる癖をつけさせないことだ」


 そう答えてもキルイが難しい顔をするので、「心配せんでも、当分この村がゴブリンに悩まされることはない」と付け加え、魔法で穴を塞いだ。



 村の方へ戻ってきたふたりは、右後ろ足を失ったグレイベアの死体と再会した。


「さ、始めるか。もちろん山に火が移らんように気をつけながらな」


 ヴァルダはそう言うと、火の魔法でグレイベアを覆った。河原で足を焼いたときより大きな炎が吹きつけられ、グレイベアの体はみるみる焼けていく。ヴァルダは一度火を止め、山へ向かって風を送る。そうしてみても、ゴブリンがやってきそうな気配はなかった。


「ふむ、問題なさそうだな。では、このまま埋めてしまうとするか」

「あ、ヴァルダさん。上、上です!」


 穴を作るために魔法を使おうとしたヴァルダに対し、キルイは空を指差して叫んだ。そちらへ目をやると、大きな鳥が村の方へ向かってきている。


「ほう、大きいな。ロック鳥か」


 片手で日差しを防ぎながら、ヴァルダは呑気につぶやく。周囲では人々が家からへ出てきて、ざわざわと鳥を見上げながら話しだした。


「すまんが、村の人たちに家に入るよう声をかけてくれ」

「みなさーん、危険ですから、家の中に入ってくださーい!」


 ヴァルダに言われキルイが呼びかけたが、素直に従う者は誰もいなかった。ドアに手をかけた幾人かも、他の者たちが家に入らないのを見て、結局は外で見物を決め込んでいる。


「誰も言うことを聞いてくれませんね」

「仕方あるまい。村の者にとっては一大イヴェントだからな。こっちのエサに食いついてくれることを祈ろう」


 ヴァルダはもう一度グレイベアに火を入れたあと、焼けた匂いが上空のロック鳥に向かうよう風を吹かせる。ロック鳥はふたりの真上近くまで来ると、翼を羽ばたかせて制止した。


「よしよし、こちらに狙いを定めたようだ。よいか、まもなくロック鳥が下りてくる。それに合わせて翼を落とすのだ」

「はい!」


 キルイの返事が合図だったかのように、ロック鳥は焼けたグレイベアめがけて急降下してきた。ヴァルダは杖を構え、キルイは助走をとるために数歩あとずさる。そして、ロック鳥のかぎ爪がグレイベアを掴んだ瞬間、ヴァルダはグレイベアの足と同じように魔法で片翼を切断し、キルイは走り飛び上がってもう一方を斬り落とした。両翼を失ったロック鳥は激しく地面に激突し、耳をつんざくような悲鳴を上げる。その鋭さにヴァルダはめまいを覚え、村人たちが恐怖に身をすくませる中、キルイはロック鳥の首を切り落とした。


「やれやれ、今夜は焼き鳥だな」


 首と翼のなくなったロック鳥を見やりながら、ヴァルダはそうつぶやいた。

 グレイベアの足を運び、ゴブリンたちを屠り、ロック鳥を倒してもなお、キルイは元気だった。ロック鳥を捌く係を買って出て、慣れた手つきで処理していく。「大きな鶏みたいなものですね」とキルイは笑顔を見せたが、ヴァルダはどう返していいか分からず、「そうか」とだけ言った。


 内臓の処理が終わったころには、村の人々がキルイのそばに列をなした。キルイはその者たちに、切り出した肉を配っていく。すると、みるみる肉が減っていった。


 心配になったヴァルダは、「ワシらの分も残しておいてくれよ」と声をかけたが、手を動かしながら「ヴァルダさんも並んでください」とキルイは言う。ヴァルダは仕方なく列の最後尾にまわり、どうにか肉の分け前を得た。ほどなくして、すべての肉が配り終わると、ヴァルダは魔法で地面に穴を作り、ふたりでグレイベアとともにロック鳥の骨などを埋めた。


 この日、ふたりはナイアミの家に泊めてもらうことになった。すると、それをどこで知ったのか、村の人が次々とやってきて、肉のお礼だと野菜や果物を置いていく。「うちから持ってきていた分がなくなりそうだったから、助かりましたね」とキルイは喜んだが、「前以上に重くなりそうだが大丈夫か?」とヴァルダは心配するのだった。


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