「こちらへどうぞ」
王子様(仮)にエスコートされて、あたし、ゆきぽよは王城の中を歩いていた。
廊下、長すぎ! 部屋、多すぎ!
マジで、リアルお城じゃん!
案内されたのは、なんかめっちゃ豪華な応接室みたいな部屋だった。
ふかふかのソファとか、キラキラしたテーブルとか置いてあるし、窓からは手入れの行き届いた庭園が見える。
すげー!
部屋には、あたしとその王子様(仮)の二人きり。
侍従の人たちは、扉の外で控えてるみたい。
なんか、ちょっと緊張するんですけど!
「さあ、どうぞお座りください」
王子様(仮)に勧められて、あたしはふかふかのソファにどっかりと腰を下ろした。
座り心地、神!
「改めまして、先日は失礼いたしました。そして、Aランク昇格、本当におめでとうございます」
王子様(仮)が、優雅な笑みであたしに言う。
「あ、どーも。てかさー、あんた、結局、誰なわけ? そろそろ教えてくれてもよくない?」
あたしが単刀直入に聞くと、王子様(仮)は、少しだけ驚いた顔をして、それから苦笑した。
「おっと、これは失礼。自己紹介がまだでしたね」
彼は、スッと立ち上がり、軽く胸に手を当ててお辞儀をした。
うわ、絵になるんですけど!
「私は、アルフォンス・フォン・エルグランド。このエルグランド王国の第一王子です。以後、お見知りおきを、ゆきぽよ嬢」
「……やっぱ、王子様じゃん!」
知ってたけど!
てか、名前、なっが!
「アルフォンス・フォン・エルグランド…覚えらんないし! アルでいー?」
あたしが、いつものノリで言うと、アルフォンス王子は、一瞬ポカンとして、それから吹き出した。
「ふ、ふふ…アル、ですか。面白い。ええ、構いませんよ。私のことは、どうぞアルとお呼びください」
なんか、めっちゃウケてるんですけど。
まあ、呼びやすい方がいいじゃんね。
「それで、アル。ウチに何の用? ただ話したいだけってわけじゃないんでしょ?」
あたしがソファにふんぞり返って(行儀悪いって怒られるかな?)聞くと、アルフォンス王子は、さっきまでの柔らかな表情から一転、少し真剣な眼差しになった。
「ええ。単刀直入に言いましょう、ゆきぽよさん。…あなたの力が、必要です」
「は? ウチの力?」
「先日、あなたがリリアーナで見せた力、そして、ダーククリスタルを破壊し、街を救ったという規格外の強さ。それに、何者にも物怖じしない、その真っ直ぐな心。私は、あなたのような存在を、ずっと探していました」
なんか、めっちゃ褒められてる?
ちょっと照れるじゃん。
「この国は今、多くの問題を抱えています。貴族たちの腐敗、隣国との見えざる緊張、そして…」
アルフォンス王子は、少し言葉を濁す。
なんか、王宮ってドロドロしてそうだもんね。
少女漫画とかでよく見るやつ。
「あなたのような、常識に囚われない、圧倒的な力を持つ存在がいれば、この国の淀んだ空気を変えられるかもしれない。そう思ったのです」
「へー。なんか、大変そうだねー」
あたしは、他人事みたいに相槌を打つ。
だって、国のこととか言われても、正直、ピンとこないし。
「もちろん、いきなり国のために戦え、などと言うつもりはありません。ただ…個人的に、あなたにお願いしたいことがあるのです」
「お願い?」
「はい。実は最近、王都で奇妙な事件が立て続けに起こっているのです。有力な貴族が、忽然と姿を消したり、夜な夜な、黒装束の集団が暗躍しているという噂があったり…」
「へー。物騒だねー」
「衛兵や騎士団も調査を進めていますが、手がかりが掴めずにいます。相手は、かなり巧妙で、おそらくは強大な力を持っている。そこで、あなたにお願いしたい。この事件の真相を、探ってはいただけませんか?」
「えー、めんどくさ…」
思わず本音が漏れた。
だって、絶対ヤバいじゃん、その依頼。
あたし、平和に可愛い服とか見てたいんですけど。
「もちろん、これは極秘の依頼です。ギルドを通さず、私からあなたへの個人的な依頼として。報酬は…そうですね、金貨100枚ではいかがでしょう?」
「き、金貨100枚!?」
さっきもらったボーナスが霞むくらいの、とんでもない金額!
