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 あたしは口先ばかりのお調子者だ。

 ひょっとしたら、アブン兄ィより酷いかもしれない。

 夕日に赤く染まった丘の道を、リリスは深いため息を引きずりながら下ってゆく。

 自己嫌悪と後悔の念が、鉛のように重く圧し掛かってくる。

ルー夫人に向かって放った、浅はかな安請け合いが悔やまれて仕方がなかった。

 何が大丈夫、だ。

 何が、奥様も元気だして、だ。

 川原に残って、毎日、洗濯をしていただけの人間がいう台詞じゃない。

 それに、うちの芸人達がキレモノ揃いだなんて、大嘘だ。

「どうしよう、ホントに……」

 途方に暮れ、リリスは呻いていた。

 小娘の無責任な言葉が、あの優しい人の気持ちを裏切るようなことになったら……。

 芸人以前に人間として失格だ。

「でも、他にどうしようもなかったんだもん……」

 のろのろとリリスは自分に言い訳をする。

 どうしても、奥様を、ルー夫人を励ましてあげたかった。

 何かをしてあげたい、と本気で思った。

 何となくだけど、あの人、あたしの母ちゃんに似ていたし……。

 とにかく、とリリスは小さく頭を振った。

 奥様のためにも、村の子ども達を何とか見つけ出さなくっちゃ。

 でも、どうやって?

 冷めた声がリリスの頭の隅で小さく響く。

 たかが旅芸人、ナイフ投げしか芸のない小娘に一体、何ができる?

「ああ、もう!! どうすりゃいいのさ!!」

 リリスは苛立った声をあげ、地団太を踏んでいた。

 無論、誰も答えてはくれない。

 ジョパンニ達に相談したところで、お前は余計なことをせずタック達と大人しくしていなさい、と釘を刺されるだけだろう。

ため息をつきながら――、ふと、リリスは道の横に立てられた白い柵の向こうを見る。

そこは村の共同墓地だった。

 狭い土地に、幾つもの墓石が身を寄せ合うようにして立ち並んでいる。

 その奥にはこんもりとした林が茂り、件の森へと繋がっているようだった。

 夕闇に染め上げられてゆく墓地をボンヤリと見つめながら、リリスは思った。

 奥様の旦那さんと娘も、この墓地のどこかで眠っているのだろうか?

 死んだ娘、ソフィアはどう思っただろう?

 どこの馬の骨とも分からない、旅芸人の小娘に自分の面影を見る、気の毒な母親を。

 と――、墓石の蔭から、スクッと動く、人影があった。

「あっ……!!」

 思わず、リリスは声をあげてしまった。

 翼のようにはためく、漆黒の外套。

 夕陽を受け血のような赤に光る、鋭い嘴。

 ヴァロフェスだ。

酒場で出会い、夜の森で窮地を救ってくれた仮面の男。

男は黒い貼り絵のように、黄昏時の墓地に佇んでいた。

「…………ッ!!」

 その姿から放たれる、ただならぬ気配にリリスは息を飲む。

 自然とその場にしゃがみ込み、姿を隠していた。

 まるで狼に怯えるウサギのようだ、とリリスは思った。

「フン。ここではない、か」

 墓石に屈みこみながら、仮面の男が低い声で呟くのが聞こえた。

「ここにいる死者は揃いも揃って、眠りこけている。お気楽なことだ……」

 男の独り言をリリスは理解できなかったが、酷く苛立っているように感じた。

 と――、外套の裾をはためかせ、立ち上がる仮面の男。

 それから人目を憚るかのように、物音一つ立てず、墓地の向こうに見える林の中に走り去っていった。

「な、何なの? 今の……」

 そう呟いた途端、リリスは胸中に底知れぬ不安が込み上げて来るのを覚えた。

 見てはいけないものを見てしまった。

そんな気がする。

 だけど、とリリスは思いなおす。

 あの人は――、ヴァロフェスはあたし達を助けてくれた。

 どんな悪夢も及ばないような、おぞましい怪異から。

 ひょっとしたら……。

 リリスは立ち上がった。

 そして、墓地の中に足を踏み入れ、仮面の男が走り去った林に向かって歩き始める。

 ひょっとしたら、あたし達のように、この村のことも救ってくれるかもしれない。

 あたしみたいな小娘じゃ奥様の力にはなれないけど、あの人なら……。

 キュッと唇を噛みしめ、リリスは森へと続く小道を進んでいった。

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