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第23話 戦う魔族と平和な魔族

「魔王様が復活してから、トルバ魔族が翼竜を使うために、ここによく出入りするようになったんだ」

「トルバ魔族?」


 聞き慣れぬ言葉にキルイが聞き返すと、プレスモはおどおどしながら答える。


「えっと、僕たちスピ魔族とは、同じ魔族でも違うんだ。人間なんかと戦うのがトルバ魔族で、翼竜の世話をしたりするのがスピ魔族。人間に手を貸したって分かったら、トルバ魔族に殺されちゃうよ」

「でも、少し前に町へ行ったトルバ魔族たちは、みんな勇者にやられちゃったでしょ?」


 キルイがそう訊くと、プレスモは「うん、そうだけど……」ともじもじする。


「まだガロールがいるんだ。だからダメだよ」


 プレスモはキルイから目を背けるように俯く。


「ガロールもトルバ魔族なの?」

「うん。嫌なやつなんだ。自分は連絡役だって言って戦わずに、ここを拠点にあっちこっち飛び回ってるだけ。そのくせ、すごく偉そうにしてさ。部屋を用意しろとか、食べ物を持ってこいとか。今は翼竜でどこかへ行ってるけど、すぐ戻ってくるかもしれない」


 暗く沈んだ声で話し終え、プレスモは海の方を見た。そこでは、先ほど仲間のスピ魔族が逃げるように飛び乗っていった翼竜が、低い場所で旋回している。口を挟んでまた脅かしてはよくないと黙っていたヴァルダも、そちらへ目をやる。しかし、あれに乗るのかと思うと恐怖心が頭をもたげてきたので、キルイらに視線を戻した。


「じゃあ、ガロールを倒したら、翼竜に乗せてくれる?」


 そう訊かれ、プレスモは「え?」と目を丸くしてキルイを見上げる。やはり黙っていたが、ヴァルダもその提案に賛成だった。


「倒せるの?」

「うん。前に戦ったミラロゼマって魔族が、連絡役は下級だって言ってたからね。ボクたちなら楽勝だよ」


 キルイが自信に満ちた笑顔を向けると、プレスモは「うーん」と考え込みながら、おもむろに左右にいる仲間の方を見た。スピ魔族たちは離れた両側で身を寄せ合いながら、プレスモに視線を注いでいる。


「みんなと相談してもいいかな。僕ひとりじゃ決められない」

「わかった。ここにいるから、話がまとまったら教えてよ」


 そうしてプレスモを行かせようとするキルイに、「パンを渡してやってくれ」とヴァルダは耳打ちする。


「あ、ちょっと待って。これ、みんなで食べてよ」


 言われたキルイはプレスモを呼び止め、リュックから紙袋を取り出して渡した。


「わっ、パンだ。ずいぶん前に人間からもらって食べたことあるよ」


 受け取った紙袋の中を見て、プレスモは嬉しそうに言った。


「それ、ボクのじいちゃんなんだ。この人は、そのとき、じいちゃんと一緒にいたんだよ」

「そうなの?」


 キルイの打ち明けに、プレスモは驚きの声を上げる。


「うん。そのときは翼竜に乗せてあげたんだよね。ボクたちのことも頼むよ」

「……あんまり期待しないでね」


 責任を負うのを嫌がるように目を伏せ、プレスモは海側の仲間のもとへばたばたと走って行った。少しすると、その輪の中から一体が飛び出していき、斜面の側にいたスピ魔族たちを呼びにいく。翼竜で飛んでいた者たちも下りて来て、ついにはひとかたまりになった。


 プレスモが話をしているようだったが、ヴァルダには何を言っているのか聞き取れなかった。そのうちプレスモが紙袋を掲げると、わっと他のスピ魔族たちがプレスモめがけて密集する。その後は議論が交わされているようだったが、ややあって、うなだれたプレスモがふたりの方へ向かってきた。


