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第22話 翼竜のいる場所へ

 翌朝まだ暗いうちに宿屋を出ると、ふたりはカーフェの町をあとにした。すると、直後にキルイがキョキョロしはじめる。


「どうしたのだ?」

「先日、勇者さんたちが魔族と戦ったのって、こっちの方ですよね。後始末していないなら、しないとと思って」


 しかし、あたりに魔族の死体は転がっていなかった。「町の者が片付けたのかもしれんな」ヴァルダがそう言っても、まだ草むらの中を探しながら遠く離れていく。結局、海沿いまで見にいき、それでようやくキルイは満足したように、「大丈夫そうですね」と戻ってきた。


 カーフェの町から南へ伸びる陸地は、延々と緩やかな上りが続いていた。その終わりは遠く、かなり上の方でかすんでいる。道と呼べるものはなく、生い茂る草を踏み分けながらを進めていくしかなかった。


「この先に翼竜のいる場所があるんですよね。なんだか信じられないんですが」


 キルイは目を細めて坂の上を見つめる。


「かなり近づいても分からんからな。ここからでは、どう頑張っても見えやせんよ」


 ヴァルダがそう言うので、キルイは目を細めるのをやめた。そして背負ったリュックの隙間に手を入れて、昨日買ったパンを取り出し、口の中に入れる。


「あの向こうは急な斜面になっていてな。そこを降りたところに翼竜がいるのだ」

「そうなんですね。ヴァルダさんは、どうやってそのこと知ったんですか?」


 キルイは尋ねながら、もうひとつパンを取り出して食べる。


「あのときはロアが、陸地の向こうに翼竜が下りていくのが見えたから行きたいとうるさくてな。仕方なく付き合わされたのだ」


 ヴァルダは当時のことを思い出しながらぼやいた。


「最初は世話する魔族に見つからんよう、遠くから眺めていたんだがな。ロアが翼竜に乗りたいと言い出して、止める間もなく下りていってしまったのだ。交渉している間に、持っていたパンを全部、魔族にやってしまってな。他にあまり食料を持っていなかったから、帰りの道はひもじい思いをしたものだ」

「今回はパン以外にも、いろいろ買ったから大丈夫ですね」


 キルイはヴァルダに笑顔を向けて、またリュックからパンを取り出した。


「それで、翼竜には乗れたんですよね?」

「ああ。だがロアだけだ。ワシは気が引けて乗らんかった」

「じゃあ今回、はじめて乗るんですね」


 キルイにそう言われ、本当はただ怖くて翼竜に乗らなかったヴァルダは、つい不安になるのだった。



 町を出て三日目にもなると、草は地面を這う程度になり、土が露出した場所が徐々に増えてきた。海沿いの断崖は高さを増しており、キルイはわざわざ走って崖端がけばたまで行き下を眺め、また戻ったりしている。


「翼竜の世話をしているのって、魔族なんですよね。倒してしまおうと思わなかったんですか?」


 不穏なことを言うので、ヴァルダは思わずキルイを見た。それでもニコニコしながら、「ヴァルダさんなら、そうするかもって」とダメを押す。ヴァルダはキルイの言い草に呆れたものの、決して的外れでもないので苦い顔をした。


「考えなくもなかったが、翼竜の拠点は大陸ごとにいくつもあるからな。ひとつ潰したところで、あまり意味はない。それに世話をしている魔族は、今まで戦った者たちとは違い、体が小さく、おとなしい性質のようだった。そうでなかったら、ロアが翼竜に乗せてほしいと出て行った時点で、戦闘になっていただろう。だから、手を下すことはしなかった。ロアも同じ考えだったしな」

「そうだったんですね」


 キルイはそう言って、リュックからパンを取り出して食べた。カーフェの町を出てから何度そのしぐさを見ただろうと思い、ヴァルダは眉根を寄せる。


「あまりパンを食べ過ぎるでないぞ。魔族にやる分を残しておかねばならんからな」

「え?あ、そうですね。分かりました」


 ヴァルダの忠告に、キルイはまるで、自分がパンを食べていることに気づいていなかったような驚きを見せた。



 そうして四日目の昼ごろには、南の陸地の終わり近くまでやってきた。それでもまだ、視認できる地面の先に何かがあるようには見えない。相変わらず雲は日差しひとつ地上に漏らさず、海はそれが不満であるかのように荒れていた。


「本当にあの向こうに翼竜がいるんですか?」

「ああ、そろそろ見えるはずだ」


 疑わしげに尋ねるキルイに対して、ヴァルダはそう断言する。それで気がはやったのか、キルイは「ちょっと見てきます」と駆けていこうとした。しかし数歩進んだだけで、「あっ!」と声を上げ、口を抑えてしゃがむ。ヴァルダもそれを見て、杖を倒して身をかがめ、そばへ歩み寄った。


「見えたか?」

「はい。翼竜が何体も。そのそばに、たぶんですけど魔族がいました」


 キルイはまだ手を口元にやったまま、くぐもった声で話した。


「どうしましょう。気づかれましたかね」

「まだ距離はあるし、下は波の音が大きいだろうから、お主の声が届いたとも限らん。近づいて様子を見てみよう」


 ヴァルダは杖を横に持ち身をかがめ、陸地の端の方へと近づく。キルイもそれに続いた。足もとは土から、凹凸のある岩肌へと変わる。そのころには、さらに身を低くし、最後には四つん這いになって進み、いよいよ陸地の先端までやってきた。


「よいか。注意して覗くのだぞ」

「分かりました」


 ふたりで岩肌の地面から顔を出し、下を覗く。するとそこには、見上げる二つの目があった。


「わ……人間、人間だあ!」


 それは魔族だった。ヴァルダの記憶にあったとおり、今まで戦った魔族より体が小さく、ずんぐりしている。


「ごめん、脅かすつもりじゃなかったんだ」


 キルイは飛び出して追いかけたが、魔族は滑り落ちるように、急な斜面からいびつに突き出た岩を足場に下っていく。その先では、異変に気づいた魔族たちが蜂の巣をつついたように騒ぎ、何体かは翼竜に乗って飛び立ち、乗れなかった者たちは隅の方で身を寄せ合っている。


 ヴァルダも降りられそうな場所を探して、ゆっくりとキルイのあとを追いかけた。キルイは時折バランスを崩しながらも、どうにか斜面からの転落は避け、逃げる魔族の背中を追いかける。その魔族は、広く平らな場所まで下りると左へ折れ、斜面側から張り出した岩壁のそばで身を寄せ合う仲間のもとへ駆けこもうとした。が、その直前、蜘蛛の子を散らすように他の魔族は離れていく。そして、その場でひとり、壁を背にキルイに追い詰められてしまった。


「あ、あの……殺さないで」


 魔族は壁に張り付き、ふるふると震えながら懇願する。


「そんなことしないよ。ボクはキルイ。海の向こうへ渡りたいから、翼竜に乗せてもらえないかお願いに来たんだ」

「え、そうなの?」


 笑顔で話しかけるキルイに、魔族は少し警戒を解き、壁から背中を離す。しかし首を横に振った。


「僕はプレスモだよ。でも、だめだ。翼竜には乗せられない。そんなことして見つかったら、大変なことになっちゃう」

「五十年前に、ここで翼竜に乗せてもらった者がおっただろう。今はダメなのか?」


 ようやく追いついてきたヴァルダがそう問いかけると、プレスモはまた壁に張り付く。

「大丈夫。この人はボクの仲間だから」


 そうキルイがなだめると、緊張した面持ちながらもプレスモはその理由を話しはじめた。


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