目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 贅沢な監禁に至る経緯

「冗談はやめてください。好きでなったんじゃありませんよ。前任者が罷免されたばかりで、他になり手がいなかったものだから、私がやっているんです」

「そうか。まあよい。お互い年は取ったが、変わりなく壮健で安心したぞ」

「ええ、それは師匠も……そんなことより勇者のことなんですが」


 窓のそばを離れ、ヴァルダは笑顔でかつての弟子に近づいたが、エンホサは挨拶もろくにせず本題へ入ろうとする。


「ああ、何か知っておるか?」

「それを聞きたいのはこちらの方ですよ。まさか、あちこちで言いふらしたりしてませんよね?」


 質問に質問で返されたヴァルダは、エンホサの意図が理解できず、返答に窮する。


「宿屋と武器屋、それから酒場で勇者さんたちの行き先を訊きましたよ」


 代わりにキルイが答えると、エンホサは初めて己の師匠以外に誰かいると気づいたように、そちらを見た。


「師匠、こちらはどなたでしょう」

「ワシの冒険者時代の相棒の孫だ」

「キルイです」


 そう名乗ってキルイは笑顔を見せた。


「そうですか……ああ、すみません。おふたりともどうぞ、お座りください」


 立ったままだったふたりに、エンホサが手を出して促す。


「でも、こんな汚い格好で座ったら……」

「大丈夫ですよ。汚れても掃除しますから」


 やはり逡巡したキルイに対するエンホサの言葉は、ふたりが汚いと言っているようなものだった。しかし、「分かりました!」とキルイは喜んで座る。


「それで、勇者殿がたの居場所を知っておるのか。こちらへ来たかどうか、はっきりせんのだ」


 ヴァルダも椅子に腰かけながら尋ねた。


「こちらへ来たかというのは、どういう意味でしょう?」


 エンホサは苛立たしげに、また質問で返す。どうも話がかみ合わないと、ヴァルダは頭を掻いた。


「ボクたち、リヴラ王国を出発した勇者さんたちを追いかけてきたんですけど、ナンテの村からあとの行き先が分からなくなってしまって。それで、この国へきて聞き込みをしていたんですが、なんの情報も得られないので、エンホサさんを訪ねて来たんです」


 キルイがこれまでの経緯を説明したことで、それまで落ち着かない様子を見せていたエンホサは、ようやく得心がいったようだった。


「ああ、なるほど。ナンテの村から勇者が来ていないか探していたんですね。そうか、そうでしたか」

「お主、何を隠しておる」


 ようやく肩の力が抜けてきたエンホサだったが、ヴァルダの問いかけに、目を見開いて大きくのけぞるようにした。しかしすぐに姿勢を戻し、流れ出る汗をハンカチで拭きはじめる。


「い、いえ、何も。何も隠してなんていませんよ」


 そう答えるエンホサを、ヴァルダはじっと見つめる。するとエンホサは、分かりやすく目を逸らした。


「大方、このマルズール王国でも勇者を用意しておるのだろう。どんな勇者かは知らんがな」

「そうなんですか?よかったですね、ヴァルダさん」


 唐突にキルイからそう言われたが、ヴァルダは何のことだかピンとこなかった。


「よかったとは、何がだ?」

「一緒に旅をする勇者パーティが見つかったじゃないですか。ヴァルダさんは勇者さんと旅をして、魔王の討伐に行きたいんですよね?だったら、この国の勇者さんのパーティに入れてもらえばいいじゃないですか」


 その言葉に、ヴァルダははっとした。エンホサが本当に勇者を用意しているかは分からないが、確かにリヴラ王国が認めた勇者クルードにこだわる必要はない。しかしヴァルダの中では、実際に会ったことがあり、勇者然としていたクルードの印象が強い。他の者を勇者として受け入れられるだろうかと不安を覚えた。


「いえ、ダメです。それはダメですよ」


 ヴァルダがキルイの提案に考えを巡らせていると、エンホサが声を上げた。キルイはその慌てぶりに首を傾げる。


「いいじゃないですか。ヴァルダさんがパーティに入れば戦力アップは間違いなしですよ」

「ダメと言ったらダメです。パーティには入れません」


 頑なに拒否するエンホサ。その様子に、本当に勇者がいるのかと驚きつつも、やはり何か隠しているなとヴァルダは疑いの目を向けた。


「会って話すくらいはよかろう。パーティ入りを断られたら、すぐ退散する。それとも会ってはならぬ理由でもあるのか?」

「いや、それは、その……」

「このまま帰ってもよいがな。ただそうすると、外でうっかり何を話してしまうか分からんなあ」


 しどろもどろになるエンホサに対し、ヴァルダはわざと意地の悪いことを言って、席を立とうと腰を浮かせる。


「やめてください!分かりました、分かりましたよ。会うだけですからね」


 エンホサはしぶしぶながらも降参し、ふたりはマルズール王国の勇者のもとへ赴くこととなった。



 勇者たちがいるのは、城の中でもヴァルダらが今いる場所からさらに奥、賓客向けの部屋だった。エンホサは部屋の前で警備する兵士と挨拶を交わす。兵士は不審そうにヴァルダとキルイを見たが、宰相殿が連れてきた御仁たちということもあり、それ以上は怪しむ様子を見せなかった。


