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第13話 元魔王の祈りと旅立ち

「カリーンの墓へ案内してくれ」


 メイエスの口調には、わずかながら熱がこもっているように、ヴァルダには感じられた。


「あの女はサネルの墓の前で祈ったのだ。なぜかそのことを思い出してな。私もカリーンの墓の前で、人間のやり方で祈ろうと思う」


 意外な頼みではあったが、弔いの情を無下にはできない。ヴァルダはメイエスを連れ村へ向かうことを了承した。


「しかし、村人が起きている時間帯は無理だ。近くで待機して、夜中になったら村へ入るとしよう」


 ヴァルダの提案に、メイエスは静かに、しかしはっきりとうなずいた。


「それなら、まだ時間ありますよね。メイエスさん、ボクの剣を受けてください」


 話が終わったはずのところへ、キルイが横から口を出してきた。ヴァルダが眉根を寄せていると、メイエスは、「いいだろう。反撃されてもよければ」と物騒なことを言うので、いよいよ眉間のしわが深くなる。それでも、せっかくの機会を奪うことはしなかった。「ケガには気をつけるのだぞ」とキルイに忠告して、ふたりから少し距離を取る。


「いきますよ」


 そう声をかけると、キルイは剣を抜いて斬りかかった。メイエスがそれを軽くかわすと、キルイはさらに踏み込んで薙ぎにかかる。しかしそれもいなされ、反撃の手刀が迫る。キルイはすんでのところでかわしたものの、バランスを崩し地面を転がった。それでもすぐさま立ち上がると、怯まずメイエスに向かっていく。


 メイエスに対するキルイの果敢な攻防を目の当たりにし、ヴァルダは五十年前と同じ疎外感を抱かないではなかった。しかし、今さら己の老成された力を試す必要性は感じない。なにより、キルイの躍動を眺めていることに、ひそかな喜びを味わっていた。


 そんな穏やかな気分を断ち切るかのように、メイエスから、ちらと視線が向けられる。その目配せにヴァルダは慌てて杖を構えた。キルイの攻撃を避けてメイエスが反撃しようとしたタイミングに合わせ、間に魔法防壁を出現させる。次の瞬間には、キルイの体を切り裂かんとするメイエスの手刀で、魔法防壁にひびが入った。


「やれやれ、肝が冷えたぞ」


 焦っていたのはヴァルダだけで、キルイは魔法防壁をコンコンと叩きながら、「ちゃんとかわせてましたよ」と涼しい顔をしている。ヴァルダが魔法防壁を解くと、キルイは剣を収め、「ありがとうございました」とメイエスに向かい、笑顔で礼を言った。


「なかなかやるものだ。いずれはロアを越えるかもしれん」

「ホントですか?そうなれたら嬉しいですけど」


 メイエスに褒められキルイは喜んだが、ヴァルダは、いずれは、という言葉に思いがけず感じた失意を隠すように、「さあ、行くか」とふたりに声をかけた。


 周囲を照らすのは、星明りだけになっていた。村は完全に寝静まっているように見える。それでも念のためと、ヴァルダは光の魔法で杖の前に明かりを灯し、ふたりを待たせ村の様子をうかがいにいく。墓地の周囲の家々に、起きている人の気配がないことを確認すると、キルイとメイエスを呼びに戻りカリーンの墓へ向かった。


 まずメイエスは膝をつき、墓前に花を手向たむけた。村へ戻りながら、森の中でキルイが摘んで束ねたものだ。そして胸の前で手を組み、目を閉じる。短い間そうしたあと、メイエスは目を開け、おもむろに立ち上がった。


「不思議なものだ。カリーンが安らかであるようにと祈っただけなのだが、自分の中の霧が晴れていくように感じる」

「ああ、それが祈るということだ」


 ヴァルダは厳かにうなずいた。あとは墓を離れるだけだったが、そのとき、遠くから何者かが明かりを持って近づいてくるのが見えた。ヴァルダはすぐに光の魔法を解いたが、明かりは迷いなく墓地へやってきて、三人を照らし出す。同時にヴァルダには、相手の顔が見て取れた。やってきたのは見知らぬ中年の男だった。


「おい、あんたら。母さんの墓の前で何やってるんだ。あんたらアレだろ、母さんのことをあちこちで嗅ぎまわってるっていう」

「嗅ぎまわってませんよ。村の入り口にいた女の人に訊いただけです」


 一言目から喚くカリーンの息子らしき男に対して、キルイは律儀に訂正した。


「そんなことはどうでもいいんだ……っておい、そいつ、こないだの旅人がどうにかしたんじゃなかったのか。クソっ、どうなってんだよ!」


 騒ぐ男の前に、メイエスは進み出た。


「そうか。お前はカリーンの息子か」

「……だったらどうなんだよ」


 メイエスに気圧されたのか、カリーンの息子はあとずさった。


「感謝する。お前は母親が、私のところへ来ていることを知っていたのだから」


 唐突に礼を言われ、カリーンの息子は呆然と立ちつくす。その直後、近くの家に明かりがともった。


「まずいぞ、騒ぎになる。早く行こう」


 ヴァルダは、その場を去ろうとふたりを促す。しかしメイエスがゆっくりとしか動かない。急がせようと、ヴァルダが「走るぞ」と背中に手をかけることで、ようやく足を速める。


「なんなんだよ、クソっ」


 背後から、カリーンの息子がそう吐き捨てる声が聞こえた。しかし三人は、振り返ることなく村を出た。



「本当にそれだけでいいんですか?」


 キルイはメイエスが右手に持ったリンゴを見つめ、心配そうに尋ねた。しかしメイエスは「ああ、問題ない」と、短く答える。


 空は白み始めていた。三人はしばらく、山地のふもと近くの森の中に身を隠していたが、誰かが追ってくることはなかった。それでヴァルダは、村の人々が動きはじめる前に、メイエスと別れることにした。


「道中、騒ぎを起こさんでくれよ。それから、弟子たちには手を上げるでないぞ」

「向かってくる者に対して何もしないということは不可能だ」


 頼みをメイエスにすげなく断られ、ヴァルダはため息をつくしかない。それでもすぐに気を取り直し、「ワシの家の場所は、城にいる元弟子のナクアクに聞くようロアに言ってくれ」と伝えると、それにはメイエスも「そうしよう」と同意した。


「それじゃあメイエスさん。お元気で」

「達者でな」

「ああ」


 別れの挨拶が済むと、メイエスはすぐにふたりに背を向けて歩き出した。


「何も起こらないといいが」

「大丈夫ですよ。そのためにロアじいに付き添ってもらうんですから」


 そうキルイに言われても、様々な心配をぬぐい切れぬまま、ヴァルダは山道に入っていくメイエスの背中を見送るのだった。


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