目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話 元魔王の思い出とこれから

「ヴァルダさんは、なんで以前にメイエスさんのところへ行ったんですか?」


 村へ戻るために再び森を歩きながら、キルイは訊いた。


「勇者殿がたと同じだ」

「同じ?」

「森に魔族がいるので対処してほしいということでな。といっても、ワシらの場合は、近くの町のギルドに出されていた依頼をたまたま引き受けただけだが。この村へやってくると、さっきみたいに地鳴りのような音がしていてな。それがあやつの腹の虫だと気づいたときには、ロアとふたりして笑ったものだ」


 ヴァルダは懐かしそうに、そのときのことを回想する。メイエスのもとへ行き話をしたことで、おぼろげだった当時の記憶が次々とよみがえってきていた。


「メイエスさんとは戦わなかったんですか?」

「ああ。腹が減ってるなら、まずは何か食わせてからだとロアが言ってな」

「ロアじいらしいや」


 キルイは笑った。


「食べ物をやっても戦う気がなさそうだったから、話を聞くことにしたんだ。そうしたら、さっきみたいに魔法で椅子とテーブルを作ってくれてな。元魔王と聞いたときには驚いたものだ」

「ボクもです。でも、なんでそんなヒトがこの森に?」


 訊きながら、キルイは足元のくくり罠を、ひょいと飛んでよけた。


「今の魔王から逃げるために、城から乗ってきた翼竜の限界が来たのが、このあたりだったようだ。その手引きをしたサネルが死んだあと、カリーンが面倒を見ていたわけだが、あるとき、そのカリーンがメイエスのもとへ食料を届けに来なくなってな。様子を見に来たところを村の人に見つかったらしい。それでギルドに依頼が出されたわけだ」

「確かによく似てますね」


 キルイはうなずく。


「カリーンがメイエスのもとへ行けなかったのは、子どもが産まれたからだったようでな。だがワシらが森に入ると気づいて、カリーンは追いかけてきておった。メイエスをどうするつもりだと怒鳴ってきおったが、すぐに貧血を起こしてな。ロアが村へ運んだのだが、なぜカリーンが森にいたのかうまい言い訳ができず、村の者たちからは白い目を向けられたのだ。

 だが事情は分かったから、その後は何度か、ワシらがメイエスのもとへ食料を運んでな。そのたびにロアは、いい稽古相手だとメイエスに挑んでケガさせられておったから、毎回、見ているこっちが肝を冷やしたものだ」


 もちろん、その言葉に嘘はなかった。しかしロアの戦いぶりが、元とはいえ魔王の座にいた者と、大きな力差がないと確信させてくれるものであることに喜んでもいた。そして、自分も加わりたかったが、気後れし、そばで見るしかなかったことへの歯がゆさも覚えていた。


「へー、ロアじい、そんなことしてたんだ。ボクもお願いしようかな」


 不穏なことを言うキルイに、血は争えんなとヴァルダは苦笑した。



「いえ、ボクではなくて、じいちゃんがカリーンさんと古い知り合いなんです。さっき急に思い出したみたいで」

「そうかい?言っちゃ悪いけど、辛気臭しんきくさいじいさんだね。ほんとにカリーンさんの知り合いなのかい?」


 そう言って意地の悪い目をヴァルダに向ける女に、キルイは愛想よく苦笑いを返す。


 村へ戻ってきたヴァルダは、どうやってカリーンの状況を調べるか考えていた。しかしその間に、数時間たっても同じ場所に座っていた初老の女のところへ、またしてもキルイは近づいて行って話を始める。どうやらヴァルダを自分の祖父と偽って、カリーンのことを聞き出そうとしているようだった。少し離れたところにいたヴァルダは、悪態をつく女に全部聞こえていると言ってやりたいところだったが、情報を掴むためには黙っているほかない。


「でも残念だけど、カリーンさんなら死んだよ。ついこないだね。森の入り口で倒れてるのが見つかったんだけどさ。そのすぐあとにね。もうずいぶん年だったから。なんであんなところにいたのかは知らないけど」

「そうですか……」


 カリーンの死を知り、表情を曇らせるキルイのことなど気にもせず、女は話を続ける。


「そのあと、ほら、魔族の騒ぎになっただろ?勇者か何だか知らないけど、あたしはカリーンさんの死と何か関係してるんじゃないかと思ってるんだけど……」

「あ、あの、カリーンさんのお墓はどちらに?」


 キルイはヴァルダの方を気にしている様子を見せながら訊いた。すると女もヴァルダを見て、勝手に何か納得したような表情をした。


「村の墓地ならあっちだよ。それにしても、あの人も可哀そうだね。元気づけてやんなよ」

「はい、そうします。ありがとうございました」


 キルイはそそくさと退散してヴァルダのもとへ戻ってきた。その後ふたりは、教えられた墓地へ向かうため、村の中の細い道へと入っていく。


「変な噂を立てられなければければよいがなあ」


 ぼやきながら、ヴァルダが何気なくうしろを振り返ると、女が座ったまま腰をひねり、歩くふたりのことをじっと見つめている。背筋に冷たいものを感じたヴァルダは、慌てて前に向き直った。



「そうか、死んでいたか」


 ふたりは墓地でカリーンの墓を確認したあと、メイエスのもとへ戻り、カリーンの死を伝えた。


 重苦しい沈黙が流れた。メイエスの封印を解いたのは間違いだっただろうか。ヴァルダはそんなことを考えた。封印の効果がいつまで続いたかは分からないが、何も知らないまま、かりそめの死に身を委ねていた方が幸せだったのかもしれない。わざわざ現実を突きつけることなどする必要はなかった。そんな後悔すら感じはじめていたときだった。


「メイエスさんには、ヴァルダさんの家に行ってもらったらどうですか?」


 キルイが突拍子もないことを言いだした。


「もうよい。ここで朽ち果てよう」


 メイエスの言葉に思わず安堵するヴァルダをよそに、キルイはさらに誘いかける。


「遠慮はいりませんよ。ヴァルダさんの家には、今、お弟子さんとその面倒を見る方がいるんですが、みなさんいい人たちですから。ですよね」


 そう明るく話を向けられても、ヴァルダとしては困惑するしかない。


「いや、どうだろう。突然、魔族が行ったら驚くかもしれんし……」

「メイエスさんはいい魔族じゃないですか。だから、問題ないですよ」

「そうかもしれんが……それに、ワシの家は森の中で分かりづらいからなあ」

「だったら、ロアじいについて行ってもらいましょう。サフィラの町なら分かりやすいですし」

「うむ……」


 キルイの勢いに押され、ヴァルダはメイエスを自分の家に置くことについて想像してみる。メイエスひとり増えたところで、家が手狭になることはない。ロアは森の家の場所を知らないが、リヴラ城で元弟子の誰かに聞いてもらえば、メイエスを案内することはできるだろう。


 問題は、リコリや弟子たちがどんな反応を示すかだ。これはロアにうまくとりなしてもらうしかない。面倒を押し付けるようで気が引けたが、よくよく考えれば自分の孫の発案なのだから、このくらいの骨折りはしてしかるべきと思うことにした。


「そうだな、ロアがいればなんとかなるだろう。お主はそれでよいか?」


 ヴァルダはキルイの案を容れ、メイエスに問いかけた。


「ああ。だがその前に、ひとつ頼みがある」

「なんだ?」


 もう朽ち果ててもよいと言っていた者の頼みとはなんだろう。ヴァルダはメイエスの言葉を待った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?