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第14話 分かれ道のその先で

「さて、どちらへ向かおうか」


 ヴァルダは二手に分かれた道を前に、そうつぶやいた。ひとつはまっすぐ南へ向かう道、もうひとつは東へ曲がる道だ。ふたりはメイエスと別れたあと、念のため住人に見つからないよう森に入り、ナンテの村を通り過ぎた。そして頃合いを見て森を出て道へ戻り、ここまでやってきたのだった。


「それぞれの道の先には何があるんです?」


 キルイはふたつの道を見比べていたが、どちらも森が続いていて、その先に何があるかは知りようがない。


「正面の道を進めば、ワシとロアがメイエスの依頼を受けたトモイの町の先に、マルズール王国の城と城下の街がある。東は森を出ると大きな川が流れていて、近くに農村があったと思うが、その先がどうなっとるかは思い出せんなあ」


 ヴァルダは古い記憶を辿りながら、キルイに伝えた。


「勇者さんたちはどちらへ行ったんでしょう?」

「そればっかりは分からんな。何か情報を求めて人の多い方へ行ったかもしれんし、反対に人目を避けて村の方へ向かった可能性もある。ただ前にも言ったが、どちらにせよ行き着く先は、港のあるカーフェの町だ。ここはお主の好きな方で構わんよ」

「それなら、城や大きな街を見てみたいです」


 キルイは目を輝かせた。そういえば、自分の都合でリヴラ城やその城下の街に行けず、キルイがガッカリしていたことをヴァルダは思い出した。


「そうか。ではそうしよう。マルズール城には、ワシの弟子だったエンホサがおるはずだ。せっかくだから会いに行ってみるか。うまくすれば城の中も見られるかもしれん」

「はい!」


 喜ぶキルイとともに、ヴァルダは南に向かう道へと、足を踏み出した。


 森を抜け、訪れたトモイの町では、勇者パーティの情報を得られなかった。キルイがひどく落胆した様子を見せるので、「マルズール王国の城下の街まで行けば何かわかるだろう」とヴァルダが励ますと、「そうですよね!」とすぐに気を取り直す。その後は、いつ城下の街に着くのか、ことあるごとに聞いてくるキルイをヴァルダは微笑ましく思いながら、時折げんなりもするのだった。



 マルズール王国の城下の街は、とても賑やかだった。街の中心である大通りは多くの人が行きかい、立ち並ぶ店の前では幾人もの客が足を止め、買い物を楽しんでいる。今まで見たことのない光景にキルイは目移りし、首がもげんばかりに頭を動かしていた。


「すごい人出ですね。お店も多いし、サフィラの町とは全然違います!」

「落ち着きなさい。宿を確保してからまた来よう」


 そんなヴァルダの言葉が耳に入っていないのか、キルイはそわそわしながら大通りに目を奪われ続けている。ふらふらとあらぬ方向へ行ってしまう前に、ヴァルダはキルイを引っ張り、宿屋へと向かった。


「勇者?私は見ていませんが、今この街にいるんですか?」

「うちに来るのはたいがい冒険者だからね。誰がどんなだったかなんて、いちいち覚えてないよ」

「女エルフのいる三人のパーティですか……いえ、そのような組み合わせの冒険者は来ていませんね」


 ヴァルダは値段の手ごろな宿屋を見つけ、そこで宿泊の手続きを済ませた。そして荷物を降ろし身軽になったキルイと勇者パーティの情報を集めに出たが、部屋を取った宿屋をはじめ、酒場や冒険者ギルドを回ってみたものの、有力な情報は得られなかった。


「こっちには来てないんですかね」


 自分が分かれ道で南へ来る選択をしたことを気に病み、やはりキルイは暗い顔を見せる。日も暮れかかり、ふたりは食堂に来ていた。勇者の聞き込みついでに教えてもらった安くてうまいと評判の店だったが、あまり食が進まないようだった。


