「タスワースというのは、どの者だ」
魔族は静かだが、怒気のこもった声で問いかけた。玉座の右に控えていた男が「ひっ」と小さく叫び声を上げるので、魔族はそちらへ顔を向ける。
「お前か。これのどこが勇者だというのだ」
問われた男は魔族だけでなく、タスワースをよく知る国王とエンホサの視線も集めていた。最初は目を泳がせ黙っていたが、他人のふりはできないとあきらめたのか、おずおずと言葉を返す。
「ど、どこがと言われましても、彼らが我が国の認めた勇者でございます」
「おいタスワース。お前、この魔族と知り合いか?」
顔に怒りを滲ませ、国王は横から詰問する。タスワースは玉座から数歩あとずさりしつつ、魔族の方にも目を配った。
「そんなことはどうでもいい。今はこの偽勇者の話だ」
「何がどうでもよいのだ!……いやまて、偽勇者だと?どういうことだ」
口を挟む魔族に対して国王は怒りをぶつけたが、次の瞬間には困惑の表情を浮かべた。そしてしばしの間、立ち尽くす偽勇者たちを見やったあと、「エンホサ!お前、儂をたばかったのか!」と、今度はエンホサを怒鳴りつける。
それに対し、「いえ、それは、その……」と、エンホサはモジモジするばかり。しかし何気なく魔族の方へ目をやると、はっとした表情を見せる。
「今はそれどころではありません陛下!タスワース大臣は魔族のスパイだったのですぞ。そちらの方が大問題です」
「そうだタスワース。お前、魔族と通じていたのか!」
うまく矛先をタスワースに向けたことで、エンホサは安堵のため息を漏らす。ふたたび標的となったタスワースは、首をぶんぶん横に振る。
「いいえ、私はあんな者、見たこともありません!」
「ではなぜこの魔族が、この時間ここに勇者がいると知って狙ってきたのだ!」
「確かにその男は俺のことを知らんだろう。今までは下級の連絡役としか、やり取りしていなかったのだからな。俺はミラロゼマ。勇者が現れるとの知らせを受け、わざわざ魔王城からやってきたのだ」
みっともないやり取りをするマルズール王国の首脳らに対し、魔族ミラロゼマは穏やかに、自分がやってきた理由を説明した。しかし次の瞬間にはタスワースを睨みつける。
「にもかかわらず、こんな偽物を掴まされるとは、不愉快極まりない。勇者を差し出したあかつきには、お前をこの国の王とする約束があったようだが、今日この場でこの国は終わらせてやる」
「タスワースが王だと!ふざけるのもいい加減にしろ!」
この国を終わらせる、という言葉はすっかり無視して、国王は怒りに震え叫んだ。一方のタスワースは、国王の剣幕に恐怖で震えている。
「いえ、そんなこと……滅相もない。私が王だなんて、一度も望んだことはありません」
あたふたと言い訳をしながら、タスワースは周囲に目をやる。すると、魔族とその背後にいた偽勇者たちに目を留めた。
「陛下。それより、あの魔族をどうにかせねばなりません。こんなときのための勇者ではありませんか」
タスワースは国王の前に進み出て、大仰に進言する。
「確かにそうだ。エンホサ、勇者に早く戦うよう命令するのだ」
ミラロゼマから偽物だと聞かされたにもかかわらず、国王はそれを忘れているような口ぶりだった。「いえ、それは……」とエンホサは口ごもり、その様子を見てタスワースはニヤついている。
「何を考えている。勇者は偽物だと言っているだろう。オレの話を聞いていなかったのか」
「そんなはずはない!勇者は本物だ!魔族の言うことなど信じられるものか!」
苛立つミラロゼマに対し、国王は根拠もなく喚いた。
「あの人たち、何をやってるんですかね」
キルイは要領を得ない国王たちのやり取りに、折れそうなほど首を傾げていた。
