ダインが、この『宝物』を手に入れたのは、ほんの数日前のこと。
姉と自分の食い扶持を稼ぐため、近くの街に出稼ぎに行った帰り道だった。
もっとも、ダインのような子どもに任せてもらえる仕事など殆どなかった。
時折、使い走り程度の仕事をくれる人はいても、その報酬は微々たるもので、とてもではないが冬の備えには足らなかった。
その日も夜明けから日暮れまで、街の中を散々、走り回った。
しかし、得られたのは、やはり、雀の涙ほどの日銭。
ヘトヘトに疲れた体を引きずり、森を歩きながら、ダインは家で僅かに生き残った鶏達の世話をしながら自分の帰りを待っている、姉のことを思った。
無性に胸が痛み、泣きたくなんかないのに涙があふれて、止まらなかった。
姉ちゃんを守るって、死んだ父ちゃんと母ちゃんに誓ったのに。
俺みたいなチビ、誰も相手にしてくれない。
お前の姉ちゃんが一晩相手してくれるなら銀貨一枚でもくれてやるぞ、と嘲笑った、酒場の男達の吐き気を催すような赤ら顔……。
やつらに向かって飛びかかって行きたい衝動を抑えるのにダインは一苦労だった。
もっとも、そうしたところで怪我を負うのはダインのほうだったろうが。
鬱々とした無力感が重力となって、ダインの小さな身体と心を押し潰そうとしていた。
と――、
「……えっ? 誰?」
ふと、誰かに名前を呼ばれたような気がして、ダインは顔をあげた。
その視線の先には不気味に聳え立つ古い建造物の姿があった。
夕闇に浮かび上がったそれは、石を組上げて造られた古い砦。
屋根が半分ほど崩れ落ちたそれは、ダインやメルディが生まれるずっと昔、戦で捕虜の処刑場として使われたもので、今では幽霊が出没すると言う噂の砦だ。
そんな血生臭い場所に行き着いてしまったことに恐怖を感じなかったわけではない。
しかし、気がつくと不可視の糸に手繰り寄せられるようにして、ダインはその砦に足を踏み入れていた。
当然のように、砦は荒れ果てていた。
風化し、今にも崩れ落ちてきそうな石の壁。
抉り取られ、湿った土塊が剥き出しになった床。
そして――、ダインが黄金色に輝く兜を見つけたのは、打ち捨てられ、蜘蛛の巣と埃に塗れた、多種多様な拷問器具が転がる、地下の一室だった。
幼い頃、両親が寝物語に聞かせてくれたお伽噺を思い出し、ダインは興奮した。
お伽噺の主人公は、大抵の場合、素晴らしい、『宝物』を発見する。
主人公自身とその大切な人が一生、幸せな暮らしを送れるほどの。
誰かに『宝物』を横取りされて、その幸せをふいにはしたくなかった。
そこでダインは、髑髏の兜をしばらくの間、巨木の中に隠すことにした。