「ダメだったんですかね」

「うーむ……」


 翼竜に乗りたくはないが、乗せてもらえないのは困る。ヴァルダはそんな心境だったが、プレスモが近づいてきたのは別の理由だった。


「あの、パンってまだある?」


 ふたりして拍子抜けしたが、キルイはすぐに別の紙袋を渡してやった。プレスモは喜んで仲間のもとへ戻り、また仲間たちに詰め寄られている。


「たくさん買ってきておいてよかったですね」


 そんな様子を眺めながら、キルイは言った。

 次にプレスモがヴァルダらのそばへ来たときには、きちんと結論をたずさえていた。


「ガロールを倒してくれたら、翼竜で海の向こうまでふたりを届けるよ」


 それを聞いて「ありがとう」とキルイは喜び、ヴァルダは安堵した。


 スピ魔族たちは依然として、突然やってきたふたりの人間を気にしていたが、時折、視線を送る程度で、日常に戻りつつあった。翼竜の世話をする者や、乗って飛行する者もいれば、何もせずくつろいでいる者もいる。しかし、手持ち無沙汰でスピ魔族のねぐらを見て回るヴァルダとキルイが近くへ来ると、緊張を帯びるのだった。


「このような場所での生活は大変だろう」


 ヴァルダは下りて来た斜面の方へ目をやりながら訊く。そこには穿うがたれたような穴がいくつも空いていて、スピ魔族たちや翼竜の寝床になっているようだった。


「そうでもないよ。潮風が気持ちいいし、食べ物は海で取れるから困らないしね。この時期は曇り続きだけど、晴れてるときは、この下の砂浜へ降りて行ってみんなで日光浴をしたりするんだ」


 砂浜と聞いたキルイは、走りにくい足もとを気にしながら、海の方へ駆けていく。


「ほんとだ。ちっちゃいですけど砂浜があります」


 下を覗きながらそう言うと、すぐに戻ってきた。


「潮が満ちてくるとなくなっちゃうから、日光浴してみんな寝ちゃうと、大変なことになるんだけどね」


 プレスモはそう言って笑ったが、すぐに表情を曇らせる。


「ガロールがくるまでは、みんなで楽しく暮らしていたんだ。他のトルバ魔族は翼竜を使いたいだけだから、ここに長居しないんだけど。でもガロールは違って、暇さえあれば……」


 プレスモはガロールに対する愚痴を途中でやめ、右の方へ目を瞠る。視線の先にある陸地の陰から、翼竜が飛び出してきていた。その背には、いかにもふてぶてしい、いかつい魔族が乗っていた。


「ここはワシが対処しよう。お主はガロールとやらが、こちらへ向かってきたら戦えるよう心してくれ」


 ヴァルダがそう伝えると、キルイは「分かりました」とうなずく。それは、足場の悪さを考えてのことだった。歩く程度には問題ないが、剣で戦うには不向きだろうと判断し、ヴァルダは自分が戦うことにしたのだ。


 翼竜は三人の前方に着地し、その背中からガロールが飛び降りた。仁王立ちでヴァルダとキルイを見ると、あごをあげて顔をしかめる。


「おい、なんで人間なんかがいるんだ?」


 そう言いながら、脇にいるスピ魔族たちを睨みつける。スピ魔族たちはみな一様に震え、プレスモも同じだった。


 しかしヴァルダは泰然としていた。考えていたのは、今、魔法でガロールを攻撃してしまえば、翼竜も巻き込んでしまう。そうすると、ガロールを倒したとてスピ魔族たちに悪感情を抱かれてしまう恐れがある。そのことだけだった。


 仁王立ちのまま動かないガロールに、はやく翼竜のそばから離れてくれないかとヴァルダは待っていた。


「ガ、ガロール様ぁ~!」


 なにか挑発するようなことを言って、ガロールが動くよう仕向けるかとヴァルダが考えはじめたころ、スピ魔族の一体が、ガロールに向かって飛び出していく。このままガロールのそばまで行かれてしまっては、魔法を使った際に翼竜はおろか、このスピ魔族も巻き込んでしまう。そんな心配をよそに、他の者たちも続々とガロールに駆け寄ろうとしていた。


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