「ヴァルダさん!」
「大丈夫だ!」
心配するキルイの声に返し、杖を頼りに膝をつくにとどめた。傷はさほど深くない。ヴァルダは自分を奮いたたせながら立ち上がる。
「なかなか効いたぞ」
弾き飛ばされた魔王は、笑いながら跳ね起きた。あれだけ無防備な状態で攻撃しても、平気な顔をして立ち上がってくるか。さすがは魔王、それでこそ倒しがいがあるというものだ。
ヴァルダがそう考えている間にも、キルイは魔王に対して斬りつけに行く。キルイのスピードが上がったのか、魔王にヴァルダの魔法のダメージがあるのか、キルイの攻めが優勢になり、時折、剣先が魔王の体をかすめる。それでも剣が交わった際に、魔王が力でキルイを弾き飛ばし、そこへ魔法を撃ち込んだ。
すると、またしても魔王は、ヴァルダの方へ向かってきた。それに応じるようにヴァルダは魔法を放つが、魔王は魔法防壁で防ぎながら勢いを落とさず走り寄る。ヴァルダはまた剣で斬りつけてくるつもりかと魔法防壁を張ったが、魔王はそのまま突進してヴァルダを突き飛ばした。そのまま壁にしたたか打ちつけられ、全身が砕けたかと思うほどの痛みが走った。
「うぐっ……」
うめきながら、どうにか体を起こそうとするが、うまく力が入らない。そこへ剣を振り下ろそうとする魔王に対し、キルイが斬りかかる。
「甘いわ」
魔王は振り返ると魔法を放ち、キルイを吹き飛ばした。
「いいだろう。そう死に急ぐのであれば、まずはお前からだ」
魔王は倒れたキルイのもとへ歩み寄り、剣を振り上げた。ヴァルダは魔法を使うために体を起こしにかかるが、間に合いそうにない。もうダメかと諦めかけたとき、魔王の背中へ、魔法が着弾した。不意のことに魔王はつんのめったが、踏ん張って態勢を立て直す。
魔法を放ったのはピーリだった。いまだ震えており、振り返った魔王に睨まれ、その震えはより大きくなる。そのとき、目を離した魔王に対して、キルイが飛び起きて攻撃を仕掛けたが、魔王はそれを払いのけるようにして、壁に叩きつけた。
「ふざけおって。おとなしくしておれば、贖罪の機会を与えてやったものを」
どしどしと怒りを地面にたたきつけるように、魔王は一歩一歩ピーリに近づく。ピーリは
「ま、魔王様、申し訳ありません」
ピーリの震える声が聞こえる。
「ですが私は、ドラスリーベの町の人々とともに生きていきたいのです」
すると魔王の足元が光り出した。
「なんだと」
魔王の上げた驚きの声は、ピーリの言葉に対してか、足元の陣形魔法に対してか。ヴァルダがそう考えている間に、破壊の光が立ちのぼり魔王の体を包んだ。しかし魔王は、身じろぎひとつせずピーリの陣形魔法に耐え、しばらくすると光は消え去った。
「度胸だけは褒めてやろう」
魔王の言葉には、猛烈な怒りが滲んでいた。
「やはりだめでしたか」
対照的にピーリは諦念を示す。しかし、その声はもう震えていなかった。
「でも、時間稼ぎにはなりました」
「なに?」
魔王の言う通り、ピーリの度胸は賞賛すべきものであり、ヴァルダがそれを意気に感じないはずがない。すでにキルイとともに立ち上がっていた。驚き振り返る魔王対し、ヴァルダが渾身の魔法を叩き込み、キルイが飛び掛かって魔王を袈裟斬りにした。魔王はそのまま仰向けに倒れる。やったかと思った瞬間、魔王ははじかれたように起き上がり吠えた。
「クソどもがぁ!もう生かしておけ……」
しかし言葉を終える前に、魔王は再び床に仰向けになる。勝負は意外な形で決着した。ピーリが魔法で眠らせたのだ。そこへヴァルダとキルイは近づき、魔王を見下ろした。
「よく寝てますね」
キルイは剣の先で、魔王の体をあちこちつついた。