マジで!?
「ど、どーしよ…」
面倒なのは嫌だけど、金貨100枚は魅力的すぎる…。
それに、なんか、秘密の依頼とか、探偵みたいで、ちょっとだけ面白そうかも?
あと、目の前のイケメン王子が、なんか真剣な顔でこっち見てるし…。
「…うーん……まあ、アルがそんなに困ってるなら、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、手伝ってやってもいーけど?」
あたしは、仕方ないなーって感じで(内心は結構ワクワクしてる)、依頼を引き受けることにした。
「本当ですか!? ありがとうございます、ゆきぽよさん!」
アルフォンス王子が、パッと顔を輝かせる。
うわ、笑顔、眩し!
「それで、具体的には何をすればいいわけ?」
「まずは、情報収集からですね。黒装束の集団が目撃されたという場所や、失踪した貴族の関係者などを、それとなく探ってみてください。何か掴めたら、この特別な通信機で私に連絡を」
アルフォンス王子は、手のひらサイズの小さな魔道具をあたしに手渡した。
なんか、スマホみたいじゃん、これ。
「これは、私とあなたしか繋がらない特別なものです。絶対に他言無用でお願いします」
「おっけー。秘密の指令ってやつね。了解」
あたしたちは、そんな感じで、密約(?)を交わした。
これから、しばらくは探偵ごっこかー。
まあ、なんとかなるっしょ!
話がまとまったところで、あたしはソファから立ち上がった。
「んじゃ、とりあえず、ウチ、帰るわ。なんか分かったら連絡するし」
「ええ、お願いします。…ああ、そうだ」
アルフォンス王子が、何かを思い出したように言った。
「例の…リリアーナであなたに無礼を働いた令嬢ですが、あれはマルティン侯爵家の娘です。マルティン侯爵は、最近、何かと黒い噂が絶えない人物でしてね…あるいは、今回の事件に何か関わっている可能性も…」
「へー。あの縦ロール、侯爵令嬢だったんだ。通りで偉そうだったわけだ」
あたしが納得していると、部屋の扉がノックされた。
「殿下、マルティン侯爵がお見えです」
侍従の声。
うわ、噂をすれば、ってやつ?
「…通しなさい」
アルフォンス王子が、少し表情を硬くして言う。
扉が開き、入ってきたのは、恰幅のいい中年男性と、その隣には…あの、縦ロール!
父親と一緒にお説教に来たってわけ?
「これはこれは、アルフォンス殿下。ご機嫌麗しゅう…って、なっ!?」
マルティン侯爵は、部屋の中にいるあたしを見て、言葉を失った。
縦ロールも、「な、な、なんで平民のアンタがこんなところにいるのよ!?」って感じで、顔を真っ赤にしてあたしを指さしている。
「マルティン侯爵、何の用かな?」
アルフォンス王子が、冷ややかな声で尋ねる。
さっきまでの優しい雰囲気とは、全然違う!
なんか、めっちゃ威圧感あるんですけど!
「は、はい! 実は、この無礼な平民の娘について、殿下にご報告が…!」
侯爵が、あたしを睨みつけながら言おうとしたのを、アルフォンス王子は手で制した。
「その件なら、すでに聞いている。…そして、ゆきぽよ嬢は、私の客人だ。彼女に対するいかなる無礼も、私が許さない。分かるかな?」
アルフォンス王子の声は、静かだけど、絶対零度の冷たさがあった。
侯爵と縦ロールは、完全に凍り付いている。
顔面蒼白。
「も、申し訳ございません! で、では、我々はこれで…!」
侯爵は、這う這うの体で縦ロールを引きずるようにして、部屋から出て行った。
最後まで、あたしをめっちゃ睨んでたけどね。
怖くねーし。
「…ふぅ。騒がしい方たちだ」
アルフォンス王子は、ため息をついて、いつもの穏やかな表情に戻った。
(…やっぱ、この王子、ただのイケメンじゃないな…)
あたしは、アルフォンス王子の豹変ぶりを見て、改めてそう思った。
なんか、ヤバい世界に足、突っ込んじゃったかも?
まあ、いっか! 面白そうだし!
こうして、あたしの王都での新しいミッション(しかも極秘)が、ひっそりと始まった。
これから、一体どうなることやら?
とりあえず、金貨100枚のために、頑張りますか!