「ギャウンッ……!!」
鋭く突き上げたステッキの切っ先が、飛び掛かって来た敵の喉を貫く。
ゴボッ。
漆黒の仮面に降りかかる、鮮血の雨。
ギッと奥歯を噛みしめ、ビクビク、痙攣し始めるそいつを草叢に叩きつける。
「……やっと、一段落か」
低く呟き、ヴァロフェスはステッキにこびり付いた血を拭っていた。
と――、牙を突き立てられ、熱を持った右の太股に疼くような痛みが走る。
「全く、情けない」
仮面の下の口元に浮かんだのは、自嘲の微笑み。
「数を頼りに攻めるような輩に手傷を負わされるとはな。まだまだ、私も鍛錬が足りぬということか……」
小さく首を振りながら、ヴァロフェスは打ち倒した連中の上に屈み込む。
スッと手を伸ばし、まだ、辛うじて息のある者の首根っこを引っつかみ、宙に吊るしあげた。
それは悪夢の世界から抜け出て来たかのような、異形だった。
だらん、と力なく垂れ下がる長い尻尾。
黒光りするような毛皮に覆われた、四足の獣の胴体。
しかし、断末魔に醜く歪んだその顔は、明らかに人間のそれだった。耳元まで大きく裂けた口の隙間からは、まるで剃刀のような牙が並んで生えているのが見えた。
「し、死にたくねぇ……」
顔の半分を陥没させた、髭面の男の唇から、血泡とともに掠れた声が漏れ出る。
「死にたくねぇよぉ……」
「黙れ」
憐みを誘うような泣き言にヴァロフェスは冷たく切り捨てる。
「私の質問に答える以外、言葉を発することはまかりならぬ。昔、この森を根城にしていた盗賊どもが大勢、斬首に処されたと聞いた。貴様らのことだな?」
その問いかけに怪物は答えず、狂人そのものの、血走った瞳でヴァロフェスを睨む。
「答えてもらおうか? やつは――、マクバは今、どこにいる?」
「死にたくねぇ、死にたくねぇよぉ……」
憐みを誘うような声ですすり泣く怪物。
チッとヴァロフェスは舌打ちし――、その身体を二つに折り畳んだ。
まるで、毛布の片づけでもするかのような、何気ない仕草で。
ゴボッと怪物の口から吐き出される、異臭を放つ臓物。
「余計な発言は禁じる。そう言ったはずだ」
ボロ雑巾のようになった怪物の死骸をヴァロフェスは地面に投げ捨てていた。
と、その時――
「…………ッ!?」
森の闇を切り裂く、甲高い悲鳴にヴァロフェスは顔をあげる。
それは年若い娘と小さな子どもの悲鳴だった。
ゲラゲラと言う、品のない笑い声がその後を追いかけている……。
「人間がいたか」
ステッキの柄を、トンと肩に乗せながらヴァロフェスは低く唸る。
「面倒だが――、放っておく訳にもいくまいな」