「愚かな人間というのは、あそこまで見苦しくなれるということだ。さて、それはそれとして、偽勇者たちを避難させねば」
ヴァルダはつかつかと偽勇者たちのもとへ歩み寄り、難なく謁見の間の入り口近くまで連れてきた。国王らの間の抜けたやり取りを見せられていたせいか、偽勇者たちは思いのほか平然としている。
「しばらくここにいてくれ。外へ出ようとして、魔族を刺激せんようにな」
ヴァルダが忠告すると、三人ともがしっかりとうなずく。それに満足したヴァルダは、キルイのそばへ戻った。
「あの魔族、ひとりで倒せるか?ワシが魔法を使うと、向こうにいる連中や城を傷つけてしまうからな」
ヴァルダが尋ねると、キルイは「分かりました、やってみます」と応じ、剣を抜きながらミラロゼマのもとへ駆けていく。それに気づいたミラロゼマが振り返り飛び退くので、キルイはその手前で立ち止まり、剣を構える。
「お前が勇者の代わりか?」
「代わりではないですけど、ボクが戦います」
問われたキルイは、思案顔でしばらく黙ったあとそう答えた。すると今度は、ミラロゼマが顔をしかめる。ややあって「まあいい」とつぶやくと、臨戦態勢をとった。
「ほう、決闘か。これは面白い」
国王は緊張感なく声を上げた。
しばらくにらみ合いが続いたが、先にしびれを切らしたのはキルイだった。剣を振り上げて斬りつけに行くが、ミラロゼマは差し出した右手で小さく魔法防壁を張り、斬撃を防ぐ。それに驚いていると、ミラロゼマが左手の爪で胸元を掻きに来るが、キルイは地面を蹴って下がり回避した。
「うーむ、なかなか骨のある魔族のようだな。それよりあやつらは何をしておるのだ」
ヴァルダは玉座の方へ目をやり、険しい顔をした。国王は座ったまま動かず、興奮して成り行きを見つめている。エンホサとタスワースは玉座の陰に半身を隠すようにしていた。何かあれば国王が危険にさらされるのだが、かといって、ヴァルダは守りに行く気にもならなかった。
「まあ、なるようにしかならんか」
そうつぶやいて、キルイの方へ視線を戻す。
キルイは何度も斬りかかっていったが、そのたびに魔法防壁でしのがれていた。相手の反撃はうまくかわしていたが、決定打がない。互いの動きは激しいものの、戦況は硬直していた。この状況を打開しようと、キルイは何度目かの攻撃を魔法防壁で防がれたあと、ミラロゼマの腹に蹴りを入れる。しかし、「効かんな」とミラロゼマが前進し襲い掛かるので、爪を避けながら勢いよく後退し、後転しながらヴァルダの近くまでやってきた。
「付け焼き刃では、かえって隙を生むぞ。助けが必要か?」
「いえ、大丈夫です」
息の乱れを整えながら、キルイはミラロゼマに目を向け続けていた。そこへ放たれた魔法をヴァルダが魔法防壁で防ぐと、ミラロゼマは「ちっ」と舌打ちする。
「だったら少し落ち着つくのだ。あの魔法防壁を打ち破って攻撃するのは無理だ」
ヴァルダが忠告するも、「そうですね」とだけ言ってキルイは飛び出していく。
「やれやれ、冷静になれといっておろうに」
呆れながらも、ヴァルダはいつ自分の出番となってもいいように、キルイの戦況に集中した。
相変わらず、キルイは単調な攻撃を繰り返していた。魔法防壁を想定して大振りになり、カウンターのミラロゼマの爪が体をかすめるようになる。そしてついに、服のわき腹部分が切り裂かれ、そこに血がにじんだ。
「キルイ!」
「大丈夫です、やれます」
焦って叫ぶヴァルダに対し、傷を負ったキルイは冷静だった。今すぐ加勢すべきかとヴァルダは構えたが、ミラロゼマの異変に気づき、その考えを押しとどめる。ようやく相手を傷つけたにもかかわらず、ミラロゼマの表情には余裕がない。それがなぜかは、ほどなくしてヴァルダも理解することとなった。