わき腹の傷を押して剣を振るうキルイに対し、ミラロゼマは今まで同様、魔法防壁で対処していたのだが、そのたびに後方へ下がるようになる。それだけキルイの斬撃が、重さと鋭さを増していた。
「くそっ……」
反対にミラロゼマが試みる反撃は鈍重になり、キルイはそれを易々とかわす。そしてついには反撃の隙も与えることなく、剣を振るい続けるだけとなった。
あとは時間の問題だった。ついにキルイは魔法防壁を打ち破り、そのままミラロゼマの出していた右手を斬り裂いた。叫び声こそ上げなかったが、「ぐぁっ……」と押し殺した声を漏らし、ミラロゼマは苦悶の表情で右手を抑える。
「まずい!」
小さく叫ぶと同時に、ヴァルダは杖を構える。ミラロゼマが逃げるつもりだと気づいたからだ。キルイも追いかけるが、それよりはやく謁見の間の壁に近づきながら、ミラロゼマは魔法を放ち、穴をあける。
「悪いが出直させてもらおう」
しかし、それは叶わなかった。ヴァルダが攻撃の魔法を放っていれば、ミラロゼマはその着弾の前に逃げおおせていただろう。しかし、ヴァルダは穴の前に魔法防壁を出現させ、それがミラロゼマの脱出を阻んだ。
「な……」
魔法防壁にぶつかり間の抜けた声を出したミラロゼマは、バランスを崩し数歩あとずさる。そこへキルイが駆け寄ると剣を一閃し、ミラロゼマを絶命させた。
「詰めが甘かったですね」
キルイは恥ずかしそうに笑う。しかしヴァルダの考えは違った。もちろん、一撃をくらわせたあとの油断は褒められたものではない。だが、互角以上と思われた相手をねじ伏せてしまう強さに感服していた。
「いや、よくやった。こやつの守りを正面から突破するとは思わんかった」
ヴァルダは率直にキルイを褒めつつ、「傷は大丈夫か?」と訊き、服をめくり上げる。深くはないが、しっかりと三本の爪痕が刻まれていた。「このくらい大丈夫ですよ」とキルイは意に介さない様子だったが、「エンホサに言って手当させよう」と、ヴァルダは相変わらず玉座のそばにいたエンホサを見やった。
「ゆ……勇者だ。お主こそが勇者だ」
そんな折、国王は喜びに頬を緩め、キルイのもとへ駆け寄ろうとする。しかし、ヴァルダは「陛下」と呼びかけながら、その前に立ちふさがった。
「残念ながら、彼は勇者ではありません。我々はリヴラ王国の勇者パーティに加わるため、旅をしておるのです」
「ボクはヴァルダさんを勇者さんのもとへ送り届けたら、家に帰りますよ」
面倒な説明を省くための言い回しだったが、キルイがわざわざそれを訂正するので、ヴァルダは眉根を寄せた。国王は理解が追いつかず、
「とにかく、我々はリヴラ王国の勇者パーティを追って旅立つ予定です。しかし、城が魔族に襲われたことで、兵士や街の人々は不安を抱えておるでしょう。それを払しょくするため、我々ではなく彼らを勇者として認め、城下の街をパレードさせるのです」
そう言って、ヴァルダは偽勇者たちを指し示した。
「あいつらは偽物ではないか。そんなことをしたら赤っ恥だ」
国王は当然のように困惑した。しかしヴァルダは落ち着き払い、諭すように話を続ける。
「勇者が偽物だと知っている者は、我々以外におりません。城へやってきた魔族を倒したのは彼らだと喧伝すれば、疑う者はいないでしょう。そして彼らが魔王を倒すために旅に出るとしてパレードを行えば、人々は勇者に希望を託し、安心して暮らせるのです。もし本物の勇者を探すのであれば、それからでも遅くはありません」
こうしてヴァルダが国王を説得するのには、やはり、魔族を倒した者として知られることを避ける狙いがあった。ミラロゼマに逃げられそうになり焦ったのもそうだが、できるだけ安全に旅を続けるには、自分たちの存在を知られないことが一番だ。魔王に警戒され、いつ刺客が送られるとも分からないとなっては、旅はままならない。
