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第37話 残った火種のようなもの

「ん?ワシらが魔王を追い込んだと知れれば、お主が勇者ということになるが、その方がよかったか?」


 キルイの性格からすると、平和が訪れたあとの世界で、勇者という称号に縛られ生きるのは窮屈だろう。ヴァルダはそう考えていたが、キルイは「ボクが勇者ですか?」と目をしばたたかせた。それが驚きながらも喜んでいるようだったので、ヴァルダは慌てて勇者の大変さをまくしたてる。


「だがそうなると、いろいろ面倒だぞ。お主の一挙手一投足が注目されるようになり、自分の国に迎え入れようと方々から使節がやってくる。落ち着いて生活できなくなるが、その方がよかったか?」

「それは嫌ですね」


 キルイが顔をしかめるので、ヴァルダはほっと胸をなでおろした。すると不意に、胸の痛みが鋭くなったように感じ、思わず手を当てる。魔王につけられた傷からは今も血が流れ出ており、それがべたりと手についた。


「すまんが傷の手当てをしてくれんか。どうも痛みがひどくてな」 

「そうですね、忘れてました」


 ヴァルダの求めに応じ、キルイは走って玉座の裏へと消えていく。その間にゆっくり壁際まで歩き、腰を下ろして壁に背を持たせかけた。


 戦いが終わったことで、体中の痛みは明らかに強くなっている。それでも魔王と戦い、曲がりなりにも勝利を収めたことは、ヴァルダにこの上ない充実感をもたらしていた。長年の夢が叶ったと言っていいかは分からない。しかし、ここまで旅を続けてきたのは間違いではなかったという確信に満ちていた。


 リュックを持って戻ってきたキルイは、すぐにヴァルダの傷の処置をはじめた。手当てを受けながら、ヴァルダはキルイも傷だらけであることに気づく。あれだけ激しい戦いだったのだ。当然と言えば当然だったが、キルイへの心配や感謝を忘れて満足感に浸っていたことが恥ずかしくなり、思わず自嘲気味な笑みを浮かべた。


「どうしたんです?」


 ヴァルダのそんな様子を妙に思ったのか、手当てをしながらキルイが訊いた。


「いや、何でもない。終わったら、お主の手当てをしよう」

「ボクは大丈夫ですよ。大きな傷はありませんから」


 キルイはそう言って笑い、手当てが終わると道具をリュックの中へ戻した。


 だだっ広い魔王城の玉座の間で、すべきことは何もなかった。依然として疲労と痛みのあるヴァルダは、壁を背に座ったままでいる。キルイは魔王の玉座を見たり、壁や窓の意匠を眺めたりしていたが、すぐに飽きたようだった。


「あと、どれくらい待てばいいんですかね?」


 玉座下の階段に座り、キルイは退屈そうに尋ねる。


「どうだろう。魔王を森まで運んでいるとすると、かなりかかるかもしれんな。腹が減る前に戻ってくるといいが」

「僕はもう、お腹が空いてますよ」


 キルイそう言って笑うと、リュックから携行食を取り出して食べ始めた。呑気なものだ。これではまるで、魔王城へピクニックに来たみたいではないか。ヴァルダはそんなことを考えたが、次第にうとうとして目を開けていられなくなり、深い眠りに落ちていった。



