笑顔の姉に促され、ダインはしぶしぶしながらも、仮面の旅人――、ヴァロフェスを暖炉の間に通してやる。
「ありがたい」
小さく礼を言い、ヴァロフェスは椅子に腰を下ろした。
それっきり黙り込み、仮面の奥に輝く瞳で、ジッと炉の中で踊る炎を見つめている。
「…………」
「…………」
言葉では言い表せぬような、奇妙な沈黙がそこにあった。
聞こえるものと言えば、暖炉の中で薪がパチパチと爆ぜる音だけだ。
壁に貼り付けられた影絵のように、ただ、そこに佇むヴァロフェス。
その黒々とした姿は、冥府から現れた夢魔のようで、ダインを緊張させた。
と、
「ねぇ、ヴァロフェスさん?」
明るい声で静寂を破ったのは、メルディだった。
「お食事は、本当にいらないの?」
「ああ……」暖炉の炎に視線を向けたまま、ヴァロフェスが答える。
「こうやって身体を休ませて頂くだけで十分だ」
「そう? 遠慮しなくてもいいのに……」
残念そうに言ってメルディは肩をすくめ、一口、スープをすする。
今夜、姉弟の食事はジャガイモ入りのスープだった。
「このお芋はね、弟が稼いでくれたお金で、今朝、お百姓から買ってきたものなの」
「…………」
「うちは鶏を飼って、それでご飯を食べているんだけど――、この寒さのせいか、ほとんど死んじゃった。蓄えもあっという間に底をついちゃって。それで、この子ったら、『一冬分の生活費ぐらい、俺が何とかする』って、毎日、街まで働きに行ってくれているの」
そう言って、メルディは手を伸ばし、ダインの頭をクシャクシャと撫でる。
「姉さん一人だったら、とっくに飢え死にしていたところだわね」
「が、ガキ扱いするなって。俺、もう、十歳だぜ?」
慌てて姉の手から逃れ――、ダインはもう一度、ヴァロフェスに警戒の眼差しを向ける。
と、視線が鉢合わせした。仮面の目孔からのぞく、ヴァロフェスの青い瞳は美しく澄んでいたが、研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。
「…………」
その全てを見透かすかのような眼差しに、気圧され、思わずダインは顔を反らしていた。