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第19話 勇者たちとの再会

「昨日はいろいろありましたね」


 キルイは小さくなったマルズール城を振り返り、感慨深げに言った。ヴァルダも足を止め、「そうだな」とうなずく。


 偽勇者たちのパレードを見たあと、エンホサの引き留めにあい、ふたりは城でもう一泊することになった。キルイのケガや疲労を考えれば渡りに船だとありがたく感じたが、当の本人は大通りを見にいきたいと言いだし、案内訳を務めたエンホサはやたらと愚痴をこぼすので、ヴァルダは辟易するばかりだった。


「そう言えば、魔族の乗ってきた翼竜はどこへ行ったんでしょう?」


 ふたたび歩き出しながら、キルイは尋ねた。


「ねぐらへ戻ったんだろう。あれはよく教育されておるからな」

「残念だなあ。あれに乗れば、どこまでもひとっ飛びだったのに」


 キルイは嘆きながら、空を見上げる。澄んだ青空が広がっていたが、もちろんその中に翼竜の姿はない。


「だがそうすると、昨日のような得難い体験をする機会も、すべて失われてしまうことになる。何が幸いするか分からんよ」


 ヴァルダの言葉に「そうですね」と答え、キルイはもう一度だけ、マルズール城の方へ目を向けた。



 その後、ふたりは順調に歩みを進める。通りがかった先で、ヴァルダは弟子だった幾人かの者たちと再会し、昔を懐かしんだ。また、冒険者時代に親交のあった者から、思わぬ歓待を受けることもあった。キルイのケガの経過も良好で、完治までのはやさにヴァルダは驚かされた。


 しかし、勇者パーティに関する情報は得られなかった。聞き込みをするたび、キルイは暗い顔を見せる。それであるときヴァルダは、「勇者殿がたは森の分かれ道で東へ行ったのだろう。港のあるカーフェの町までは、気にせず向かうとしよう」とキルイに告げ、以降は勇者の動向を敢えて探ることはせず、旅を続けた。



 多くの時間を要しはしたが、ふたりはカーフェの町の目前まで近づいてきていた。どんよりと曇った空の下、冷たく吹きつける風には、微かに潮の香りが混じるようになっている。雨が降らないことを願いながら、草原の間の踏みならされた道を進んでいくと、ついに海を背にした町並みが見えてきた。


「あれがカーフェの町ですか?」

「ああ、そうだ」


 キルイは、ようやく見えてきた海と町に気分が高揚したようで、ヴァルダに先んじて歩きはじめる。


「はやく行きましょうよ」

「急がんでも町は逃げんよ。それにこの天気では、時化で船は出せんだろう」


 うしろを向き急かすキルイに、ヴァルダはそう返した。しかし、その後もふたりの距離は広がり続け、キルイがたびたび振り返る。


「ワシはゆっくり行くから、先に行ってかまわんよ」

「じゃあ、海と船を見てますね」


 ヴァルダから許しを得たキルイは、喜び勇んで歩く速度を上げる。その背中はどんどん小さくなっていき、町の中へ吸い込まれていった。


 ずいぶん遅れて町に着いたヴァルダは、入り口にある広場を横切り、住宅街の狭い通りを抜け、まっすぐ船着き場へ向かう。キルイはすぐに見つかった。いつからそうしていたのか分からないが、背中のリュックも降ろさず立ち尽くしたまま、飽きもせず海を眺めている。


「あ、ヴァルダさん」


 近くまでやってきたヴァルダに気づき、キルイは顔を向ける。


「やっぱり船は出ていないみたいですね」


 そう言って、また海を見やった。ヴァルダもそちらへ目を向けると、キルイの言う通り、海には一艘も船が浮かんでいない。しかし、それも無理からぬことだった。ヴァルダが想像していたように海は時化ており、ぐにゃぐにゃと波打っていたかと思ったら、唐突に海面が盛り上がったりしている。船着き場に止めてある船も、海面の上がり下がりに合わせ、落ち着きのない動きをしていた。


