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第16話 エンホサの苦悩と魔族の襲来

 ふたりが届けられた清潔な服に着替えると、しばらくして豪華な昼食が運び込まれてきた。そしてご馳走で腹を満たし、テーブルの上の食器などが片付けられると、ドアの隙間から忍び込むようにエンホサが姿を見せる。先ほどまでとは違い、くたびれた顔をしていた。


「あの……状況をお伝えしておこうと思いまして」


 そう言いながらテーブルの前まで来ると、ふたりの向かいの椅子にしおらしく座る。


「ほう。ワシらの監禁はいつまで続くのかのう?」


 ヴァルダが茶化すように言うので、エンホサは「丁重におもてなしさせていただいているだけですよ」と苦い顔をした。


「勇者が偽物だというのは、お気づきになったと思いますがね。私だって、できるなら本物を用意したかったですよ。でも、陛下からの催促がひどくて。前任の宰相が罷免された理由もそれなんです。しかもリヴラ王国から勇者が出たという話が耳に入ったせいで、陛下はいよいよ、すぐに勇者をと騒ぎ出しまして。

 それで兵士たちに勇者の捜索を強化させたんですが、するとなぜか、見栄えだけはする芸人の一団を連れて来た者がいたのです。はじめはそのまま帰ってもらうつもりでした。しかし、どうせ本物が見つからないのならと、彼らを勇者らしくしつらえて陛下を満足させることにしたのです」


 ため息まじりに経緯を明かしたエンホサは、最後にもう一度、大きなため息をついて話を締めくくった。


「そうか、お主も難儀しておるのだな」


 事情を知ったヴァルダは、急にエンホサのことが不憫に思えてきた。もちろん、していることは愚かではある。しかし、すぐに勇者を用意しろなどというのは、あまりに理不尽だ。リヴラ王国のような例は奇跡に近い。無理難題を押し付ける国王の下で働くことの大変さはいかばかりかと、エンホサの苦労がしのばれた。


「明日の午前中に、場内で偽勇者たちの出発式が行われます。偽物だとバレないよう、最低限の人数で。そのあと街をパレードする予定ですので、よろしければご案内しますよ」

「いいんですか?パレード楽しみですね、ヴァルダさん」


 キルイの唐突な無邪気さに、ヴァルダは戸惑いながら「あ、ああ……」と返した。エンホサはぼんやりとキルイの方を見ていたが、やがて話を再開する。


「偽勇者たちには、パレードが済んだあと、金を渡してどこかに消えてもらうつもりです。旅立ったあとの勇者のことなど、誰も気にしませんからね。おふたりもパレードをご覧になったあとは、いつ城を出ていただいても構いません。それでは」


 話を終えたエンホサは、無気力に立ち上がり部屋を出ていった。


「どうしたんでしょう?わざわざ勇者が偽物だって言いに来たのでしょうか?」

「誰かに聞いてほしかったのだろう。城の者に話せるようなことではないからな」


 不思議がるキルイにそう答えながら、ヴァルダはエンホサの心境をおもんばかり、同情を募らせるのだった。


 その後、豪勢な部屋を堪能していたふたりだったが、キルイはすぐに飽きをみせはじめた。部屋の中を動き回って、窓の外を眺めたり、飾られた花を観賞したりする。しかしそれも長くは続かず、ついには剣を鞘から抜いて振りはじめた。おかげで、高級な調度品を壊したりしないかと、ヴァルダはひやひやしながら午後のひとときを過ごすこととなった。



 翌朝ヴァルダが目覚めると、キルイはすでに起きて剣を振っていた。ベッドが柔らかくて落ち着かない、というのがその理由だった。ヴァルダはベッドの中から、窓の外へ目をやる。この日もよく晴れていた。陽の光に目を細めていると、ノックの音が聞こえる。「はーい」とキルイがドアを開けに行くと、朝食が運ばれてきていた。


 このときも、ずらりと料理がテーブルに並べられた。しかし昨日のぜいたくな食事に胃もたれしていたヴァルダは、パンと野菜のスープに少し手をつけただけでやめる。残りをキルイに譲ると、喜んですべてを平らげた。


「偽勇者さんたちの出発式はどこでやっているんでしょうか」


 朝食を終えてしばらくすると、キルイはそう言いながら窓を開けて顔を出し、様々な方角へ顔を向ける。剣を振り回されるよりましではあるがと、ヴァルダが呆れながらその様子を眺めていると、突然、「あ、何か来ます!」と声を上げる。ヴァルダも窓のそばへ近づいて、キルイの視線の先へ目をやると、確かに何かが飛んでくるのが見えた。


「翼竜のようだな。まさか魔族がこの城へ来ようとしておるのか?」


 そのままふたりで窓に張り付いていると、翼竜は城へ向かって下りてきた。ヴァルダが目を凝らすと、その背中には魔族のような影が見える。しかし翼竜はさらに高度を下げ、ふたりのいる窓からは見えなくなってしまった。


「どこへいったんでしょう?」


 キルイの言葉が終わると同時に、轟音が鳴り響く。状況からして、城のどこかが魔族に襲撃されたのは明らかだった。キルイはすぐに、窓から首を引っ込める。


「行きましょう、ヴァルダさん」


 そう言って窓を離れ、剣を腰に差して準備を始める。ヴァルダも急いで支度すると、ドアを開け、ふたりで部屋を飛び出した。


 騒然とした城内を走り、ふたりは先ほど音がした方へと急ぐ。そのそばへ近づくにつれ、行き交う兵士の数は多くなったが、廊下をふさぐほどではない。ふたりが兵士らの間をすり抜けながら進んでいくと、聞こえる会話から、どうやら謁見えっけんの間に魔族が侵入したと分かった。


「恐らく、そこで勇者の出発式を行っておるのだろう」

「でも勇者は偽物ですからね。すぐにやられちゃいますよ」

「ああ、急がねばな」


 ヴァルダは魔族がどのようにして出発式の情報を知り得たのか気にかかったが、謁見の間にいる者たちの安全の確保が先と、余計な考えを振り払った。


 廊下の突き当りで右へ曲がると、扉のそばに幾人もの兵士たちが見えた。中の様子を窺うばかりで、入って行こうとはしない。


 そこが謁見の間だとすると、兵士たちを追い払うのに難儀しそうだ。ヴァルダがそう思っていると、「中庭が魔族の連れて来たゴブリンに荒らされています!ここは勇者様に任せて、あちらへ向かってください!」と走り寄りながら、キルイが叫んだ。その声を聞いた兵士たちは、我先にとそちらへ向かう。


「うまくいきましたね」


 キルイは笑顔を見せたが、無頓着に策を弄する様子に、「やれやれ、お主が怖く思えてくるぞ」とヴァルダはぼやいた。


 中へ入ると、果たして、そこは謁見の間だった。ヴァルダはキルイに指示し、ふたりで扉を閉め、内側から閂をかける。中にいた者たちの視線は一度、扉の方へ注がれた。しかし、すぐに興味をなくしたように、魔族は玉座の方へ、それ以外の者たちは魔族に目を向ける。


 謁見の間では、中央に立つ偽勇者たちのほか、玉座に国王らしき男が座り、その左右にはエンホサと見知らぬ男が控えていた。勇者が偽物だとバレないよう最低限の人数で行うとエンホサは言っていたが、出発式というにはあまりに寂しい陣容だ。


 招かれざる客である魔族は、玉座と偽勇者たちの間にいた。左手にだけ装着した鉤型の鋭い三本爪が、異様な光沢を帯びている。そして魔族の位置する天井には穴が開き、青空が顔をのぞかせていた。


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