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 今夜はなんて、酷い夜なんだろう。

 息を切らせて柵を飛び越え、鶏小屋を横切りながらダインは思った。

 あんな得体の知れない、化け物どもに弄ばれるなんて。

 と、見上げた家の窓から明かりが漏れている。

 それはメルディの部屋だった。

 自然と、ダインの口元に安堵したような微笑みが毀れる。

「……姉ちゃん」

一秒でも早く、姉の顔が見たかった。そして、ベッドでぐっすりと眠り、今夜見たもの全てを忘れ去ってしまいたかった。

再び、込み上げてきた涙を拳で拭おうとした時だった。

「きゃああああああああっ……!!」

 響き渡ったのは、絹を裂くようなメルディの悲鳴。

 雷に撃たれたかのように、ギクッとしてダインは全身を強張らせる。

 そして――

「ね、姉ちゃん……?」

 血の気が引くのを感じながら、ダインは頭上を見上げる。

 そこに姉はいた。

寝巻姿のまま、片足を吊りあげられ、逆様のかっこうで宙に縫い付けられていた。

自分の身に何が起きたのか。全く、理解できていないのだろう。助けて、誰か助けて、と消え入りそうな声で繰り返しながら、すすり泣いている。

そして、淫靡な大蛇のように、姉のか細い身体にしっかりと絡みついていたのは、件の青い怪火だった。

「わ、わあああああっ……!!」

 ダインは悲鳴をあげていた。

 先程、顔のない戦士に大剣を振りかざされたことなど、問題にならないような恐怖と絶望に心を突きあげられて。

 と、

「ダイン? ダインなの?」

 弟の存在に気がついたらしい。

宙にぶら下げられたまま、メルディが呼びかけてくる。

 その声は震え、怯え切っていたが――、泣くのをやめ、毅然としたものさえ感じさせた。

「ち、近寄っちゃダメ。早く、ここから逃げなさい!!」

「姉ちゃん!!」

 姉を掴もうと、ダインは跳びはね、宙に向かって両腕を伸ばそうとした。

 しかし、そんなダインを嘲笑うかのように、青い怪火はメルディを巻き付けたまま、流星の速さで飛びさってしまう。

 たった今、ダインが戻って来た森の方角へと。



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