「ヴァルダさんの魔法防壁を足場にして、向こう岸まで歩いていけないですかね?」


 海を見たまま、キルイはまた突拍子もないことを言った。


「そんなことをしても、この時化では歩いている間に波にさらわれておしまいだろう。そもそも、対岸まで渡せるほどの魔法防壁を張ることはできんよ」


 ヴァルダが苦笑交じりに答えると、キルイは「だめかあ」と頭を掻いた。


「あんたら、海を渡りたいのかい?」


 背後から声が聞こえ振り返ると、そこには海の男然とした、筋骨たくましい男が近づいてきていた。


「でも、今の時期はだめだ。例年、ひと月くらいの間はこの調子だからな。今やっと半分ってとこだから、あと二週間は船をだせねえ」


 男はふたりの横に並ぶと、腕組みをして海を睨んだ。


「そんなにですか」


 キルイは驚くとともに、落胆して肩を落とす。しかし、ヴァルダは違った。


「お主の話からすると、二週間ほど前からこの調子ということですかな?」

「ああ、そうだ」


 男はうなずく。


「ということは、ワシらの他にも、海を渡れず留まっている者がおるのではないか?」

「……そうだ、そうですよ!」


 ヴァルダの言葉の意味を理解したのか、キルイはしゃっきりして表情を明るくする。急な変わりように、男は怪訝そうな顔をした。


「ああ。毎年のことなんだが、何人かは知らずにやってきて、町で足止めを食う連中がいるからな。そう言えば、こないだ、魔族が来て騒ぎになってさ。俺はそんときも船の様子を見に来てたし、魔族なんておっかねえから、そっちには近づかなかったんだけどよ。聞くところによると、船が出るのを待ってる連中が退治してくれたらしいぜ。そいつらがいなかったらと思うとゾッとするよ」


 その話を聞いて、ふたりは顔を見合わせた。


「勇者さんたちじゃないですか?」

「ああ、おそらくな」


 ヴァルダは男の方に向き直る。


「その者たちがどこにおるか分からんか」

「宿屋じゃないか?他にどこにも行ってなければな」


 ふたりは男に礼を言い、宿屋へ向かった。



「ああ、あの人たちね。ほんとに格好よかったよ。やってきた魔族をばったばったと倒して。それなのに、自分たちがいたから魔族が来たんだって言って、ここから出て行こうとするんだ。そんな必要はないって押しとどめるのに苦労したよ」


 宿泊の手続きをしながら魔族の件についてヴァルダが水を向けると、宿屋の主人は興奮気味にそう語った。


「ここにいるみたいですね」

「ああ、そうだな」


 小声で話をしていると、「どうかされました?」と宿屋の主人に訊かれたので、ふたりは笑顔でなんでもないと否定した。どの部屋にいるか訊いてもよかったが、勇者たちに心酔している様子の宿屋の主人に、怪しまれるのは避けたい。ヴァルダは悩んだ挙句、宿屋の外で待っていれば、いつかは現れるだろうという結論に至った。しかしそのとき、聞き覚えのある声が耳に入りだす。


「やっぱり悪い予感がするんだよなあ」

「スモルは気にしすぎだよ。こんなところまで追いかけてくるはずないじゃないか」

「でも、できれば一刻も早く、船で魔王城のある大陸へ……」


 話しながら、客室のある二階から降りて来たのは、勇者クルードと、その仲間の魔法使いスモルだった。スモルはヴァルダの姿に目を止め、思わず階段を踏み外してクルードに支えられる。


「や、やっぱりいたぁ!」


 スモルは態勢を立て直しながら、ヴァルダを指差し叫んだ。宿屋の主人は驚いて目を見開く。


「そんな大声を出したら迷惑だろう。慎みなさい」

「誰のせいだと思ってるんですか」


 ヴァルダがたしなめると、スモルは不愉快げにそう言って居ずまいを正す。


「じゃあ、あの人たちが?」


 キルイの問いかけに、ヴァルダは首肯する。


「ああ、勇者殿とその仲間のスモルだ。もうひとりの姿は見えんがな」

「リステなら市場の方へ出てますよ」


 クルードが穏やかに伝えた。そして怪訝そうにヴァルダのそばに控える少年を見つめる。


「そちらの子は……」

「キルイだ。ワシのここまでの旅を手助けしてもらっている」


 ヴァルダが答えると、キルイは笑顔で「はじめまして」と挨拶した。その様子を見て、スモルは眉をひそめる。


「そんな子どもを旅の道連れにしたんですか?信じられませんよ」

「なら勝負してみるか?お前など一瞬で斬り刻まれるぞ」


 ヴァルダはそう言いながら一歩下がり、キルイを押し出すような動きをする。それを見たスモルはうろたえ、クルードのうしろにあとずさった。クルードは戸惑ったような顔でスモルを見たが、すぐに穏やかな表情でヴァルダらに向き直り、「よかったらエールでもどうです?」と誘う。ヴァルダはそれを容れ、四人は宿屋に併設された食堂に移動した。


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