そうであればこそ、偽勇者たちの存在は好都合だった。彼らが魔族を倒したと、国王からの指示で人々に知らしめれば、疑う者はいないだろう。それが巷間における真実となり、自分たちを魔王の目から隠してくれる。そのために謁見の間の扉を閉め、偽勇者たちを部屋の中に残らせたのだ。
それはタスワースが今後、魔族と接触したとしても、自分たちのことを話させないためでもあった。もし話せば、勇者が偽物だったと認めざるを得なくなり、そんなことをすればどうなるかは、ミラロゼマにきっちり教わったはずだ。そんなことを考えながら、ヴァルダは国王の答えを待った。
「うむ……確かに、今回の騒ぎで皆がパニックを起こして、それを儂のせいにされてはかなわん……」
国王は俯きながら、ぶつぶつと声に出して打算を働かせはじめた。
「よし、偽勇者たちでパレードを行うぞ」
ようやく顔を上げた国王は、そう力強く宣言する。国王の調子のよさに、つい白い目で見てしまうが、それはもちろんヴァルダが望んだとおりの反応だ。
「お主らもそれでよいか?」
「ええ、俺たちがこの国の希望になります」
次にヴァルダが偽勇者たちに向かい尋ねると、こちらはまるで本物の勇者のように決然と返事をする。それもまた調子がいいものだと、ヴァルダはもやっとした気持ちを抱いたのだった。
次に偽勇者たちに向かい、「お主らもそれでよいか?」と尋ねる。すると、「ええ、俺たちがこの国の希望になります」と、こちらはまるで本物の勇者のように決然と返事をする。それもまた調子がいいものだと、ヴァルダはもやっとした気持ちを抱いたのだった。
エンホサが極秘にしていたとはいえ、もとより行う予定だったパレードである。準備はすぐに整えられた。
まず幾人かの兵士が、城門を出て跳ね橋を渡る。すると、城の不穏な様子を察したのだろう、多くの人々が不安げに集まってきた。そこで、城が魔族に襲われたこと、その魔族を勇者たちが倒したこと、勇者たちが魔族討伐の旅に出るため、これからパレードを行うことが告げられた。
集まった人々は歓声を上げ散り散りになり、喜びの波が街中に広がっていく。そして、城門を出たパレードの一団が城下の街の大通りへ進み出ると、熱狂をもって迎え入れられた。先頭は優美に飾られた馬に乗った兵士、そのうしろを偽勇者たちが歩き、さらには楽団の兵士たちが続く。
「こんな特等席から見られてよかったです」
「ああ、壮観だな」
ヴァルダと傷の手当てを受けたキルイは、エンホサとともに、城壁上の回廊からその様子を眺めていた。うしろからではあるが偽勇者たちが練り歩く姿、そして脇に居並ぶ大勢の見物人の興奮を見渡すことができた。
「おふたりのおかげですからね。収まるところに収まってよかったですよ。まあ、このあとどんなお咎めがあるか分かりませんが」
そんなことを言いながらも、エンホサの表情は晴れやかだった。
「お主も大変だな」
ヴァルダが気遣うと、エンホサは「ええ」と自嘲気味に笑う。
「でも、自分の国ですから。ここで生きる人々を守れるよう、できるだけのことはやるつもりです」
そう続けて、いとおしそうにパレードを楽しむ観衆を見下ろした。その様子に、ヴァルダとキルイが顔を見合わせ表情を緩めていると、「それとですね」とエンホサが突然、二人の方へ顔を向けた。
「タスワースのヤツはクビでしょうし、国王も普段の傲慢さから不満が高まっています。これを機に、うまく城内を浄化してみせますよ」
そう言って不気味な笑みを浮かべる。「そ、そうか。頑張れよ」とヴァルダは応援の言葉をかけたものの、エンホサの見せる表情に、軽い恐怖を覚えるのだった。