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第六話 出現

「村の人達が卵をたくさん持ってきてくれたんだよ」

 鍋から粥をよそりながら、チコリ婆さんが言った。

「今夜はいつもより豪勢だからね。感謝してお食べ」

「ついでに酒も持って来てくれりゃ最高だったのになぁ」

 モゴモゴ、歯のない口を動かし、村人の健康を神々に祈るチコリ婆さん。

 そんな婆さんを横目で見ながら、アブンがぼやいた。

「どう考えても、俺達、卵百個分は働いてるよなぁ?」

「……同感だな」

「あっしはもう、ヘトヘトでさぁ」

 珍しくアブンの言葉にグレコーとザブが相槌を打つ。

「こらこら、若いモンが情けないことを言うんじゃない」

 匙で卵粥を口に運びながらジョパンニが言った。

「村人の前でそんな話をするんじゃないぞ。あの人達の子どもは、まだ遺体すら見つかっていないんだからな」

 そんな仲間達のやり取りを聞きながら、リリスは空を見上げる。

 春の夜空には、宝石を捲き散らかしたかのように、何千、何万もの美しい星々が明るく瞬いていた。

だが、それを映すリリスの瞳は、暗欝としていた。

今日一日の捜索を終え、芸人達が帰って来たのは、つい先ほどのこと。

 見るも無残な泥まみれの姿で帰って来た彼らから聞かされたのは、リリスが恐れていたことよりも、ある意味、更に悪い報告だった。

 村外れにある湖のほとりで、神隠しにあった子ども達の手掛かりが見つかったのだ。

 湖面に漂う小さな木靴を発見したのは、アブンだった。

 確認を取ったところ、それは最初に姿を消した猟師の息子のものだった。

 帽子やぬいぐるみ、人形、余所行きのドレス……。

 木靴を筆頭に次々、湖面に浮かびあがって来たものは全て、消えた子ども達の持ち物だった。

それらが村人達にもたらした絶望はいかほどのものだったか。

その場に居合わせなかったリリスには、想像することすら恐ろしくてできなかった。

 そして、あの人。ルー夫人。

恐らく、いや、間違いなく、彼女の元にもこの話は報告されているだろう。

 ごめんね、奥様。

 やっぱり、あたしなんかじゃお役に立てなかったよ……。

 何ともやりきれない気持ちになり、リリスは溜め息をついていた。

「――どうした、リリス? さっきから全然、食ってねぇじゃねえか」

「ん。ちょっと、ね……」

 椀を横に置いたリリスの顔をアブンが心配そうに覗き込む。

「お前、育ち盛りなんだからよ。少々、無理してでも食わなきゃだめだぜ?」

「…………」

「さもないと、出るとこも出ないでペッタンコ……」

 ギロッ、と射殺すようなリリスの視線を受け、慌てて顔を背けるアブン。

「と、ところでおやっさん。これからどうするんで?」

「勿論、協力を続けるさ。少なくとも、村人達が諦めないうちはな」

「だけど万が一、村の連中が言うように魔女の仕業だったら……」

「いいかい、アブン」

 溜め息をつき、ジョパンニが言った。

「魔女も悪魔もこの世にはいやしないよ。私は四十年以上、芸人として世界中を旅しているが、そんなものは一度も出会ったことはない」

「えー、そうなの」

 チコリ婆さんの膝の上に乗っていたタックがつまらなさそうに言った。

「僕ね、大きくなったらドラゴンを探しに行こうと思っていたのに。それでね、ドラゴンが守っているお宝、全部、頂いちゃうの」

「もう、この子は!! 滅多なことを言うんじゃないよ」

 孫の後ろ頭をペチンと叩くチコリ婆さん。

そんな二人の様子を微笑ましく思いながら、リリスはふとポケットの中を弄っていた。

固く、ひんやりとした感触が指先に触れる。それは先刻、森のあばら屋で仮面の男――、ヴァロフェスから貰った、小さな石板だった。

 あの人、今頃、何をやってるんだろう……?

「さて――、飯も済んだことだし、そろそろ寝よう」

 パン、と手を叩き、キビキビした声でジョパンニが言った。

「明日はあの湖の底をさらわなきゃならん。早朝、村の人達と広場で合流するぞ」

 うへぇ、とうんざりしたような声を男どもがあげた。



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