「いいですか。挨拶をしたらすぐ戻りますからね。城の中でも極秘なんですから」


 兵士に背を向け小声で釘を刺すエンホサに、「わかっておる。悪いようにはせん」とヴァルダは呑気に答えた。


 エンホサがドアをノックすると、すぐに「どうぞ」と声が聞こえた。ふたりはエンホサによって開けられたドアから中へ入る。そこには、リヴラ王国の勇者たちと同じく三人で構成されたパーティの面々が顔を揃えていた。


「エンホサさん、そちらの方々は?」


 おそらく勇者と思われる男が、にこやかに問いかけた。そばにいた体格のいい戦士風の男、魔法使いの格好をした女も、同様に穏やかな笑みを湛えている。それぞれの端整すぎる見栄えや振る舞いに、ヴァルダは隣にいたエンホサを、横目で睨まずにはいられなかった。他に勇者がいたらどうしよう、などと不安になったのが恥ずかしくなるほどの偽物だった。


 エンホサは、連れて来たふたりを勇者たちに紹介するという態度を取りながら、睨むヴァルダのそばを離れる。


「私の魔法の師匠とその同伴の方です。たまたまこの国を訪れていて、ぜひみなさんにご挨拶したいとのことで」

「そうでしたか。はじめまして」


 勇者は笑みを絶やすことなく、よく通る声であいさつした。するとキルイはおもむろに近づいていき、勇者の目の前で止まった。


「あなたも精霊の加護を持ってるんですか?」


 その質問に勇者は笑みを崩さず、目だけでエンホサに助けを求める。それに対し、二度ほど素早くうなずくエンホサを、ヴァルダは冷ややかな目で見ていた。


「精霊の加護だね。ああ、もちろんだ。失くしてはいけないから、しっかりと持っているよ」

「え……?」

「さあ、挨拶は済みましたね。そろそろ戻りましょう」


 エンホサは大股で歩き、きょとんとするキルイと勇者の間に割って入った。そして「さ、行きますよ」とキルイを促して、部屋の外へ出ていく。ヴァルダもあとに続いたが、途中で勇者たちを振り返ると、まだ顔を張り付いたような笑みを見せていた。



「さて。用は済んだし、一度、宿屋へ戻るとするか」

「待ってください」


 面会を終えたヴァルダが城の外へ出ようとするのを、エンホサはその前に立ちふさがって制止した。


「よろしければ、今夜は城にお泊りください。部屋と食事を用意させますので」

「でも荷物が……」


 キルイが困り顔でつぶやく。いつも背負っているリュックを、宿屋に置いてきていた。


「大丈夫です。荷物は取りに行かせますので。宿屋もキャンセルしておきます。ですので、先ほどの部屋でしばらくお待ちください。すぐに用意させます」


 そう言ってエンホサは、押し込むようにして、ふたりを偽物の勇者たちと会う前までいた部屋へ戻らせる。そして「呼びに来るまでここにいてくださいね」と言い残し、足早に去っていった。


「どうしたんですかね?」

「外へ出て、勇者が偽物だと言いふらすとでも思ったのだろう。見た目だけ整えても、戦い慣れていないことは、ワシらにはすぐ分かるからな」


 ヴァルダは自分の元弟子の浅はかさに、ため息をついた。


「あ、やっぱりそうですよね」


 キルイは嬉しそうに声を上げたが、すぐに難しい顔をした。


「でも、なんで偽物を用意する必要があったんでしょう?」

「さあな。何か理由があるのかもしれん」


 エンホサの様子からすると、ろくな理由ではないだろうというのがヴァルダの見立てだったが、元弟子のことを、そこまで口に出してけなすことはしなかった。


 やがてエンホサが戻ってくると、ふたりは大きな部屋に通された。偽勇者たちの部屋とは通路を挟んで隣り合っており、こちらも中庭に面している。部屋の中では、ふたつ並んだ大きなベッドと、これまた大きなテーブルセットの間に、キルイのリュックが我が物顔で座っていた。


「服の用意もさせますので、よろしければそちらに着替えてください。食事は時間になったら、こちらへ運ばせます。ですので部屋からは、絶対、出ないでくださいね」


 絶対を強調して、子どもに言い聞かせるように念押しし、エンホサはすぐに部屋を出て行った。


「ていのいい監禁みたいだな」


 ヴァルダはぼやいたが、「こんな監禁なら大歓迎ですよ」とキルイは笑った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?