 目が覚めると、見慣れた三人組がいた。リヴラ王国に勇者と認められた者のパーティだ。


「気がつきましたか?けがをしているようですが、大丈夫ですか?」


 声をかけてきたのは、精霊の加護を持つクルードだった。ヴァルダは「ああ」と、まだぼやけた頭を働かせながら、差し出された手を掴んで立ち上がる。


「ここへ来てみたら、ふたりとも眠っていたので驚きましたよ」


 クルードからそう聞かされたが、キルイは何事もなかったかのようにピンピンしていた。


「結構長い時間、眠っちゃってたみたいです」


 そう言いながら、ヴァルダに近づいてくる。意識のはっきりしたヴァルダはそんなキルイを引き寄せ、「なにか聞かれたか?」と小声で訊いた。


「いいえ、僕もまだ起きたばかりです」


 その答えにヴァルダはほっとする。


「よいか。ピーリのことを言ってはいかんぞ。ワシらはまだケガが痛むから残ると言って、クルードたちには、早く帰ってもらうことにしよう」

「分かりました」


 話が終わり、ヴァルダがクルードたちに目をやると、そろって怪訝そうな目を向けていた。


「それで、魔王は倒せたんですか?どこにもいないようですが」


 スモルは空席となった玉座に目をやりながら訊いた。


「いや、それがだな……あと少しのところで、突然、眠らされてしまってな」


 ヴァルダが言いにくそうに答えると、リステは顔色を変える。


「その話はしてやっただろう!眠っていたからまさかとは思ったが、お前たち、私と同じ失敗を犯したというのか!」


 リステの剣幕に、ヴァルダ以外の三人は唖然とする。しかしヴァルダにはその気持ちがよく分かった。自分が倒すべく追い求めてきた相手を横取りされた挙句、同じ轍を踏んで逃げられてしまったのだ。怒るのも当然だろう。ここは切に謝るしかない。そう思い、ヴァルダが頭を下げようとしたときだった。


「あの、これには事情があるんです」

「これ、やめんか」


 キルイが言い訳がましく口ごたえするので、ヴァルダはそれを咎める。


「事情とはなんだ。お前たちの勝手な事情で、また魔王の脅威は消えぬまま、どこかに行ってしまったのだぞ」

「いえ、場所は分かっています。見に行きましたから」


 問い詰めるリステに対するキルイの返事を聞いて、ヴァルダは片手で顔を覆う。リステはそんなヴァルダを睨みつけた。


「話してもらおうか」

「ああ、分かった。仕方がない」


 ヴァルダはひとつため息をつくと、魔王を倒さなかった経緯について、手短かに話した。その中で、結局ピーリのことも触れざるを得なかった。ヴァルダの話を聞き終えたリステは、それらのことについて熟慮するように黙ったあと、静かに口を開いた。


「お前たちの判断を否定する気はない。だが、そのピーリという者は本当に信用できるのか?魔王が回復したら、すぐ復活させるのではないだろうな」

「そんなことはないですよ。一緒に魔王と戦ってくれましたし、前回も無理やり魔王の眠る期間を延ばしていたんですから」

「なに?」


 キルイの言葉に、リステはまた表情を曇らせ、ヴァルダはいよいよ頭を抱えた。


「二百年もの間、私が魔王の復活に備えねばならなかったのは、そいつが妨げていからなのか?」

「え?えーと、そういうことになりますかね……」


 キルイは助けを求めるようにヴァルダの方を見る。


「お待たせしました。もう大丈夫ですので、城から出ましょう」


 そんな折、玉座のうしろからピーリが現れた。声の明るさから、側近とうまく話がつき、魔王の面倒を看ることになったのだろうとヴァルダには想像できたが、あまりにも間が悪い。ヴァルダとキルイだけでなく、魔族と見て反射的に警戒するクルードとスモル、そしてリステの鋭い睨みにお出迎えされることとなった。


「あの、そちらの方々は……」


 不安げにピーリはヴァルダを見る。しかしヴァルダが答える前に、リステが厳しい口調で話しかける。


「お前がピーリだな」

「え?あ、はい」


 突然、名を問いただされ、ピーリは不安げな表情を浮かべる。


「聞いたぞ。お前が二百年前、私たちを眠らせ、魔王を助けたのだとな」

「そ、それは……」


 ピーリが口ごもりながら後ずさるので、「リステ、あまり責めちゃだめだよ」とクルードがなだめる。リステは分かったと手で合図をしたが、その口調は変わらない。


「覚えていないか?まあ、それはいい。お前がまた魔王を眠らせることにしたそうだな。どういうつもりだ」


 問われたピーリは先ほどまでと態度を一変し、決然とリステを見据えた。


「私は、ドラスリーベの町の人々とともに生きていきたい、それだけです。魔王様が眠ったままでいれば、魔族による脅威はなく、平和に暮らすことができますから。それは、魔王様が復活するまでの二百年が証明しています」

「そうか、分かった」


 厳しい表情のままながらも、リステがそう言って理解を示したことに、ピーリは安堵した様子を見せた。しかしリステは、続けて意外なことを口にする。


「では、私はお前を見張ることにしよう」

「見張る?」


 キルイが首を傾げるので、リステはそちらへ目をやった。


「言葉の通りだ。私もドラスリーベの町近くで暮らし、ピーリがきちんと役目を果たしているか監視するのだ。もし疑わしい行動が見つかった場合は、どうなるか分かるな?」


 再びリステに睨まれ、ピーリは「は、はい」と何度も首を縦に振った。


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