「どうしましょう。ちょっと卑怯な気はしますが、このまま倒してしまいますか?」
キルイの問いかけに、ヴァルダは「そうだな……」とピーリを見る。魔王を倒してしまうべきか否か。ピーリが魔王を眠らせていたと聞いてから、そのことについてずっと考えていたが、答えは出なかった。結局はピーリがどちらを選ぶかだろう。
そう思っていると、キルイはヴァルダの、そうだな、という言葉を肯定ととったのか、剣を構えて斬りつけようとしていた。それに気づいたヴァルダは、慌ててキルイを制止する。
「ああ、少し待ってくれ。魔王をどうするかは、ピーリに確認せねばと思っておったのだ」
すんでのところでキルイは剣を下ろしたが、ピーリは決然とヴァルダに視線を向ける。
「私はもう、魔王様のもとを離れ、ドラスリーベの町の一員として生きていきたいのです。ですので、このまま倒していただいて構いません」
ピーリの反応はもっともだった。しかし自分の考えを伝え、そのうえで判断してもらっても遅くはないだろうと、ヴァルダは話しはじめる。
「それは分かる。しかし、そうすると新たな魔王が誕生し、力を蓄えたのちに再び人間と争うことになろう。恐らく、お主が生きておる間にな。そのとき町の者がどんな反応を示すかは、先日、身をもって知ったはずだ」
「ええ」
崩壊した町でのことを思い出したのか、険しい顔でピーリはうなずく。
「一方で、もし魔王を眠らせ続けられるなら、魔族と人間の争いは起こらず、町の者たちとの関係を心配する必要はなくなる。それで、魔王を倒さないという選択肢もあるのではないかと思っておったのだ」
ヴァルダの話を聞き、ピーリはあごに手をあてて考えはじめる。
「なるほど。町の人々と生きるといっても、あんなごみごみしたところで一日中過ごすのは嫌ですから、以前のように森の小屋に住むつもりでした。ですので、魔王様を眠らせる手間は大してかかりませんし、それで新たな魔王様がいつ人間に牙をむくかとびくびくしなくて済むなら、そちらのほうがいいですね。魔王様が全快したあとの側近の方に対する言い訳は、いろいろ考えておくことにしましょう」
先ほどまで熱っぽかったピーリが急に冷静な判断をしはじめたので、ヴァルダは思わず眉根を寄せた。そんな折、横にいたキルイが突然、剣を構える。
「せっかくですから、回復に時間がかかるように、あちこち傷つけておきましょう。ピーリさんも、もし魔王が全快しそうになったら、こうすればいいんですよ」
そう言って、眠っている魔王の体に剣で斬りつけはじめた。
「お、おい。やりすぎるなよ」
「大丈夫ですよ。魔王がそう簡単に死ぬはずないでしょうから」
ヴァルダが戸惑いながら声をかけても、キルイは謎の自信で、魔王をさらに痛めつけていく。
「あ、あの、そろそろよいのではないかと……」
ピーリが控えめに制止するが、結局キルイは満足いくまで眠る魔王を攻撃して、ようやく剣を収めた。ズタズタにされた魔王を、ピーリは戸惑いながら抱え上げる。
「で、では私は、側近の方とお会いしてきます。以前のように、魔王様を森で眠らせる役目を任されたら戻ってきますので、おふたりはしばらく、ここにいてください」
言い終わるとピーリが背を向けて行こうとするので、「待ってくれ」とヴァルダは呼び止めた。
「すまんが魔王が誰にやられたか聞かれても、ワシらのことは言わんでくれ。そうだな、マルズール王国の勇者たちがやってきて、魔王に深手を負わせたことにすればいい」
「分かりました。そうします」
ピーリはそう答えると、改めて玉座のうしろへと歩いていき、階段の中へ姿を消した。
「なんでそんな嘘をつくんですか?」
キルイは不思議そうに首を傾げる。