「どうだろうな。これだけ人が多いと、見かけたとしても気づかないのかもしれん。明日は城へ行ってエンホサを訪ねてみよう。ひょっとしたら、賓客として迎えられているかもしれんからな」

「そうですね」


 ヴァルダの言葉にもキルイの表情は晴れなかったが、多少は気が楽になったのか、その後はテーブルに乗った料理を綺麗に平らげていった。



 翌日、ふたりは宿屋を出て城へと向かった。一晩寝たキルイはすっかり元気になっており、昨日と同じく大通りをキョロキョロと見回す。


「あとにしなさい。ひとまず城へ向かうぞ」


 朝から賑わいを見せる大通りの中を、ヴァルダはこの日も、キルイを引っ張っていくこととなった。


 様々な誘惑に引き寄せられそうになるキルイをどうにか制止して、大通りを抜け、城門の前に到着した。そこには跳ね橋が下りており、城壁の周囲をめぐる堀には水がたたえられている。橋を渡りヴァルダが番兵に話している間、キルイは橋の上にとどまり、水底の景色を見下ろしていた。


「すまんが、エンホサと面会したいので、取り次いでもらえんだろうか。師匠のヴァルダが、勇者の件で訊きたいことがあると言ってもらえれば分かるはずだ」

「エンホサというのは、宰相のエンホサ様のことでしょうか?」


 番兵は驚いたように聞き返す。


「宰相?」


 今度はヴァルダが驚く番だった。エンホサといえば、確かに人のとりなしなどはうまかったが、軽いタイプの人間だ。宰相という要職についているとは、ヴァルダには想像しがたいことだった。


「他にエンホサという名の者がいるならその者かもしれんが、いないのならその宰相ということになるなあ」


 ヴァルダのそんな言葉に、番兵は謎かけでもされたかのように目をしばたたかせたが、「お伝えしてまいりますので、しばらくお待ちください」と言って、城の中へ去っていった。


「宰相なんてすごいですね」


 キルイは堀の観察をやめて、ヴァルダのもとへ近づいてくる。


「ああ、何かの間違いかもしれんが。いや、間違いであったほうが、この国にとって良いかもしれん」


 そんな話をしていると、先ほどの番兵が別の兵士とともに戻ってくる。宰相のエンホサは、やはりヴァルダの元弟子であるエンホサだったようだ。その指示により、兵士の先導で、ふたりは城の中へ案内されることとなった。


 ここでもキルイは、あちらこちらへ目をやるので、ヴァルダはその様子を気にかけながら歩いていく。すると、いくつか並んだ応接用と思われる部屋のひとつに通された。足元にはふかふかのじゅうたんが敷かれ、華美なテーブルセットの奥には中庭を臨む大きな窓があり、薄手のカーテンを通して柔らかな日の光が差し込んでいる。


「もう少しきれいな格好をしてこないとダメでしたね」


 キルイは旅ですっかり汚れた自分の姿を検分して、立派な椅子に腰かけるのをためらった。


「気にすることはあるまい。一応、客として迎え入れられておるのだからな」


 そう言っても、キルイはやはり立ったままだった。ヴァルダは窓のそばへと近づき、中庭を眺める。そこには噴水を中心とした美しい庭園が広がっていた。


「師匠、突然どうしたんですか。こんなところまでおいでになるとは驚きましたよ」


 安らいでいたヴァルダの心を乱すようにドタバタと入ってきたのは、背の高い細身の男だった。真顔であればピリッとした緊張感を与えなくもないだろうが、今は相好が崩れ、なんの重みもない。


「せっかく近くまで来たのだから、宰相殿にお会いせねばと思ってな」


 振り返ったヴァルダはニヤリと笑ってみせる。部屋に入ってきたその男こそがエンホサだった。嫌味に顔をしかめたエンホサは、少しして、入ってきたドアを慌てて閉める。


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